第十一話 市場祭りと大家の奮闘
1.祭りの知らせ
ある日の朝、町の広場から太鼓の音が響いてきた。
まだ日も昇りきらないうちから賑やかな音色に、スライムは跳ね起き、「ぷに! ぷに!」と窓にへばりつく。
幽霊少女――リナは首をかしげ、トルクは木屑を払いつつ顔を上げた。
「……ああ、もうすぐ“市場祭り”か」
トルクが呟いた。
「市場祭り?」と私が問い返す。
「年に一度、町の商人や職人が一堂に会して、品を売ったり腕を競ったりするんです。料理や遊びの屋台も出るので、町中が大賑わいになりますよ」
なるほど、と私は頷いた。アパートの改修を進めてから、町の人々とも少しずつ顔を合わせるようになっていたが、大規模な祭りに関わるのは初めてだ。
リナが少し不安そうに私を見上げる。
「大家さん……行ってみたいけど、幽霊の私が行っても平気かな」
「大丈夫よ。人混みに紛れれば誰も気づかないわ」私は笑って言った。
「それに、みんなで出かければきっと楽しい思い出になる」
こうして、アパートの住人全員で市場祭りに出かけることが決まった。
2.準備の大騒ぎ
翌朝、アパートの玄関は戦場のようだった。
リナは服を選ぶのに夢中で、トルクは自分が作った小物を並べて「せっかくなら売ってみようか」と考えている。
スライムは興奮しすぎて棚の上に跳び乗り、植木鉢を倒しかけた。
「こらっ! 静かに!」私が声を上げると、全員が一斉にこちらを見る。
「いい? 今日は“お客”として楽しむだけじゃないの。アパートの大家として、町のみんなに顔を覚えてもらう大事な日なんだから!」
私は胸を張った。
「目標は、“大家さんのアパート”を広めること。ついでに新しい入居希望者が見つかれば最高よ!」
リナはぱちぱちと手を叩き、スライムは丸く膨らんで「ぷに!」と同意。
トルクは腕を組み、「ならば僕の細工も並べましょう」と力強く宣言した。
こうして私たちは、即席の屋台を出す準備を整え、市場祭りに向かった。
3.市場の喧騒
町の広場は、想像以上の賑わいだった。
香ばしい焼き菓子の匂い、色鮮やかな布地を広げる商人の声、子どもたちの笑い声。太鼓と笛が絶えず鳴り響き、熱気で空気が揺れている。
「わあ……すごい」リナが目を輝かせる。
普段は儚げな彼女が、今はまるで生きている少女のように見えた。
スライムは食べ物の匂いに釣られて跳ね回り、あっという間に子どもたちの輪に囲まれてしまった。
「ねえ見て! ぷるぷるしてる!」
「これ、食べられるのかな!?」
慌てて私が止めに入る。
「食べちゃダメ! この子はうちの大事な住人なの!」
子どもたちは笑い転げながらもスライムを撫で、スライムは誇らしげに体を震わせた。
一方でトルクは、持ち込んだ木細工を次々と売りさばいていた。
「見てください、この精巧な鳥。翼が動きます」
「まあ素敵! これ、いくら?」
あっという間に人だかりができ、トルクは汗をかきながらも満足げだった。
4.大家の奮闘
私はというと――「大家さん特製! アパート紹介コーナー!」と書いた布を張り、簡単な案内を始めた。
「ええ、このアパートは古いけれど住み心地抜群。幽霊もスライムも大歓迎! 家賃は応相談!」
通りすがりの人々が笑いながら足を止める。
「幽霊も大歓迎って……冗談だろう」
「いや、あの人の目は本気だぞ」
冷やかし半分だったが、それでも数人が興味を示して話を聞いてくれた。
中には、「遠方から来たけど宿がなくて……」という旅人もいて、私は得意げに「ぜひうちへ!」と名刺代わりの木札を渡した。
リナはその様子を微笑みながら見守っていた。
「大家さんって、本当に大家さんなんだね」
「当たり前でしょ。看板背負ってるんだから」私は胸を張った。
5.小事件
夕暮れが近づいたころ、事件は起きた。
広場の中央で、商人同士が言い争いを始めたのだ。
「うちの品を盗んだだろう!」
「濡れ衣だ! 証拠を出せ!」
人だかりができ、騒ぎは大きくなる一方。祭りの空気が一気に険悪になっていく。
私は思わず飛び出した。
「ちょっと待った! ここは祭りよ、ケンカはだめ!」
しかし二人は聞く耳を持たない。
そのとき――リナがすっと前に出た。
彼女は幽霊の力をほんの少し解放し、周囲の布をひらりと揺らした。
突風のような現象に人々が驚いて目を丸くする。
「見て……盗んだのはこの子じゃない」
リナが指差したのは、群衆の中に紛れ込んでいた小さな少年だった。
手には盗まれた布切れが握られている。
少年は震えながら泣き出した。事情を聞けば、家に食べ物もなく、布を売って少しでもお金にしようとしたのだという。
商人たちは顔を見合わせ、やがてため息をついた。
「……祭りの日だ。今回は見逃してやる」
人々は拍手し、少年は涙を流して頭を下げた。
リナはそっと微笑み、私にだけ小さな声で言った。
「……やっぱり私、人を助けるのが好きみたい」
6.祭りの夜
祭りの終盤、広場に無数の灯籠が浮かび上がった。
夜空にゆらめく光は、まるで星が地上に降りてきたようだった。
私たちは肩を並べ、屋台の甘い菓子を分け合った。
スライムは砂糖菓子を少し溶かして嬉しそうに震え、トルクは「来年はもっと大きな屋台を出しましょう」と張り切っていた。
リナは灯籠を見上げ、そっと呟いた。
「……生きてた頃も、こうやってお祭りを見たのかな。思い出せないけど、でも――今は幸せ」
私は頷いた。
「そうね。大事なのは、今こうして一緒にいること」
灯籠の光が、私たちの影を寄り添わせるように照らしていた。




