第十五話 リオの初めての友達
1.小さな願い
アパートに住み始めて数週間。リオはずいぶん表情が柔らかくなった。
以前は物音に怯えて姉の影に隠れてばかりだったが、いまでは庭でスライムと遊んだり、畑を耕したりと、少しずつ外に出るようになった。
けれど、彼女にはまだ大きな壁が残っている。
――それは、同年代の友達を持ったことがない、ということ。
ある日の昼下がり、私は縁側で帳簿を整理していた。するとリオが小さな声で話しかけてきた。
「……大家さん。わたし、人間の子と……話してみたい」
その言葉は勇気を振り絞ったものだった。
私は笑顔で頷いた。
「いいわね。じゃあ町に行ってみようか。お祭りのときよりも、ゆっくり人と会えるかもしれない」
リオの耳がぴくりと動き、頬が赤く染まった。
2.町へ
翌日、私はリオと一緒に町へ向かった。
ミナは少し心配そうに「変なやつに絡まれたらすぐ帰れよ」と釘を刺して送り出してくれた。
昼の市場は賑やかだったが、祭りのときほど混雑はしていない。
リオは最初こそ緊張して姉のいない心細さを隠せずにいたが、スライムが「ぷに!」と先導するように跳ねると、少しずつ歩みを軽くした。
菓子屋の前で、同じ年頃の人間の子どもたちが遊んでいた。
リオは立ち止まり、視線をそらしながらも気になって仕方ない様子だ。
「声をかけてみる?」
「……でも、怖い」
リオは耳を伏せ、尻尾を巻きつけた。
私はしゃがんで目線を合わせた。
「怖くても大丈夫よ。もし何かあったら、私もスライムもいるから」
リオは迷った末、小さく頷いた。
3.はじめての交流
子どもたちは縄跳びで遊んでいた。
リオが近づくと、一人の男の子が怪訝そうにこちらを見た。
「獣人だ……」
その一言に、リオは肩を震わせた。
だが次の瞬間、別の女の子がぱっと笑った。
「わあ、耳かわいい! 一緒に跳ぶ?」
差し出された縄を前に、リオは戸惑った。
スライムが「ぷに!」と跳ね、背中を押すように体を揺らす。
リオは勇気を出して縄の中に入った。
最初はぎこちなかったが、すぐにリズムに乗り始めた。
耳がぴょんぴょんと揺れ、子どもたちが笑う。
「すごいすごい!」
「速いね!」
リオは息を弾ませながらも、嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
4.小さな衝突
だが、全員が歓迎したわけではない。
先ほどの男の子が不満げに言った。
「でも、獣人って怖いんだろ? お父さんがそう言ってた」
その言葉に、リオは顔を青ざめさせ、縄から飛び出してしまった。
「……ごめんなさい」
走り去ろうとするリオを、私は慌てて追いかけた。
「リオ!」
市場の裏路地でうずくまる彼女の背を、私はそっと撫でた。
「傷ついた?」
「……わたし、やっぱり人と友達になれない」
その言葉は胸を締めつけた。
「違うわ。怖がってるのは相手の子どもも同じ。だからこそ、リオが一歩踏み出さなきゃ」
リオは唇を噛みしめた。
5.勇気を出して
そこへ、縄跳びをしていた女の子が駆けてきた。
「ごめんね! あの子、いつも口が悪いの。でも本当は一緒に遊びたいんだよ」
リオは驚いたように顔を上げた。
「……ほんと?」
「うん。だから、戻ってきて」
女の子が手を差し伸べる。
リオはしばらく躊躇したが、やがてその手を握った。
二人は一緒に市場へ戻り、再び縄跳びを始めた。
男の子も渋々加わり、やがて笑い声が響き渡る。
リオの頬には初めて見るような晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
6.帰り道
夕暮れ、リオは手に小さなお菓子袋を抱えていた。
「……友達、できた」
その声は震えていたが、誇らしさに満ちていた。
私は微笑んで頷いた。
「そうね。今日の勇気はきっと一生ものよ」
スライムが「ぷに!」と跳ね、リオの足元をくるくる回った。
リオは笑いながらスライムを抱きしめた。
7.アパートの夜
アパートに戻ると、ミナが玄関で待ち構えていた。
「どうだった!?」
リオはお菓子袋を掲げて叫んだ。
「……友達できた!」
ミナの目が潤み、妹を抱きしめる。
「よく頑張ったな!」
リナもふわりと浮かんで「おめでとう」と微笑み、トルクは「これでまた一歩成長しましたね」と頷いた。
私は縁側に座り、夕焼けを眺めながら小さく呟いた。
「居場所があるって、こういうことなんだな」
アパートの灯りは暖かく、夜風の中で穏やかに揺れていた。




