第十二話 新しい住人、獣人姉妹
1.来訪者
市場祭りから数日が経ち、アパートには新しい風が吹き込もうとしていた。
午前の掃除を終え、縁側でお茶をすすっていると、門の向こうから元気な声が響いてきた。
「すみませーん! ここ、住むところを探してるんですけどー!」
私が顔を上げると、獣耳をぴんと立てた少女が立っていた。背丈は人間の子どもより少し高いくらいだが、筋肉質でしっかりした体つきをしている。隣にはもう一人、少し小柄な少女がいて、こちらは耳を伏せ、尻尾を体に巻きつけるようにして立っていた。
姉妹――それがすぐに分かった。
「いらっしゃい。大家の私が案内するわ。二人は姉妹?」
「はい! 私はミナ、こっちは妹のリオです」
姉の方が胸を張る。妹はおずおずと頭を下げた。
「行商で町に来たんですけど、泊まる場所もなくて……。宿屋はどこも満員で。だから、大家さんの屋台で“空き部屋あります”って見て……!」
私は思わず笑みを浮かべた。
「宣伝しておいて良かったわ。どうぞ、中を見ていって」
2.部屋の案内
私は二人を空き部屋に案内した。木の床はトルクが磨いてくれたばかりで、窓からは庭が見える。
「わあ、いい匂い!」
ミナが駆け回り、リオはおそるおそる窓辺に立った。
「……静か」
ぽつりと呟く声に、私は少し胸が締めつけられた。きっと、この子は喧噪や人混みに慣れていないのだろう。
スライムが興味津々に近づくと、リオはびくりと身をすくめた。
「こ、これ……」
「大丈夫よ。うちのスライムは掃除と留守番が得意なの」
スライムは「ぷに」と鳴き、リオの足元にすり寄った。やがて彼女は恐る恐る手を伸ばし、柔らかな感触に目を丸くした。
「……あったかい」
その小さな一言に、スライムが嬉しそうに震える。私は内心ほっとしていた。
3.試練の夕食
夕方。新しい住人を迎えるため、食堂に料理を並べた。
焼きたてのパン、野菜のシチュー、そして少し贅沢に仕入れた肉のロースト。
ミナは遠慮なく皿を平らげ、リオは小さな口で少しずつ食べていた。
「こんなにおいしいの、初めて……」
ぽつりと漏らした声に、トルクが微笑んだ。
「これからは毎日食べられますよ。ここはそういう場所ですから」
リナも優しく頷く。
「ねえ、リオちゃん。私、幽霊だけど、ここで居場所をもらったの。だからきっと、あなたにも居場所がある」
リオは目を瞬き、やがて小さく笑った。
4.夜の出来事
その夜。庭で物音がしたので外へ出ると、ミナが剣を握りしめていた。
「ごめんなさい、大家さん! 私たち、ちょっと事情があって……追われてるんです」
彼女の瞳は真剣だった。
詳しく聞けば、行商の最中に商隊を襲った盗賊団と揉め、以来つけ狙われているらしい。妹を守るため、彼女は必死に強がっていた。
「でも、ここに迷惑はかけられない。出て行った方が――」
「バカ言わないで」私は即座に言った。
「ここは大家の私の家で、あなたたちはもう住人。なら、守るのも私の役目よ」
トルクも腕を組み、力強く頷いた。
「防御の細工は任せてください」
リナはふわりと浮かび、「私も手伝う」と言った。
スライムは大きく膨らんで「ぷに!」と鳴いた。
ミナの目に、初めて涙が浮かんだ。
5.絆
翌朝。特に襲撃はなく、空は穏やかに晴れていた。
だが、姉妹はもう迷ってはいなかった。
「大家さん……私たち、ここで暮らしたいです。どんなに短くても、ここで一緒に」
ミナが深く頭を下げる。
リオも小さな声で「ここが、好き」と言った。
私は笑みを浮かべ、二人の手を取った。
「ようこそ。これからは一緒に、このアパートをにぎやかにしていきましょう」
リナが拍手し、スライムが跳ね、トルクがにやりと笑う。
アパートにはまた、新しい家族が増えたのだった。
6.余韻
その夜、縁側に腰を下ろして、私は空を見上げた。
月が静かに照らす下で、姉妹の笑い声が響いてくる。
「……どんどんにぎやかになるなあ」
私は微笑み、湯呑を口に運んだ。
異世界の大家生活は、まだまだ続いていく。




