第二十四話 町からの知らせ
1.訪問者
盗賊団を退けた戦いから数日後。
アパートの庭では、今日もいつものようにスライムが跳ね回っていた。
リオと幽霊少女が追いかけっこをし、ミナがその様子を見守る。
リナは椅子に腰かけて本を読み、トルクは黙々と木の修理を続けている。
穏やかな日常。
だがその空気を破るように、門の外から馬の蹄の音が響いた。
「おや?」
私は急いで門の方へ向かう。
やって来たのは、町の守備隊に所属する青年だった。
整えられた鎧に汗の匂い、そして少し緊張した表情。
「大家殿。お変わりありませんか?」
「ええ、なんとか。町からですか?」
「はい。実は……お伝えすべきことがありまして」
2.知らせ
青年の言葉に、食堂に全員を集める。
長机を囲み、住人たちは不安そうに彼を見つめた。
「先日の盗賊団の件、町でも話題になっています。
討伐隊を組もうという動きもありまして……」
そこで彼は少し声を落とした。
「ただ、問題なのです。奴らは散り散りに逃げましたが、一部は森に潜伏しているらしい。
しかも、この辺りを狙い続ける可能性があると」
場が静まり返る。
ミナが机を叩いた。
「まだ来るってのかよ!」
リオが小さく声を漏らす。
「こわい……」
私は青年に尋ねた。
「町はどうするつもりですか?」
「見回りを強化するそうです。ですが……すぐに手が回るとは限らない。
ですので、警戒を怠らぬよう、との伝達です」
3.町への誘い
青年は少し言いにくそうに続けた。
「そして……できれば、皆さんは町の方へ避難していただけないかと。
ここは森に近く、再び襲撃を受ければ危険です」
リナが静かに眉を寄せた。
「……町に、移る?」
トルクは腕を組む。
「合理的な判断ではある。だが……」
ミナがすぐに叫んだ。
「冗談じゃねえ! せっかく作った家を捨てろってのか!」
リオも慌てて頷いた。
「ここがいい! お姉ちゃんと、みんなと、一緒がいい!」
青年は困った顔をした。
「気持ちは分かります。ですが安全を考えると……」
そのやり取りを聞きながら、私は深く息を吐いた。
避難するか、ここに留まるか。
決断を迫られるのは、大家である私だった。
4.大家の答え
しばし沈黙ののち、私は口を開いた。
「町のご厚意はありがたいです。でも……私たちはここを離れません」
青年が驚いた顔をする。
「しかし……」
「ここは皆の家です。やっと手に入れた居場所なんです。
恐怖に負けて立ち去れば、それは盗賊たちに負けたことと同じ。
私は大家として、この家を守ります」
強い言葉に、住人たちの顔が少しずつ明るくなる。
ミナは笑みを浮かべ、リオは安心したように手を握ってきた。
リナは静かに頷き、トルクは無言で工具を叩いた。
幽霊少女は、淡く輝く瞳でこちらを見つめていた。
青年は困惑しながらも、最後には頭を下げた。
「……分かりました。では、町としてもできる限り支援いたします」
5.新しい繋がり
青年は去り際にこう言った。
「町の商人たちも、このアパートに興味を持っていますよ。
『住人が力を合わせて盗賊を退けた』と評判になっていますから」
「評判……?」
思わず首をかしげる。
「皆さんの結束は、人々の希望になっているんです。
ですから、これから町の人々が訪れるかもしれません」
その言葉を残して青年は馬を走らせた。
残された私たちは顔を見合わせる。
リオが嬉しそうに言った。
「お客さん、来るかな?」
ミナは頭を掻く。
「なんだか面倒そうだな……でも悪くはないか」
リナは穏やかに微笑む。
「外の世界と繋がるのも、大事なことかもしれません」
6.夜の会話
その夜。
私は食堂で一人、明かりを灯して考えていた。
町からの知らせは、危険と同時に希望をもたらした。
外の人々と繋がれば、新しい交流や支援が得られるだろう。
だが同時に、この小さな日常が壊されるかもしれない。
そこへ幽霊少女が現れた。
「大家さん……悩んでる?」
「うん。みんなの家を守りたいけど、それと同時に広がっていく縁も大事にしたいから」
少女は窓辺に座り、月を見上げながら言った。
「私はね……外の世界をよく知らない。
でも、ここが家だって思えるのは、みんなと繋がってるから。
町の人とも繋がれたら……もっと強くなれるんじゃないかな」
その言葉に、胸がすっと軽くなるのを感じた。
「そうね……ありがとう」
7.夜明けの決意
翌朝。
東の空が白み、アパートの屋根を金色に染める。
私は庭に立ち、改めて心に誓った。
「ここを守る。だけど閉じこもるんじゃなく、外の世界とも手を取り合おう」
新しい日常の幕開けを告げるように、リオの笑い声が響いた。
ミナが剣を振る音、リナの読書の声、トルクの金槌の音、スライムの「ぷに!」。
そして幽霊少女の柔らかな笑み。
嵐の後に訪れるのは、静寂だけじゃない。
広がっていく未来もまた、私たちの家にやって来ようとしていた。




