第十八話 ミナとリオの姉妹喧嘩
1.ささいなきっかけ
アパートに暮らす日々にも、時折波風は立つ。
その日は朝から蒸し暑く、住人たちの動きもどこか鈍かった。
庭で水やりをしていたリオが、畑の列を崩してしまったのがきっかけだった。
「ご、ごめんなさい!」
小さな芽を踏んでしまい、慌てて謝るリオ。
そこへ薪割りをしていたミナが振り返り、大きな声を上げた。
「おいリオ! 何やってんだよ! せっかく大家さんと一緒に育てたんだぞ!」
リオは耳を伏せ、肩を震わせる。
「わ、わたし、わざとじゃ……」
「いつもそうだ! 気をつけろって言ってんのに、全然成長してねえ!」
言葉は鋭く、矢のように突き刺さった。
2.深まる溝
昼食の席でも二人の空気は険悪だった。
リオは俯いたまま食べ、ミナは無言でパンを噛みちぎる。
他の住人たちは気まずそうに視線を交わし合った。
リナがやんわりと口を開く。
「ミナ、少し言いすぎだったんじゃない?」
「……あいつが悪いんだろ」
ミナは素直になれず、視線を逸らす。
トルクは咳払いし、言葉を選んだ。
「姉として叱るのは大切ですが、必要以上に責めれば逆効果です」
スライムも「ぷに……」と沈んだ音を出す。
しかし、ミナの心は意地に縛られていた。
3.リオの涙
その夜。
私は廊下で、リオがすすり泣いているのを見つけた。
月明かりに濡れた頬を拭いながら、彼女は震える声を絞り出した。
「……わたし、お姉ちゃんの足手まといなのかな」
胸が痛んだ。
「そんなことない。リオは一生懸命だし、ちゃんと成長してる」
「でも、お姉ちゃんは……いつも怒ってばかり」
リオは尻尾を巻き込み、膝を抱えた。
私は彼女を抱き寄せ、髪を撫でた。
「大丈夫。ミナも本当は心配してるのよ。大事だからこそ、強く言っちゃうだけ」
リオは小さく頷いたが、不安は消えない様子だった。
4.大家の策
翌日、私は住人たちを集め、畑仕事を手伝ってもらうことにした。
ミナには耕す力仕事を、リオには苗の植え替えを任せた。
二人を隣同士に配置することで、少しでも会話が生まれることを期待した。
案の定、最初は互いに口を利かなかった。
しかし、リオが小さな苗を手にして困っていると、ミナがつい声をかけた。
「そこ、もっと土をかぶせろ。根っこが乾くだろ」
リオは驚き、恐る恐る言う。
「……ありがとう」
そのやりとりに、周囲の空気が和らいだ。
5.衝突と爆発
だが、和解はそう簡単ではなかった。
午後、畑の横で二人は再び衝突した。
リオが水桶をひっくり返してしまい、土が泥に変わって苗が台無しになったのだ。
「またかよ!」
ミナが怒鳴り、リオは涙目で震えた。
「ごめんなさい……」
「謝ってばかりで直んねえんだよ!」
「……お姉ちゃんなんて、大っきらい!」
リオが叫んで駆け出した。
ミナは一瞬呆然とし、拳を握り締めた。
6.迷子の妹
夕方になってもリオは戻らなかった。
皆で町や森を探すが、姿は見つからない。
ミナは焦燥に駆られ、声を枯らして叫んだ。
「リオーッ! どこだ!」
やがて森の中で、小さなすすり泣きが聞こえた。
リオが木陰に座り込み、膝を抱えていた。
駆け寄ったミナは、妹を強く抱きしめた。
「ごめん……! 私が悪かった!」
リオは驚き、涙を流しながらも抱き返した。
「わたしも……ごめんなさい」
7.本音の言葉
二人は夜の森で向き合った。
ミナは苦しげに言った。
「私は……お前が大事すぎて、つい怒鳴っちまう。失うのが怖いんだ」
リオは涙を拭い、震える声で答える。
「わたしも、お姉ちゃんが大好き。でも、怒られると嫌われた気がして……」
ミナは妹の頭を撫で、柔らかく笑った。
「嫌うわけねえだろ。お前は私のたった一人の妹だ」
リオも笑みを浮かべ、尻尾を揺らした。
8.帰還と和解
アパートへ戻ると、住人たちが温かく迎えた。
リナは「よかった」と微笑み、トルクは安堵の息をつき、スライムは勢いよく跳ねて二人の足元にまとわりついた。
私は静かに言った。
「姉妹っていうのは、喧嘩するもの。でも、本音を伝え合えるなら絆はもっと強くなる」
二人は揃って頷き、手を取り合った。
その姿に、アパートの空気は一層温かく包まれていった。




