第二十話 アパートに忍び寄る影
1.不穏な始まり
その朝、アパートの裏庭に奇妙な跡が残されていた。
柔らかな土の上に深く刻まれた足跡。獣のものとも人のものともつかない、歪な形をしている。
私は水やりをしていたスライムと一緒にそれを見つけ、眉をひそめた。
「……昨夜は門も閉めていたはずよね」
「ぷに?」
住人たちに知らせると、ミナが剣を腰に下げ、リオは怯えた様子で姉の後ろに隠れた。
トルクは跡を膝をついて調べながら低く言った。
「……外からの者だ。恐らく夜のうちに偵察に来ていた」
穏やかな日常に、小さなひびが入った瞬間だった。
2.影の目撃
数日後。夜番をしていた幽霊少女が慌てて部屋に飛び込んできた。
「大家さん! 庭に……誰かがいたの!」
私は住人たちを起こし、ランプを持って庭へ駆けた。
しかし、そこに残っていたのは冷たい夜風と、揺れる木々だけ。
ただ、塀の外にわずかに黒い影が遠ざかるのを、私は確かに見た。
その瞬間、背筋を冷たいものが這い上がる。
3.町での噂
翌日、買い出しに出た市場で耳にしたのは、最近町の周辺で盗賊団の姿が目撃されているという話だった。
「連中はただの盗みじゃなく、金になるものは何でも攫っていく。人間もな」
商人の顔には恐怖が浮かんでいた。
私は心臓が重く沈むのを感じた。
もし、あの影が噂の盗賊団なら――アパートの住人たちも狙われるかもしれない。
4.住人会議
その夜、食堂に全員を集め、状況を伝えた。
「今のところ被害はないけれど、外からの視線を感じる。油断しないで」
ミナはすぐに立ち上がった。
「だったら私が見張る! リオは部屋から出るな!」
「えっ、でも私も……」
「ダメだ!」
リオがしゅんと肩を落とすと、リナが間に入り、姉妹を宥めた。
「二人とも落ち着いて。こういう時こそ協力しなきゃ」
トルクは渋い顔で地図を広げた。
「この辺りは森に隠れ道が多い。奴らが潜むには好都合だ。簡単に追い払える相手じゃない」
静まり返る空気の中で、スライムが「ぷに!」と元気よく鳴いた。
その小さな声が、わずかに場を和ませた。
5.忍び寄る足音
それから数日、アパートの周囲では異変が続いた。
夜になると外で物音がし、朝には畑の野菜が荒らされている。
誰も姿を見た者はいない。
住人たちは次第に不安を募らせた。
リオは夜眠れず、幽霊少女は窓辺に座り込み、何度も外を見つめていた。
私は心の中で決意を固めた。
――守らなきゃ。この場所を、この家族を。
6.突入
ある晩、ついに奴らは現れた。
低い笑い声と共に、黒い影が塀を越えて庭へと侵入してきたのだ。
複数の男たち、短剣や棍棒を手にしている。
私は咄嗟に鐘を鳴らした。
「起きて! 賊よ!」
ミナが剣を抜き、リナが杖を構え、トルクが工具を武器に駆け出す。
スライムはぷるんと跳ね、敵の足に絡みついた。
混乱の中、私はリオを庇いながら叫んだ。
「絶対にアパートには入れさせない!」
7.短い戦い
戦いは激しかった。
ミナは素早く賊の棍棒を受け止め、力で押し返した。
リナの魔法の光が敵を眩ませ、トルクが足元を狙って転ばせる。
スライムは全身で相手にまとわりつき、動きを封じた。
しかし、数の差は大きい。
私の心臓は早鐘を打ち、呼吸が荒くなる。
その時――幽霊少女が透き通るような叫び声をあげ、冷たい風が庭を駆け抜けた。
男たちは顔を青ざめさせ、恐怖に駆られて後退した。
「化け物だ!」
「引け!」
闇の中へ、賊たちは逃げ去った。
8.残されたもの
戦いの後、庭には荒らされた跡と重苦しい沈黙が残った。
住人たちは肩で息をしながらも、互いに無事を確かめ合った。
私は全員を見回し、強く言った。
「今夜は守りきった。でも、これは始まりかもしれない」
皆が真剣に頷いた。
恐怖もある。けれど、それ以上に「一緒なら守れる」という信頼が芽生えていた。
9.夜明けの誓い
東の空が白み始めたころ、私は一人で庭に立った。
まだ冷たい風に、血の匂いと焦げた木の匂いが混じっている。
――こんなこと、二度とさせない。
私は拳を強く握りしめた。
アパートは私の家。
そして、ここに暮らすみんなは私の家族。
忍び寄る影に怯えるだけではなく、向き合って守っていかなければならない。
その決意を胸に、私は新しい一日を迎えた。




