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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


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第二十六話 持ち込まれた悩み

1.朝の来訪者


 町の人々が初めて訪れてから数日が経った。

 アパートの庭は、これまでにない賑やかさを帯びていた。


 トルクが作った木の柵は丈夫に補強され、リナが魔法で花壇を整えた。

 リオと幽霊少女は毎朝のように畑の野菜を見回り、スライムは相変わらず水桶の中で「ぷにぷに」と遊んでいる。


 そんなある朝、門を叩く音が響いた。

 コンコン、コンコン。


 私は手を拭いて出迎える。

 そこに立っていたのは、見知らぬ若い女性だった。

 茶色の外套を羽織り、目の下には深い隈が浮かんでいる。


「す、すみません……」

 女性はか細い声で言った。

「ここの大家さんですよね……?」


「はい。どうかしましたか?」


 彼女は俯いたまま、震える声で答えた。

「お願いがあるんです。しばらく……ここに泊めていただけませんか」


2.彼女の事情


 食堂に案内し、温かいお茶を出すと、女性は少しずつ言葉を紡ぎ始めた。


「私は町で仕立て屋をしていました。でも……ある日、お店にいたずらが続いて……」


 彼女の声は震えていた。

「夜中に窓ガラスが割られたり、仕立てかけの服が切り裂かれたり……誰がやったのか分からなくて……怖くて眠れないんです」


 リナが真剣な顔で頷く。

「つまり、町で嫌がらせを受けているのね」


 ミナは腕を組んで低く唸った。

「チッ……陰湿な真似を」


 リオは心配そうに彼女の顔を見つめた。

「でも、なんでうちに?」


 女性は答えた。

「ここなら……安全だって、町の人が教えてくれたんです。盗賊を追い払ったって……。だから、大家さんにお願いしようって」


 彼女の目は涙に濡れていた。


3.住人たちの反応


 その言葉を聞き、食堂の空気が少し重くなる。

 住人それぞれの心に、複雑な思いが浮かんでいた。


 トルクが低い声で言う。

「面倒ごとを持ち込むことになるかもしれんぞ」


 ミナも不安げに眉をひそめる。

「確かに、そいつを狙ってここまで来る可能性もあるな」


 リナは反対に、静かに言った。

「でも放ってはおけないわ。彼女は怯えている」


 リオがすぐに手を挙げた。

「僕はいいと思う! だって困ってるんだよ?」


 幽霊少女はしばらく黙っていたが、やがて囁いた。

「私も……ここに来たとき、みんなに受け入れてもらった。だから……」


 皆の視線が私に集まる。

 大家としての決断を問われているのだ。


4.大家の決断


 私は深く息をつき、女性に向き合った。

「ここに来てくださったこと、ありがたく思います。でも、あなたを迎えることで他の住人たちに危険が及ぶ可能性もあります」


 女性は顔を伏せ、肩を震わせた。

「やっぱり……駄目、ですよね……」


 私はゆっくり首を振った。

「いいえ。――私たちのアパートは、困っている人のための場所でもあります」


 女性が驚いたように顔を上げる。

「ほんとに……?」


「ただし、皆で協力し合うこと。安全のために事情をしっかり話してもらうこと。それが条件です」


 ミナは渋い顔をしながらも、剣の柄を軽く叩いた。

「ま、どうせ俺らが守るんだろ。分かったよ」


 リナが頷く。

「安心して。ここでは一人じゃないわ」


 女性の目に、ようやく安堵の光が灯った。


5.小さな変化


 彼女は「マリエ」と名乗った。

 裁縫が得意で、針や布を大切そうに抱えている。


 その日から彼女はアパートの一室を借り、ささやかに暮らし始めた。

 最初は怯えて外に出ることも少なかったが、リオや幽霊少女に誘われ、少しずつ庭に顔を出すようになった。


 ある日、彼女が庭で洗濯物を干していると、スライムがひょっこり現れて布をぷにぷにと押し始めた。

「きゃっ……!」

 驚くマリエに、リオが笑って言う。

「大丈夫だよ。スライムは遊んでるだけ!」


 マリエは恐る恐る笑みを浮かべた。

「……かわいい、ですね」


 その瞬間、少しずつではあるが彼女の心が解け始めたのを、私は感じ取った。


6.再びの来訪


 だが、平穏は長くは続かなかった。

 ある夕暮れ、アパートの門を叩く音が再び響いた。


 現れたのは、町の若い男たち三人。

 その顔には苛立ちが滲んでいる。


「おい! ここにマリエって女が来てるだろ!」

 彼らは声を荒げた。

「勝手に逃げ出して、迷惑かけやがって!」


 食堂で話を聞いたマリエは顔を真っ青にし、震えながら私の後ろに隠れた。


「……あの人たちです。私のお店を壊したのも、きっと……」


 ミナが立ち上がり、剣の柄に手をかける。

「おい、何の用だ」


 男たちは睨みつけて言った。

「俺たちが何をしようが勝手だろ。町でもう居場所がねえ女なんだ。お前らのところで飼っても何にもならねえよ」


 リオが怒りに震えた声を上げる。

「そんな言い方ないよ!」


 食堂の空気が一気に張り詰めた。


7.大家としての言葉


 私は一歩前に出て、男たちを見据えた。

「ここは私の管理するアパートです。住人をどう扱うかは、私たちが決めます。あなたたちに口を出される筋合いはありません」


 男たちは面食らったように目を見開き、やがて嘲るように笑った。

「ふん……盗賊を追い払ったくらいでいい気になるなよ。町の連中だって、いつまでもお前らに肩入れすると思うな」


 その瞬間、ミナが鋭い視線を放った。

「出てけ。今すぐだ」


 リナが冷たい声で呪文を唱えると、男たちの足元に小さな火花が散った。

 彼らは慌てて後ずさりし、捨て台詞を吐いて立ち去っていった。


 門が閉まると、マリエは膝から崩れ落ちた。

「……ごめんなさい。私のせいで……」


 私は彼女の肩に手を置き、静かに言った。

「謝る必要なんてない。あなたはここで守られるべき人なの」


8.夜の会議


 その夜、食堂に住人たちが集まった。

 ミナは苛立ちを隠さず言う。

「やっぱり厄介ごとを持ち込んだんじゃねえか」


 トルクが腕を組んで考え込む。

「だが、あの連中のやり口は放っておけん。町でも問題になってるんじゃないか」


 リナは冷静に言った。

「私たちの存在が、町にとって試されているのかもしれないわ」


 リオは拳を握りしめる。

「マリエさんを追い出すなんて絶対いやだ!」


 幽霊少女も小さく呟いた。

「ここは……私たちみんなの家だから」


 私は皆を見渡し、言葉を選んだ。

「私たちがどうありたいかが大事。外からの声に振り回されるのではなく、ここで暮らす皆が納得できる道を選びましょう」


 沈黙の後、ミナが大きく息を吐いた。

「……分かったよ。守るんだな、こいつを」


 その言葉にマリエは涙をこぼし、何度も頭を下げた。


9.明日への決意


 夜が更け、住人たちはそれぞれの部屋に戻っていった。

 私は庭に立ち、星空を見上げる。


 町との繋がりは、思っていた以上に複雑で厄介だ。

 けれど、それでも。


「ここは……人が帰れる場所でありたい」


 その呟きに応えるように、窓辺から幽霊少女が微笑んでいた。

「……大家さん。私も、ここを守るよ」


 その姿を見て、胸が温かくなった。

 どんな悩みが持ち込まれても、皆で向き合えばいい。


 そうしてアパートの夜は、静かに更けていった。

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