夕餉の支度
港町の市場でたっぷりと買い物をした一行は、腕いっぱいに荷物を抱えながら宿へと戻ってきた。玄関に入るなり、リオが「重い〜!」と大声を上げて床に座り込み、リナが呆れ顔でその背を軽く小突いた。
「情けない。これくらいの荷物で音を上げるなんて」
「いやいやリナさん、重さよりも“量”が問題なんですよ! ほら見てくださいよ、この山!」
台所の調理台いっぱいに広がる魚や野菜、布や果物の数々。買いすぎた感は否めない。
「でも……にぎやかでいい」
幽霊少女がふわりと笑った。彼女の言葉に、みんなの表情が自然と和らいだ。
大家は荷物を整理しながら、にこにこと言った。
「さあ、今日は豪勢にやろうじゃないか。魚も野菜も果物も揃ったしね。夕飯の支度を始めよう」
その一言に、住人たちはそれぞれ持ち場を決めて動き出した。
◆台所の混乱
「俺、魚を捌きます!」
「リオ、それはやめておけ」
「えっ、どうしてですか」
「包丁を持ったお前は、戦場にいるのと変わらん」
リナの的確な一言に、大家も苦笑するしかない。確かにリオが包丁を握れば、魚ではなくまな板や周りの具材まで犠牲になりかねない。
「じゃあ、俺は火の番をします!」
「うむ、それなら任せても大丈夫だな」
リオは嬉々として薪をくべ、火を勢いよく燃やした。……勢いよく燃やしすぎて、鍋の底が焦げ付きそうになり、大家が慌てて水を差す一幕もあったが。
一方、リナは魚を前に真剣な眼差しを向けていた。剣術の延長のように刃を扱うので、まな板の上で鯖の身が滑らかに裂かれていく。
「見事なものだな」
「これは……剣を振るうより繊細だが、悪くない」
リナの手捌きに、漁師から習った知識が加わり、見事に三枚に下ろされた魚が並んだ。リオが「すげえ!」と歓声を上げる。
「リナさん、料理人でもやっていけますよ!」
「私は剣士だ。……だが、たまには悪くない」
その頬にうっすらと浮かんだ照れ笑いを見て、大家は胸の奥が温かくなった。
マリエは布を仕分けていた袋を横に置き、台所の片隅で野菜を刻んでいた。歌を口ずさみながら、包丁の音と旋律が自然に重なり合う。
「マリエ、刻んだ野菜は鍋に入れてくれるかい?」
「はい。歌を添えれば、もっと美味しくなりますよ」
ほんのりと旋律が漂うと、鍋から立ち上る湯気まで甘やかに香るようだった。
幽霊少女はと言えば、台の上の果物を覗き込みながら、目を輝かせていた。
「これ、どうするの?」
「デザートにしようか。煮て甘くすれば、きっと美味しい」
「私、味見する!」
彼女が嬉しそうに手を伸ばし、大家が小さく笑って頷いた。
◆支度の合間のやりとり
鍋のスープがぐつぐつと煮え立ち、魚の切り身が香ばしく焼ける音が広がる。
「リオ、焦げてないか?」
「大丈夫です! ほら、こんがりいい色ですよ!」
「それは焦げる一歩手前だ」
リナが冷静に突っ込みを入れ、マリエが笑い声を立てる。幽霊少女は「私がふーふーして冷ます」と真剣に言って、みんなをまた笑わせた。
大家は調理台の真ん中で、それぞれの働きを調整していた。まるで船長が舵を取るように、誰かの手を助け、別の誰かを制止し、全体の流れを見守る。
「こうしてると……戦いの頃とはまるで違うね」
マリエがぽつりと漏らす。
「はい。あのときは裂け目を繕うために必死でした。でも今は、未来を縫える」
「うん……」幽霊少女も頷いた。「こうして一緒にいられるのが、嬉しい」
大家はうなずきながら、静かに言った。
「そうさ。何気ない夕飯の支度でも、それがいちばん尊いんだよ」
◆夕餉のひととき
夕暮れ。テーブルには彩り豊かな料理が並んだ。
魚の香草焼き
野菜たっぷりのスープ
甘く煮た果物のデザート
「いただきます!」
全員の声が揃った。
リオは勢いよく魚にかぶりつき、「うまい!」と叫ぶ。リナは無言で味わい、満足そうに頷く。マリエは歌を口ずさみながらパンをちぎり、幽霊少女はみんなの口に運ばれるたびに笑顔を広げる。
大家は、その景色を目に焼き付けるように見つめた。
戦いの果てに掴んだのは、剣も魔法もいらない、ただの夕餉。
だがそれこそが、この世界で最も大切なものなのだと、心から思えた。
「……これからも、こうして食べていこう」
その言葉に、全員が頷いた。
港の窓から差す夕陽が、テーブルを黄金色に照らしていた。




