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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


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第十九話 リナの小さな恋心

1.微かな変化


 アパートの朝は、いつも穏やかな笑い声に包まれて始まる。

 食堂のテーブルではミナとリオが昨日の出来事を賑やかに話し、スライムが器用にパンを吸い込もうとしてはトルクに「やめろ!」と突っ込まれている。


 そんな日常の風景の中で、私はふとリナの様子に違和感を覚えた。

 彼女はスープを口に運びながらも、どこか上の空。視線がちらちらと同じ一点に向かうのを、私は見逃さなかった。


 ――その視線の先には、鍋をかき混ぜているトルクがいた。


 小人職人の真剣な横顔を、リナは頬を赤らめて見つめている。

 胸が温かくなると同時に、ほんの少しだけくすぐったいような気持ちになった。


2.心の芽生え


 昼下がり、リナは庭で洗濯物を干していた。

 そこへトルクが木材を抱えて通りかかる。


「重そうね、手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。これくらい慣れてる」


 短いやりとり。だが、リナの耳の先が赤く染まるのを、私はしっかり目にした。

 洗濯物を干す手元が少し震え、ハンカチが風に飛ばされてしまう。


 それをすかさずトルクが掴み取った。

「ほら、落とすなよ」

「……ありがとう」


 リナは胸にハンカチを抱きしめるようにして、恥ずかしそうに笑った。


3.大家の気づき


 夜。

 私は廊下でリナと二人きりになった。

 彼女はランプの灯りに照らされ、落ち着かない様子で指をもじもじと絡めていた。


「……ねえ、大家さん」

「なに?」

「もし……好きな人ができたら、どうすればいいの?」


 胸の奥が温かくなる。やっぱりそうか、と。

 私は微笑み、肩を叩いた。

「まずは、その気持ちを大事にすること。無理に言葉にしなくてもいい。相手を思う心が行動に表れるから」


 リナは少し安心したように頷いた。

 しかし同時に、不安げな影も見えた。

「でも、私なんてまだ子どもっぽいし……」


「子どもっぽいなんて関係ないわ。リナは優しいし、誰かを支えたいって気持ちはもう立派な大人よ」


 リナの瞳に小さな決意の光が宿った。


4.小さな勇気


 数日後、トルクが市場へ出かけることになった。

 リナは珍しく「私も行きたい」と名乗り出た。


 二人で並んで歩く後ろ姿を、私はそっと見送った。

 市場は活気に溢れ、香辛料の匂いや商人たちの声が飛び交う。

 リナは最初こそ緊張していたが、トルクが木材の値を交渉する姿に感心し、少しずつ笑顔を見せるようになった。


「トルクって、すごいのね」

「いや、これくらい普通だ」


 素っ気なく答えるトルク。だが、彼の耳の先が僅かに赤く染まっていることに、リナは気づいていない。


5.思わぬ事件


 帰り道、二人は町角で小さな騒ぎに巻き込まれた。

 盗みを働いた子どもが衛兵に追われ、ぶつかるようにリナに倒れ込んできたのだ。


 リナは咄嗟に子をかばい、泥だらけになった。

 衛兵が駆け寄ると、リナは子を庇って言った。

「この子、きっとお腹が空いていただけなんです!」


 トルクは一瞬驚いたが、すぐにリナに加勢した。

「彼女の言う通りだ。この子を罰する前に、腹を満たさせてやってくれ」


 衛兵たちは渋い顔をしたが、二人の必死さに押され、結局子どもは軽く注意されるだけで済んだ。


 その後。

 リナは泥だらけのスカートを見下ろし、恥ずかしそうに笑った。

「格好悪いところ、見せちゃったね」

「いや……」

 トルクは言葉を詰まらせ、それから真剣に彼女を見た。

「お前は……本当に強いな」


 リナの胸はどきん、と高鳴った。


6.夜のテラスで


 その夜。アパートのテラスに、リナと私が並んで腰掛けていた。

 星空が広がり、虫の声が響く。


「……今日は頑張ったね」

「うん。でも、わたし全然格好良くなかった」

「そう思ってるのはリナだけよ。きっとトルクには、すごく頼もしく見えたはず」


 リナは頬を赤らめ、夜空を見上げた。

「……もし、いつか、ちゃんと気持ちを伝えられるようになりたいな」


 私は微笑んで頷いた。

「その日が来るまで、私も見守ってる」


 リナは恥ずかしそうに笑いながら、そっと胸の前で手を握りしめた。

 その姿は、もう一人前の少女ではなく――大切な誰かを想う一人の女性の横顔だった。


7.静かな成長


 翌朝、リナはいつもより少し背筋を伸ばし、台所でトルクを手伝っていた。

 ぎこちなくも真剣な横顔に、私は心の中でそっとエールを送る。


 彼女の小さな恋心は、まだ言葉にならない。

 けれど確かに、アパートの温かな日々の中で育まれていた。

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