第二十一話 守りたい日常
1.静けさの中の不安
盗賊たちがアパートを襲った夜から数日が過ぎた。
庭に残された踏み荒らされた土も修復され、壊れた柵もトルクが手際よく直してくれた。
表面上は何も変わらないように見える。
けれども、私は分かっていた。
住人たちの心にはまだ影が残っていることを。
リオは夜になると私の部屋の前で丸まって眠るようになった。
ミナは「大丈夫だ」と笑ってはいるが、剣の手入れをする姿に必死さが滲む。
リナは静かに祈るように本を読みふけり、幽霊少女は窓辺で夜空を睨む。
スライムだけは相変わらず無邪気に跳ねているが、その姿が逆に胸を締め付けた。
――守りたい。
この穏やかな日常を、どうしても。
2.住人会議
私は全員を食堂に集めた。
ランプの灯りが揺れ、皆の顔を照らす。
「この前の襲撃……あれで終わりだとは思えない。町でも盗賊団の噂は続いてる。だから、もう一度考え直しましょう。どうやって、この家を守るか」
ミナがすぐに手を挙げた。
「私が毎晩見張る! 昼間はリオを守る! それでいいだろ!」
リオが慌てて首を振る。
「お姉ちゃん、無理だよ! 倒れちゃう!」
リナが柔らかい声で続けた。
「交代制にした方がいいわ。私も魔法で結界を試してみる」
トルクは地図を広げ、鉛筆で印をつける。
「周囲に罠を仕掛けよう。音で知らせる仕組みなら、誰にでも扱える」
幽霊少女は静かに口を開いた。
「私も……このアパートを守りたい。もう、誰にも居場所を壊されたくないから」
その言葉に皆が頷いた。
会議はやがて「守るためにできること」を一人ひとりが持ち寄る場となり、心の中の影が少しだけ晴れていった。
3.小さな訓練
翌日から、アパートでは奇妙な日課が始まった。
それは「訓練」と呼ばれる、みんなでの守りの練習だった。
ミナが木剣を振り回し、リオが必死に受け止める。
リナは魔法の詠唱を短くし、光の矢を正確に飛ばす練習をする。
トルクは仕掛けを組み立て、皆で起動方法を覚えた。
幽霊少女はその姿を見守りつつ、自分なりに「声」を制御しようと試みる。
私は彼らの中心で声を掛け続けた。
「焦らなくていいよ。少しずつでいい」
「うまい! 今のは完璧!」
訓練が終わる頃には、笑い声が戻ってきていた。
リオは泥だらけになっても誇らしげに笑い、ミナは「なかなかやるじゃねえか」と照れ隠しのように妹の頭を撫でた。
4.日常のかけら
守るための準備をしながらも、日々の暮らしは続いた。
畑の野菜が少しずつ育ち、リナが新しいレシピを考え、スライムは洗濯物に潜り込んで叱られる。
幽霊少女は夜更けにリオと一緒にお菓子をつまみ、ミナに見つかって慌てて逃げる。
笑い合う声が響くたび、私は強く思った。
――これが私の守りたいものだ。
5.新たな兆し
そんなある日。
町から帰ったトルクが険しい顔で告げた。
「盗賊団が動いているらしい。大きな標的を狙う準備をしている、と」
食堂の空気が一瞬にして張り詰める。
「標的って……まさか」
リナの声が震える。
私は静かに答えた。
「まだ分からない。でも、私たちは備えるしかない。ここを、誰にも奪わせない」
皆が頷いた。
恐怖よりも強い決意が、その場に満ちていた。
6.夜明けの誓い
その夜。私は一人で庭に立った。
冷たい風が吹き抜け、星々が瞬いている。
胸の奥に重く沈む不安は消えない。
けれど、それ以上に大きなものがあった。
――このアパートは、私にとってただの建物じゃない。
ここで笑い合う住人たちこそ、私の家族だ。
「絶対に、守る」
小さく口にしたその言葉は、夜の静寂に吸い込まれていった。
だが確かに、その誓いは心に刻まれた。
そして私は知っていた。
どんな影が迫ろうとも、この日常を守る力は皆の絆の中にあるのだと。




