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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


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第二十八話 縫い目に託すもの

1.注文の布束


 アパートの庭に、色とりどりの布束が運び込まれた。

 町の商人が依頼してきた仕立ての材料だ。

 上質な麻布や絹糸が整然と積まれ、その場の空気をぱっと明るくした。


「すごい……」

 マリエは思わず息を呑んだ。

 彼女の指先は震え、布の柔らかさを確かめるようにそっと撫でる。


「本格的だな」

 トルクが腕を組んで感心する。

「これ全部を一人で縫うのか?」


「……はい。私がやらなきゃ」

 マリエの瞳には決意が宿っていたが、どこか不安も滲んでいた。


 私は彼女の肩に手を置く。

「一人で背負わなくていいわ。みんなで支えましょう」


 その言葉に、住人たちの顔が次々とうなずいた。


2.始まりの針音


 マリエは裁縫部屋にこもり、布を広げて下絵を描き始めた。

 白い布の上を鉛筆が走る音、続いて針の軽やかな動き。


 だが、最初の一針を刺した瞬間、マリエの表情がこわばった。

 思い出してしまったのだ。

 町で、仕立てた服を踏みにじられ、笑いものにされたあの日のことを。


「……っ」

 針が止まり、彼女の手が震える。


 その様子を覗いていた幽霊少女が、静かに近づいた。

「怖いの?」


「うん……。また壊されるかもしれないって思うと、胸が痛くなるの」


 幽霊少女はふわりと笑った。

「でも、もう一人じゃないよ」


 その声に少し救われたのか、マリエは深呼吸し、再び針を動かし始めた。


3.みんなの手


 翌日から、住人たちが交代で裁縫部屋を訪れるようになった。


 リオは糸を巻き取り、嬉しそうに言った。

「僕、手伝えるよ! この服、一番に着ていい?」


「ふふ……じゃあ特別に、試着モデルをお願いね」

 マリエの笑顔が少し柔らかくなる。


 トルクは布を押さえる役を買って出た。

「力仕事なら任せろ。布がずれねえように押さえておく」


 リナは仕立て図を眺め、魔法で布の寸法を正確に測り出した。

「魔法の定規よ。寸法違いは絶対に出ないわ」


 そして幽霊少女は、ただそばに座って歌を口ずさむ。

 その声は不思議と心を落ち着かせ、針の音と調和して部屋を満たしていった。


4.針が止まる夜


 だが、順調に見えた作業も、夜更けに試練が訪れた。

 マリエの指が布に引っかかり、糸が乱れてしまったのだ。


「……どうしてうまくいかないの」

 マリエは頭を抱え、涙をこぼした。


 ちょうど見回りに来たミナが、その様子を見て言葉を投げかけた。

「おい、縫い目が乱れるくらいで泣くな」


「だって……こんなのじゃ、また笑われてしまう」


 ミナはため息をつき、破れかけた自分のジャケットを脱いで見せた。

 袖の部分には、かつて受けた傷跡を縫い合わせた跡が残っている。


「見ろよ。これ、俺が自分で縫った。下手くそでガタガタだろ? でもな、縫い目ってのは傷跡みたいなもんだ。弱さじゃなく、強くなった証だ」


 マリエは目を見開いた。

「……強さの証」


「お前の縫い目はきっと、あんた自身の強さになるさ」


 その言葉に、マリエは再び針を握りしめた。


5.徹夜の仕立て


 それからのマリエは、夜を徹して針を動かした。

 リオは眠い目をこすりながら最後まで付き合い、幽霊少女はそっと肩に手を添えた。


 私は温かいスープを差し入れながら声をかける。

「無理はしないで。でも、その針音は心地いいわ」


 やがて夜明けが近づく頃、最後の糸が結ばれた。

 完成した服は、光を受けてきらめき、まるで一枚の詩のように美しかった。


「できた……!」

 マリエの目から涙が溢れる。


6.町への届け物


 数日後、商人がアパートを訪れ、完成した服を受け取った。

 彼は目を輝かせ、何度も頷いた。


「これは……素晴らしい! 町の誰もが欲しがるでしょう!」


 マリエは恐る恐る尋ねる。

「……壊されることは、ないでしょうか」


「壊す? とんでもない! これは大事に着られる逸品ですとも!」


 その言葉に、マリエの肩から長年の重荷がすっと降りたようだった。


7.縫い目に託すもの


 その夜、アパートの食堂では小さなお祝いが開かれた。

 リオは新しい服を着て走り回り、トルクは豪快に杯を掲げる。

 幽霊少女もいつになく楽しそうに笑っていた。


 マリエは静かに皆を見回し、胸に手を当てて呟いた。

「私……縫っていたのは服だけじゃなかった。みんなと私の繋がりを、縫い目に込めていたんだと思います」


 私は頷いた。

「その通りね。だからこそ、壊されるはずがないわ」


 マリエは涙を拭い、まっすぐに前を向いた。

「ここでなら……未来を縫える」


 裁縫部屋の灯りは今夜も消えず、規則正しい針音がアパートに響き続けた。

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