第十六話 トルクの過去と決意
1.夜更けの作業場
アパートの一角にある小さな作業場。
夜になると、そこから金属を打つ「カン、カン」という音が聞こえる。
トルクは借りた机の上に工具を並べ、淡々と手を動かしていた。
小さな歯車、繊細な魔法陣、そして古びた設計図。
その姿はまるで祈るように真剣で、時に苦悶の色さえ浮かんでいた。
私は帳簿整理を終えてから、そっと扉を覗いた。
「まだやってるの?」
「……はい。少しでも手を止めると、過去のことばかり考えてしまうので」
その横顔は静かだが、奥に深い影を抱えていた。
2.住人たちの心配
翌日、食堂での朝食の席。
ミナが口にパンを放り込みながら言った。
「なあ大家さん、トルク、最近寝てんのか? 目の下が真っ黒だぞ」
リオも心配そうに小声で続ける。
「夜中に灯りがついてて……音がずっとしてた」
リナはふわりと揺れながら呟いた。
「彼の周り、時々暗い靄みたいなのが見える。あれは、後悔の影」
スライムも「ぷに……」と沈んだ音を出す。
私は頷き、昼間のうちに彼の作業場を訪ねることにした。
3.過去の告白
トルクは作業台に突っ伏して眠っていた。
毛布をかけようとしたとき、彼が目を覚ました。
「……すみません、大家さん」
「無理してるんじゃない?」
少し沈黙したあと、トルクはぽつりと語り始めた。
「私は、もとは王都の技師でした。貴族の屋敷で仕え、武具や魔導器を作っていたのです」
彼の声は淡々としていたが、拳は強く握られていた。
「しかし、私が作った兵器で村がひとつ焼かれました。あの時の子どもたちの泣き声が……今も耳に残っています」
重い沈黙が作業場を満たす。
「だから私は逃げました。技師の名も、地位も捨てて。……ですが、逃げても罪は消えません」
彼の瞳には、自らを罰するような光が宿っていた。
4.大家として
私は静かに椅子を引き、彼の隣に腰を下ろした。
「あなたは人を傷つけたいと思って作ったわけじゃないでしょう?」
トルクは苦く笑った。
「意図は関係ありません。結果として多くの命を奪ったのですから」
「それでも、あなたは今、誰かを守る道具を作ろうとしてる。それが“贖い”だと私は思う」
トルクは驚いたように私を見た。
「……大家さんは、私を許せるのですか」
「許すかどうかじゃないわ。ここでは、過去より“これから”を大事にしてほしいの」
その言葉に、彼の硬い表情が少しだけ緩んだ。
5.みんなの支え
その夜、私は居間に住人全員を集めた。
「トルクの過去のこと、聞いてほしい」
トルクは渋ったが、皆の前で簡潔に語った。
ミナは最初こそ眉をひそめたが、やがて拳を握った。
「過去に間違ったからって、それで全部終わりなわけじゃねえだろ。これから何をするかだ」
リオは震えながらも「トルクさん、わたし……あなたが怖くない」と言った。
リナは優しく微笑む。
「あなたの心の靄は薄くなり始めてる。ここで生きるなら、もっと晴れるはず」
スライムは「ぷに!」と大きく跳ね、机の上でぐにゃりと笑顔のような形を作った。
トルクは唇を噛みしめ、深く頭を下げた。
「……私は、皆さんに支えられているのですね」
6.新しい決意
翌日、トルクは庭に集めた住人たちの前で宣言した。
「私は、これから“人を守る技師”として生きます。二度と兵器を作らない。作るのは、この家族を護るものだけです」
その声は震えていたが、確かな強さがあった。
ミナが腕を組んで笑う。
「よし! じゃあ次は、うちの武器の修理を頼むぜ。攻めるためじゃなく、守るためにな」
リナが空中で拍手し、リオが小さく「すごい……」と呟く。
スライムも「ぷにぷに!」と全力で跳ねた。
私は胸が熱くなった。
「ようこそ、トルク。ここがあなたの新しい居場所よ」
トルクは深く頷き、作業場へと戻っていった。
その背中は、昨日までの影を振り払ったように見えた。
7.夜空の下で
その夜。
縁側に座ると、トルクが隣にやってきた。
「大家さん。……私はようやく一歩を踏み出せました」
夜空には無数の星が瞬いている。
「過去を消すことはできません。しかし、ここで皆を守るために働くことが、私にできる償いだと思います」
私は頷いた。
「ええ。その決意を忘れなければ、きっとあなたは変われる」
トルクは静かに笑い、星を見上げた。
「ありがとうございます、大家さん」
その横顔には、初めて見る安らぎが宿っていた。




