表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/94

第十一話 市場祭りと大家の奮闘

1.祭りの知らせ


 ある日の朝、町の広場から太鼓の音が響いてきた。

 まだ日も昇りきらないうちから賑やかな音色に、スライムは跳ね起き、「ぷに! ぷに!」と窓にへばりつく。

 幽霊少女――リナは首をかしげ、トルクは木屑を払いつつ顔を上げた。


「……ああ、もうすぐ“市場祭り”か」

 トルクが呟いた。


「市場祭り?」と私が問い返す。


「年に一度、町の商人や職人が一堂に会して、品を売ったり腕を競ったりするんです。料理や遊びの屋台も出るので、町中が大賑わいになりますよ」


 なるほど、と私は頷いた。アパートの改修を進めてから、町の人々とも少しずつ顔を合わせるようになっていたが、大規模な祭りに関わるのは初めてだ。


 リナが少し不安そうに私を見上げる。

「大家さん……行ってみたいけど、幽霊の私が行っても平気かな」


「大丈夫よ。人混みに紛れれば誰も気づかないわ」私は笑って言った。

「それに、みんなで出かければきっと楽しい思い出になる」


 こうして、アパートの住人全員で市場祭りに出かけることが決まった。


2.準備の大騒ぎ


 翌朝、アパートの玄関は戦場のようだった。

 リナは服を選ぶのに夢中で、トルクは自分が作った小物を並べて「せっかくなら売ってみようか」と考えている。

 スライムは興奮しすぎて棚の上に跳び乗り、植木鉢を倒しかけた。


「こらっ! 静かに!」私が声を上げると、全員が一斉にこちらを見る。

「いい? 今日は“お客”として楽しむだけじゃないの。アパートの大家として、町のみんなに顔を覚えてもらう大事な日なんだから!」


 私は胸を張った。

「目標は、“大家さんのアパート”を広めること。ついでに新しい入居希望者が見つかれば最高よ!」


 リナはぱちぱちと手を叩き、スライムは丸く膨らんで「ぷに!」と同意。

 トルクは腕を組み、「ならば僕の細工も並べましょう」と力強く宣言した。


 こうして私たちは、即席の屋台を出す準備を整え、市場祭りに向かった。


3.市場の喧騒


 町の広場は、想像以上の賑わいだった。

 香ばしい焼き菓子の匂い、色鮮やかな布地を広げる商人の声、子どもたちの笑い声。太鼓と笛が絶えず鳴り響き、熱気で空気が揺れている。


「わあ……すごい」リナが目を輝かせる。

 普段は儚げな彼女が、今はまるで生きている少女のように見えた。


 スライムは食べ物の匂いに釣られて跳ね回り、あっという間に子どもたちの輪に囲まれてしまった。

「ねえ見て! ぷるぷるしてる!」

「これ、食べられるのかな!?」


 慌てて私が止めに入る。

「食べちゃダメ! この子はうちの大事な住人なの!」


 子どもたちは笑い転げながらもスライムを撫で、スライムは誇らしげに体を震わせた。


 一方でトルクは、持ち込んだ木細工を次々と売りさばいていた。

「見てください、この精巧な鳥。翼が動きます」

「まあ素敵! これ、いくら?」


 あっという間に人だかりができ、トルクは汗をかきながらも満足げだった。


4.大家の奮闘


 私はというと――「大家さん特製! アパート紹介コーナー!」と書いた布を張り、簡単な案内を始めた。


「ええ、このアパートは古いけれど住み心地抜群。幽霊もスライムも大歓迎! 家賃は応相談!」


 通りすがりの人々が笑いながら足を止める。

「幽霊も大歓迎って……冗談だろう」

「いや、あの人の目は本気だぞ」


 冷やかし半分だったが、それでも数人が興味を示して話を聞いてくれた。

 中には、「遠方から来たけど宿がなくて……」という旅人もいて、私は得意げに「ぜひうちへ!」と名刺代わりの木札を渡した。


 リナはその様子を微笑みながら見守っていた。

「大家さんって、本当に大家さんなんだね」

「当たり前でしょ。看板背負ってるんだから」私は胸を張った。


5.小事件


 夕暮れが近づいたころ、事件は起きた。

 広場の中央で、商人同士が言い争いを始めたのだ。

「うちの品を盗んだだろう!」

「濡れ衣だ! 証拠を出せ!」


 人だかりができ、騒ぎは大きくなる一方。祭りの空気が一気に険悪になっていく。


 私は思わず飛び出した。

「ちょっと待った! ここは祭りよ、ケンカはだめ!」


 しかし二人は聞く耳を持たない。

 そのとき――リナがすっと前に出た。

 彼女は幽霊の力をほんの少し解放し、周囲の布をひらりと揺らした。

 突風のような現象に人々が驚いて目を丸くする。


「見て……盗んだのはこの子じゃない」

 リナが指差したのは、群衆の中に紛れ込んでいた小さな少年だった。

 手には盗まれた布切れが握られている。


 少年は震えながら泣き出した。事情を聞けば、家に食べ物もなく、布を売って少しでもお金にしようとしたのだという。


 商人たちは顔を見合わせ、やがてため息をついた。

「……祭りの日だ。今回は見逃してやる」


 人々は拍手し、少年は涙を流して頭を下げた。

 リナはそっと微笑み、私にだけ小さな声で言った。

「……やっぱり私、人を助けるのが好きみたい」


6.祭りの夜


 祭りの終盤、広場に無数の灯籠が浮かび上がった。

 夜空にゆらめく光は、まるで星が地上に降りてきたようだった。


 私たちは肩を並べ、屋台の甘い菓子を分け合った。

 スライムは砂糖菓子を少し溶かして嬉しそうに震え、トルクは「来年はもっと大きな屋台を出しましょう」と張り切っていた。


 リナは灯籠を見上げ、そっと呟いた。

「……生きてた頃も、こうやってお祭りを見たのかな。思い出せないけど、でも――今は幸せ」


 私は頷いた。

「そうね。大事なのは、今こうして一緒にいること」


 灯籠の光が、私たちの影を寄り添わせるように照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ