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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: じょんどぅ


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大家、朝ごはんを作る

朝。


港町の新しい一日は、まだ眠たげな潮の香りと、遠くで響く船大工たちの木槌の音とともに始まる。戦いの痕跡は町のあちこちに残ってはいたが、それでも人々の営みは止まらない。影の渦を越えた世界に、ようやく穏やかな陽光が差し込んでいた。


大家はその朝、珍しく一番に目を覚ましていた。木造の小さな宿兼アパートの台所に立ち、慣れた手つきで釜に火を入れる。ぱちぱちと薪が弾ける音が、夜の名残を少しずつ追い払うように広がっていく。


「さて、今日は何を作ろうかねえ……」


独り言をつぶやきながら、大家は棚から干した魚と小麦粉の袋を取り出した。戦いの最中にはろくに食事も取れなかった仲間たちに、今日は腹の底から温まるようなご飯を食べさせてやりたかったのだ。


水を張った鍋に野菜を切り入れ、コトコトと煮込み始める。たまねぎの甘い香りが漂い出すころ、廊下から足音が聞こえた。


「……ん、なんかいい匂い」


眠たげな声で現れたのは幽霊少女だった。彼女は壁をすり抜けるでもなく、ちゃんと廊下を歩いてやってきた。最近はすっかり「生活」に馴染み、朝起きて挨拶をするのが当たり前になっている。


「おはよう。今日はスープにしようと思ってね」

「やった。私、味見する」


にこりと笑う少女に、大家は匙を手渡した。彼女はまだ実体を持たない身だが、不思議なことに「食べる」まではできなくても「味を見る」ことはできる。まるで、町そのものが彼女に小さな役割を与えてくれているようだった。


「ちょっと薄いかも」

「おや、そうかい。じゃあ塩をもう少し……」


調味料を加え、二人で首をかしげて味を確かめる。そんなやりとりだけで、ここが「帰る場所」だという実感が胸にあふれてくる。


しばらくして、ドタバタと騒がしい音が階段から響いてきた。


「おっはよう! 大家さん! あ、いい匂いする!」

「リオ、そんなに騒がしくしない!」


元気いっぱいに飛び込んできたリオを、後ろからリナが追いかけていた。二人は戦いを通じてますます息の合った様子で、けんかをするよりも「掛け合い」になっていることが多い。


「おはよう。今日は魚のスープだよ」

「やった! 俺、盛り付け手伝います!」

「私は……包丁を貸してもらえれば」


リオが皿を並べ、リナが野菜を切り始める。だが剣士の癖が抜けないリナは、つい包丁を振り抜くようにしてしまい、にんじんが勢いよく飛んでいった。


「ちょ、飛んでる! 飛んでる!」

「うっ……すまない、つい力が……」


台所が小さな笑い声に包まれる。幽霊少女までがケラケラ笑い、リオが床を這って飛んでいった野菜を拾う。


そこへさらに、歌うような声が階段から響いてきた。


「おはようございます~♪ あら、もう台所がにぎやかですね」


マリエだ。彼女は大きな布を抱えて現れ、その布の隅には小さな刺繍がほどこされていた。戦いの合間にも彼女は針を持ち続け、今ではすっかり「町の縫い子」として頼られる存在になっていた。


「マリエ、手伝ってくれるかい?」

「もちろん。今日はパンを温め直しますね。歌を添えれば、もっと美味しくなるかもしれません」


歌声が響く。小さな旋律がパンを包み込み、焼きたてのように香り立つ。リオが思わず歓声を上げ、リナも表情を緩めた。


やがてテーブルに並んだ料理は、魚と野菜のスープ、焼き直したパン、そして干し果物を刻んだ甘い菓子。


「よし、そろそろ座ろうか」


大家の声に促され、皆が席に着く。


「いただきます!」


声が重なった瞬間、窓から差し込む陽光が一層明るくなった気がした。


スープを口に運んだリオが、目を輝かせる。

「うまい! これ、体に沁みます!」

リナも黙って頷き、マリエはにこやかに歌いながらパンをちぎる。幽霊少女は、みんなが食べる様子を嬉しそうに眺めながら、自分も少しだけ味を見て「いいなあ」と微笑む。


大家は、その光景を静かに見つめていた。


かつては裂け目に呑まれ、絶望に沈みかけた仲間たちが、今こうして一つの食卓を囲んで笑っている。そのこと自体が、どんな戦いの勝利よりも尊いものに思えた。


「……こういう朝が、いちばんの宝物だよ」


誰に言うでもなく呟いた言葉に、リナがちらりと視線を向ける。

「ええ、私もそう思います」

「私も!」とリオが元気よく続き、マリエも「わたしの歌が役立つ場所があって幸せです」と微笑む。幽霊少女は頷くだけで、でもその笑顔はどの言葉よりも温かかった。


食事が進むにつれ、次々にちょっとした失敗や笑いが起きる。パンをリオが落として幽霊少女が拾い、リナが食べ過ぎてむせ、マリエが歌に熱中してスープを冷ましてしまう。大家はそのたびに立ち上がって世話を焼き、台所と食卓を忙しく行き来する。


だがその忙しさが、何より幸せだった。


かつて「繕う」ために必死に動き回っていた自分が、今は「満たす」ために手を動かしている。どちらも同じ動作のはずなのに、その心持ちは大きく違っていた。


食事を終えたころ、窓の外にはすっかり朝の陽光が広がり、港の通りには人々の声が響いていた。


「さあ、今日は市場にでも行こうかね」

「行く行く!」

「私も同行します」

「じゃあ布を仕入れに……あ、でもまず洗濯を」

「私は……今日も味見役をがんばる」


笑い声とともに、新しい一日が始まる。


大家は扉を開け、振り返った。

「行こう。今日も、みんなで」


その言葉に全員が頷き、陽光に包まれた道へと歩み出した。

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