第二十五話 訪問者たち
1.朝のざわめき
町の守備隊の青年が訪れてから数日。
その間もアパートではいつも通りの暮らしが続いた。
リオと幽霊少女が畑で追いかけっこをし、ミナが「畑を荒らすな!」と怒鳴る。
リナは静かに本を読み、トルクは黙々と木工の作業をしている。
スライムは洗濯桶に飛び込み、私にこっぴどく叱られた。
いつもと変わらぬ一日。
――だがその日の午前、門の外からにぎやかな声が響いてきた。
「ここだここだ!」「本当にあるんだな」「あのアパートだ!」
慌てて外へ出ると、そこには荷車を引いた商人や子供を連れた家族、旅の職人風の男まで、十数人の人々が集まっていた。
「大家さんですか!」
先頭にいた男が笑顔で言った。
「噂を聞いて来たんです。盗賊を退けた勇敢な住人たちのアパートだって!」
2.戸惑う住人たち
私は一瞬言葉を失った。
「ええと……ようこそいらっしゃいました。でも、こんなに大勢で……」
その声に気づいた住人たちが次々と庭に出てきた。
ミナは怪訝な顔をし、リオは驚いた目で人々を見つめる。
リナは少し困ったように眉をひそめ、トルクは腕を組んで唸った。
スライムだけが嬉しそうに「ぷにぷに!」と跳ねている。
「わあ、本当に人がいっぱい……!」
リオが目を輝かせると、ミナがすぐに手を引いた。
「おいリオ、あんまり近づくな!」
幽霊少女は静かに人々を見つめていた。
その表情はどこか怯えているようにも、憧れているようにも見える。
3.町の人々の声
商人が声を張り上げた。
「私たち、ここに品を卸させてもらえないかと思いましてね! 新鮮な野菜や道具を定期的に運びますよ!」
隣の主婦らしき女性が続けた。
「うちの子たちも、ここで遊ばせてやってもいいですか? 町の中だと狭くて……」
職人風の男は木の柱を見上げ、感心した声を上げる。
「この作り、なかなかいいな。改修の手伝いをしてもいい」
口々に語られる言葉に、住人たちはますます混乱する。
ミナが小声で私に言った。
「なあ大家さん……こいつら本気か?」
私は苦笑しつつ、皆に向かって声を張った。
「皆さん、ありがとうございます。でも、突然で驚いています。とりあえず、お茶でもいかがですか?」
4.臨時のお茶会
急ごしらえで食堂に長机を並べ、リナとリオが中心になってお茶と菓子を用意した。
町の人々は興味津々で食堂を見回し、あれこれと質問をしてくる。
「ここが寝室ですか?」「庭は自由に使えるのですか?」
「大家さんは一人で切り盛りしてるんですか?」
私はできる限り笑顔で答えた。
「はい、掃除や炊事は皆で分担しています」
「庭は畑にしています。よかったら見ていってください」
リオは緊張しながらも、お茶を運んで回る。
「どうぞ……」
「ありがとう、いい子だねえ」
褒められて照れるリオの姿に、ミナが少し安心したように微笑んだ。
5.幽霊少女の不安
だが、その場にうまく馴染めない者もいた。
幽霊少女だ。
人々が笑い合う輪の外で、彼女はただ静かに立っている。
私はそっと近づき、小声で尋ねた。
「大丈夫?」
少女は目を伏せて答えた。
「私……こういうの、慣れてない。みんな楽しそうなのに、私だけ……」
その肩が震えていた。
私は優しく微笑み、囁いた。
「あなたも大切な住人の一人よ。無理に話さなくてもいい。ただ、ここにいてくれるだけでいいんだから」
少女は少しだけ目を潤ませ、やがて小さく頷いた。
6.思わぬ注文
お茶会の最後、商人が一つの提案をしてきた。
「大家殿。もしよろしければ、ここの畑で採れた野菜を町に卸していただけませんか?
盗賊に負けずに収穫を続ける農地――そういう評判は人々を元気づけます」
リナが驚いた顔をする。
「私たちの畑を……?」
トルクが腕を組み、考え込む。
「収入になるのは悪くない。物資も回してもらえるなら、さらに生活が楽になる」
リオは目を輝かせる。
「私たちの野菜が、町のみんなに食べてもらえるの!?」
私は皆の顔を見回したのち、ゆっくりと答えた。
「分かりました。量は多くありませんが、出せる分を卸しましょう」
商人は嬉しそうに手を打った。
「ありがとうございます! これで町の人々も喜びますよ!」
7.去りゆく人々
夕暮れ、町の人々は荷車を引きながら帰っていった。
「また来ますね!」「野菜、楽しみにしてます!」
門が閉まると同時に、静けさが戻った。
住人たちはどっと疲れた顔をして食堂に集まる。
「なんだか……一日で何年分も人に会った気分だ」
ミナがため息をつき、リオが笑った。
「でも、楽しかったよ!」
リナは穏やかに言った。
「町と繋がるのは悪いことじゃないわ。これからも、きっと助けになる」
トルクは短くうなずき、幽霊少女はまだ少し戸惑った顔で黙っていた。
8.大家の想い
夜。
私は庭に出て、星空を見上げた。
今日の出来事は、大きな変化の始まりに違いない。
ここはもう、森の外れにあるだけの小さなアパートではない。
町の人々と繋がり、希望を分け合う場所になろうとしている。
「守るだけじゃなく、広げることも……大家の役目なのかもしれない」
そう呟くと、背後から幽霊少女が現れた。
「……町の人たち、優しそうだったね」
「ええ。少しずつでいい、慣れていこう」
少女は月を見上げて微笑んだ。
その横顔を見ながら、私は静かに思った。
――きっとこの家は、ますます賑やかになっていくのだろう。




