港の祭り
港町に活気が満ちる日がやって来た。
年に一度の「海の恵み祭り」。豊漁を神に感謝し、港に住む人々が一斉に祝い、歌い、踊る盛大な祭りである。
朝早くから通りには屋台が並び、魚介を焼く香ばしい匂いが漂っていた。帆を張った大船が港に停泊し、甲板では子どもたちが旗を振ってはしゃいでいる。
宿の窓辺からその景色を眺めながら、リオが大声をあげた。
「うおー! これはもう、行くしかないでしょ!」
「落ち着け」リナが呆れ顔で言う。「まだ準備もできていない」
「でもでも、ほら! 魚の串焼きとか、もういい匂いしてますよ!」
「……リオの頭は胃袋でできているのか」
大家は笑いながら声をかけた。
「まあまあ、みんなで行こうじゃないか。今日はせっかくのお祭りだ。少し羽目を外してもいいだろう」
その一言で全員の目が輝いた。
◆祭りの支度
マリエは歌姫らしく、髪を鮮やかな布で結び直した。昨日、幽霊少女がおつかいで買ってきた端切れを使い、揺れる飾りに仕立てたのだ。
「どうかしら?」
「似合ってる!」幽霊少女がぱっと笑う。
「ふふ、ありがとう」
リナは剣を帯びる代わりに、腰に香草の小さな束を忍ばせた。祭りに剣は不要だが、香草の香りは護符のように心を落ち着かせてくれる。
リオはというと、何やら大きな袋を肩に背負っていた。
「リオ、それはなんだ」大家が尋ねる。
「へへっ、祭りで遊ぶための道具です! 射的とか腕相撲とか、負ける気がしないんで!」
「お前は遊ぶ前から勝負を挑むのか……」リナが深くため息をつく。
幽霊少女は特別な帯を身につけていた。マリエとリナが協力して作ったもので、短時間なら実体を強めてくれる。
「これで、みんなと一緒に祭りを楽しめるね!」
その笑顔に、大家は胸の奥が温かくなるのを感じた。
◆港の大通り
通りに出ると、人々の熱気に圧倒された。
魚介を炙る煙が風に舞い、太鼓や笛の音が絶え間なく響いている。子どもたちが走り回り、行商人が声を張り上げ、大人たちは酒を片手に笑い合っていた。
「わー! あれ見て!」幽霊少女が指差す。
そこでは大きな鮪を丸ごと焼いていて、観客が拍手喝采していた。
リオは早速串焼きを三本も手にし、口いっぱいに頬張る。
「んぐっ……うまっ! リナさんも食べます?」
「……私の分まで食べるな」
マリエは舞台の前で足を止めた。
「歌姫たちが歌ってる……私も、参加してみようかしら」
「おお、いいじゃないか!」大家が背中を押す。
やがてマリエが舞台に立ち、港の歌姫たちと声を合わせる。彼女の澄んだ歌声は人々を魅了し、幽霊少女はうっとりと耳を傾けた。
◆屋台めぐり
歌の後、一行は屋台を巡った。
リオは腕相撲大会に参加し、漁師たちと次々に勝負。負けそうになるたび「次は本気ですから!」と言い張り、結局へとへとになった。
リナは投擲の屋台で的を正確に射抜き、周囲の喝采を浴びた。
「剣だけじゃなく投げ物まで……」
「武人の嗜みだ」彼女は涼しい顔で景品の香袋を受け取った。
幽霊少女は射的に挑戦した。実体を保つのに苦労しながらも、真剣な眼差しで木の鉄砲を構える。ぽん、と撃った玉は見事に景品のぬいぐるみを倒した。
「やった!」
その瞬間、リナもリオも大声で褒め、大家は目を細めて見守った。
◆夜の祭り
夕暮れになると、港に灯籠が浮かべられた。海面に無数の光が揺れ、幻想的な景色が広がる。
「きれい……」幽霊少女が小さく呟く。
「まるで星が海に落ちたみたいだな」大家も同じ景色を見つめた。
マリエがそっと歌い出し、リナは香草を水面に投げた。リオは両手を広げて「願いごとしましょう!」と叫ぶ。
「願いごと?」
「そうです! 灯籠を流すときに願うんですよ! 俺は絶対、美味しいご飯を毎日食べられますようにって!」
「相変わらずだな……」リナが呆れる。
幽霊少女はしばし迷った末に、囁いた。
「……ずっと、みんなと一緒にいられますように」
その声は波に溶け、灯籠の光とともに海へ流れていった。
大家はその横顔を見つめながら、静かに誓った。
――この子の願いを叶えるためなら、どんな努力も惜しまない。
◆祭りの終わりに
夜が更け、祭りは次第に静まっていった。酔った漁師が歌を口ずさみ、子どもたちは眠そうに母親に抱かれて帰っていく。
一行も宿へ戻り、机の上に戦利品を並べた。
串焼きの残り、投擲で得た香袋、射的で取ったぬいぐるみ。
「今日は……楽しかった!」幽霊少女が声を弾ませる。
「俺も腕相撲で三勝したし!」リオは胸を張る。
「負け越しただろう」リナが容赦なく突っ込む。
「マリエの歌も素敵だった」大家が微笑むと、マリエは照れくさそうに笑った。
その夜、全員が布団に入るまで笑いが絶えなかった。




