表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/94

第十二話 新しい住人、獣人姉妹

1.来訪者


 市場祭りから数日が経ち、アパートには新しい風が吹き込もうとしていた。

 午前の掃除を終え、縁側でお茶をすすっていると、門の向こうから元気な声が響いてきた。


「すみませーん! ここ、住むところを探してるんですけどー!」


 私が顔を上げると、獣耳をぴんと立てた少女が立っていた。背丈は人間の子どもより少し高いくらいだが、筋肉質でしっかりした体つきをしている。隣にはもう一人、少し小柄な少女がいて、こちらは耳を伏せ、尻尾を体に巻きつけるようにして立っていた。


 姉妹――それがすぐに分かった。


「いらっしゃい。大家の私が案内するわ。二人は姉妹?」

「はい! 私はミナ、こっちは妹のリオです」

 姉の方が胸を張る。妹はおずおずと頭を下げた。


「行商で町に来たんですけど、泊まる場所もなくて……。宿屋はどこも満員で。だから、大家さんの屋台で“空き部屋あります”って見て……!」


 私は思わず笑みを浮かべた。

「宣伝しておいて良かったわ。どうぞ、中を見ていって」


2.部屋の案内


 私は二人を空き部屋に案内した。木の床はトルクが磨いてくれたばかりで、窓からは庭が見える。


「わあ、いい匂い!」

 ミナが駆け回り、リオはおそるおそる窓辺に立った。


「……静か」

 ぽつりと呟く声に、私は少し胸が締めつけられた。きっと、この子は喧噪や人混みに慣れていないのだろう。


 スライムが興味津々に近づくと、リオはびくりと身をすくめた。

「こ、これ……」

「大丈夫よ。うちのスライムは掃除と留守番が得意なの」

 スライムは「ぷに」と鳴き、リオの足元にすり寄った。やがて彼女は恐る恐る手を伸ばし、柔らかな感触に目を丸くした。


「……あったかい」


 その小さな一言に、スライムが嬉しそうに震える。私は内心ほっとしていた。


3.試練の夕食


 夕方。新しい住人を迎えるため、食堂に料理を並べた。

 焼きたてのパン、野菜のシチュー、そして少し贅沢に仕入れた肉のロースト。


 ミナは遠慮なく皿を平らげ、リオは小さな口で少しずつ食べていた。

「こんなにおいしいの、初めて……」

 ぽつりと漏らした声に、トルクが微笑んだ。

「これからは毎日食べられますよ。ここはそういう場所ですから」


 リナも優しく頷く。

「ねえ、リオちゃん。私、幽霊だけど、ここで居場所をもらったの。だからきっと、あなたにも居場所がある」


 リオは目を瞬き、やがて小さく笑った。


4.夜の出来事


 その夜。庭で物音がしたので外へ出ると、ミナが剣を握りしめていた。

「ごめんなさい、大家さん! 私たち、ちょっと事情があって……追われてるんです」


 彼女の瞳は真剣だった。

 詳しく聞けば、行商の最中に商隊を襲った盗賊団と揉め、以来つけ狙われているらしい。妹を守るため、彼女は必死に強がっていた。


「でも、ここに迷惑はかけられない。出て行った方が――」


「バカ言わないで」私は即座に言った。

「ここは大家の私の家で、あなたたちはもう住人。なら、守るのも私の役目よ」


 トルクも腕を組み、力強く頷いた。

「防御の細工は任せてください」

 リナはふわりと浮かび、「私も手伝う」と言った。

 スライムは大きく膨らんで「ぷに!」と鳴いた。


 ミナの目に、初めて涙が浮かんだ。


5.絆


 翌朝。特に襲撃はなく、空は穏やかに晴れていた。

 だが、姉妹はもう迷ってはいなかった。


「大家さん……私たち、ここで暮らしたいです。どんなに短くても、ここで一緒に」

 ミナが深く頭を下げる。

 リオも小さな声で「ここが、好き」と言った。


 私は笑みを浮かべ、二人の手を取った。

「ようこそ。これからは一緒に、このアパートをにぎやかにしていきましょう」


 リナが拍手し、スライムが跳ね、トルクがにやりと笑う。

 アパートにはまた、新しい家族が増えたのだった。


6.余韻


 その夜、縁側に腰を下ろして、私は空を見上げた。

 月が静かに照らす下で、姉妹の笑い声が響いてくる。


「……どんどんにぎやかになるなあ」

 私は微笑み、湯呑を口に運んだ。


 異世界の大家生活は、まだまだ続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ