第二十三話 嵐の後のひととき
1.戦いの翌朝
盗賊団を退けた夜が明けた。
東の空には柔らかな光が差し込み、庭には鳥の声が戻ってきた。
しかし、アパートの空気はまだ重かった。
土の上には踏み荒らされた跡が残り、倒れた松明の煤が黒々と残っている。
壊れた柵や散らばった石を見ながら、私は深く息を吐いた。
「さて……片付けから始めましょうか」
疲れで重たい体を叱咤しながら外に出ると、すでにミナが剣を抱えたまま眠り込んでいた。
リオがその横で毛布をかけてやっている。
リナは杖を握ったまま机に突っ伏しており、トルクは工具箱に顔を埋めていた。
スライムだけが「ぷにぷに」と跳ねて元気いっぱい。
――みんな、本当によく頑張った。
その姿を見て胸が熱くなり、同時に「彼らの休む場所を守らなくては」と改めて強く思った。
2.修復作業
日が高くなる頃、皆が少しずつ目を覚ました。
「うう……筋肉痛……」
ミナが顔をしかめ、リオが笑いながら肩を揉む。
「今日は剣の稽古お休みだね」
「バカ、休んだら鈍るだろ!」
そう言いながらも、ミナの瞼は重そうだった。
リナは落ち着いた声で言った。
「まずは家を直さなきゃ。私も手伝うわ」
トルクがうなずく。
「柵と扉は俺がやる。大家さんは……畑を頼む」
役割が自然に決まっていき、それぞれが動き出す。
板を打ち直す音、土を整える音、魔法で掃除をする音。
庭に再び、日常の音が戻っていった。
3.子供たちの笑い
作業の合間、リオと幽霊少女が庭で追いかけっこを始めた。
幽霊である彼女は足が地面に触れず、ふわりと浮かぶ。
「ずるい! そんなの捕まえられないよ!」
「ふふっ、じゃあ本気で逃げるね!」
リオが笑いながら必死に手を伸ばす。
戦いの最中はあんなに震えていたのに、今は声を張り上げて走っている。
ミナがその姿を見て、口の端を上げた。
「……バカみたいに元気だな」
けれども、その目はどこか誇らしげだった。
4.小さな宴
夕方になると、リナが提案した。
「みんな、無事に生き延びた祝いをしましょう」
食堂にはパンとスープ、畑で採れた野菜の煮込み、トルクが焼いた肉。
スライムは机の端でぷるんぷるんと跳ね、透明な体にランプの光を映している。
「かんぱーい!」
リオの掛け声で、皆が笑顔を交わす。
盗賊団の恐怖は消えてはいない。
けれど今は、こうして共に食べ、笑い合える。
それだけで十分だった。
5.大家の胸の内
宴の後、私は一人で庭に出た。
修復された柵を撫でながら、夜空を仰ぐ。
星が瞬き、静けさが広がる。
あの戦いを思い返すと、まだ胸がざわついた。
もしも誰かが傷ついていたら――。
「大家さん」
背後から声がして振り返ると、幽霊少女が立っていた。
「ありがとう。私……みんなと一緒に戦えて、嬉しかった」
私は微笑んで答えた。
「ありがとうを言うのはこっち。あなたがいてくれたから、守れたのよ」
少女は少し照れたように空を見上げ、囁いた。
「ここが……私の家なんだね」
胸の奥が温かくなる。
嵐の後の静けさの中で、私は確信した。
――この家こそ、私たちの居場所なのだ。
6.夜明けの前に
翌朝。
まだ薄暗い空の下で、私は庭に立った。
リオとミナが眠る部屋からは安らかな寝息が聞こえ、リナは机で本を閉じたまま夢を見ている。
トルクは椅子に座ったまま舟を漕ぎ、スライムは毛布の中でぷるぷる震えていた。
幽霊少女だけが窓辺で外を見つめていた。
私は静かに呟いた。
「これから何があっても、守ろう。この日常を」
夜明けの光が差し込み、アパートを照らした。
その光の中で、私は改めて誓ったのだった。




