第十七話 スライムの冒険
1.静かな朝に
ある朝。アパートの庭では、いつものようにスライムが「ぷに、ぷに」と軽快に跳ねていた。
畑の畝を整え、落ち葉を集め、廊下の隅々まで磨き上げる。
小さな身体はまるで透明なゼリー玉のようだが、その働きぶりは誰よりも勤勉だった。
私は縁側からその姿を見て思わず笑みをこぼした。
「今日もありがとう、スライム」
すると、スライムは誇らしげにぷるんと膨らみ、ハート型の泡を浮かべてみせた。
――そんな平穏な日常の裏で、小さな冒険が始まろうとしていた。
2.行方不明
昼過ぎ。掃除を終えていたはずのスライムが、姿を見せなくなった。
夕食の時間になっても戻らない。
リオが不安げに耳を伏せた。
「……スライム、どこ行っちゃったの?」
ミナも腕を組んで顔をしかめる。
「アイツ、こんなに遅いのは初めてだ」
リナが瞳を閉じて霊感を研ぎ澄ませると、薄い気配が森の方に漂っていると言った。
「どうやら、一人で出かけたみたい」
私は皆を落ち着かせた。
「大丈夫。きっと無事よ。でも、探しに行こう」
3.スライムの視点
一方その頃――。
スライムは森の奥をぷるぷると進んでいた。
きっかけは、庭先で見つけた小さな花だった。
まだ咲きかけの蕾で、根が弱っていた。
水をやっても元気がなく、スライムは思ったのだ。
――もっと栄養のある土を見つけてきて、大家さんを喜ばせたい。
そうして、小さな体で森に入ったのだった。
4.森の中で
森は昼でも薄暗く、獣の声が響く。
スライムは低い位置を跳ねながら進み、落ち葉の下を掘り返しては土を確かめた。
やがて、黄金色に輝くような柔らかい土を見つけた。
「ぷに!」と喜び、体に詰め込もうとした瞬間――。
背後から「ガルルルッ」と低い唸り声が響いた。
大きな狼が、牙をむき出して迫ってきたのだ。
スライムは震えながらも必死に跳ねて逃げる。
だが身体は小さく、足も遅い。狼の影がすぐ後ろに迫った。
5.仲間たちの救出
その時――。
「そこまでだ!」
茂みを突き破ってミナが飛び出した。大剣を振り抜き、狼の鼻先を威嚇する。
リオが弓を構え、リナが光の障壁を展開した。
トルクは後方で魔導器を操作し、拘束の鎖を展開する。
狼は怯んで退き、やがて森の奥へ逃げ去った。
スライムは仲間の姿を見て、ぷるぷると涙のような水滴をこぼした。
私は駆け寄り、小さな体を抱き上げた。
「心配かけて……もう、無茶しちゃダメよ」
スライムは「ぷにぃ……」と申し訳なさそうに震えた。
6.本当の気持ち
アパートへ戻ると、皆が囲炉裏端に集まった。
スライムは小さな花の蕾を吐き出し、そして黄金の土を差し出した。
リオが驚きの声を上げる。
「これ、森の奥にしかない特別な土だよ!」
リナが微笑んで言った。
「スライムは、この花を元気にしようとしたんだね」
私は胸が熱くなった。
「そうだったの……。ありがとう。でも、あなたが無事で帰ってきてくれたことが一番嬉しいわ」
スライムは嬉しそうに跳ね、再びハート型の泡を浮かべた。
7.咲いた花
数日後。
庭の片隅で、その花は見事に咲き誇った。
淡い青色の花弁が風に揺れ、光を浴びて輝いている。
リオが駆け寄り、「きれい……!」と声を上げた。
ミナは照れくさそうに鼻をこすり、リナは優雅に舞い、トルクはしみじみと眺めた。
私はスライムの頭をそっと撫でた。
「あなたの冒険は、ちゃんと実を結んだわね」
スライムは誇らしげに「ぷにっ!」と鳴き、皆の笑顔を映すように透明な体を揺らした。




