表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/109

静かな朝の図書館

祭りの翌朝。

港町はまるで祭りの余韻に包まれているように、通りの喧騒も心なしかゆるやかだった。昨夜の酒に酔ったまま寝そべる漁師たちの姿もあり、店の開きは遅れている。


宿の食堂で、大家は湯気の立つ茶を啜りながら仲間たちを見回した。

リオはテーブルに突っ伏し、「食べすぎた……」と呻いている。リナはそんな彼を横目にしつつ、剣の代わりに香草の束を手入れしていた。マリエは静かな旋律を口ずさみ、幽霊少女は椅子に腰かけるふりをして空中に漂っていた。


「今日は静かに過ごそう」

大家の一言に、全員がほっとした表情を浮かべた。


「図書館にでも行ってみるか」

そう言うと、幽霊少女の目がきらりと輝いた。

「行きたい! 本、いっぱいあるところ?」

「ああ。古い文献から物語まで揃っているそうだ」


こうして、一行は港町の中央にある大図書館へ向かうことになった。


◆石造りの大図書館


図書館は港町の中央広場に隣接し、白い石で造られた重厚な建物だった。高い柱が並び、扉には波や魚を象った彫刻が施されている。


扉を押し開けると、ひんやりとした空気が迎えた。外の喧騒が嘘のように静まり返り、代わりに紙とインクと木の匂いが満ちていた。


「わあ……」

幽霊少女が声を洩らす。天井まで届くほどの書架が立ち並び、無数の本がぎっしりと収められている。


「こりゃすげえ……! 本の海だ!」リオが両手を広げて叫ぶが、すぐに館員に「静かに」と睨まれた。

「しーっ」リナが口に指を当てると、リオは小さく縮こまった。


大家は頷きながら呟いた。

「ここなら、一日中でも過ごせそうだ」


◆それぞれの読書


一行は自然に散らばり、それぞれ好きな棚を探し始めた。


リナは武術書の棚へ向かった。剣術だけでなく、体術や兵法の書に興味を示し、真剣な顔でページをめくる。

「戦わなくても、学ぶことは尽きないものだな……」


リオは冒険譚の棚にかじりついた。

「おお、見てください大家さん! “空飛ぶ鯨を倒した少年の物語”ですよ! 絶対面白い!」

「……お前に似てそうだな、その少年」

「え、ほんとですか!? じゃあ俺も空飛ぶ鯨を倒せるかも!」

「倒す前に食われるのがオチだ」リナが即座に突っ込んだ。


マリエは音楽関連の棚に座り込み、古代の歌謡集を手に取った。旋律を指先でなぞり、時折小さく声に出して歌う。その声に周囲の来館者が思わず耳を傾けるほどだった。


幽霊少女は童話の棚に夢中になっていた。絵本のページをめくりながら、目を輝かせては大家に見せる。

「見て! この絵本、動物たちがお話してる!」

「ほんとだ、かわいらしいな」

「このお姫さま、私みたいに透明なんだよ」

「なるほど……そのお姫さまも最後は笑顔で暮らしたのかい?」

「うん!」


彼女の無邪気な声に、大家は心の奥が温かく満たされていった。


◆偶然の発見


しばらくして、大家は古地図の棚で一冊の分厚い本を見つけた。港町の成り立ちと、周囲の海に点在する小島について記された書物だ。


「ほう……このあたりには、まだ訪れていない島々があるのか」


ページをめくると、伝承のような記録があった。

「“月影の島には、魂を宿す泉あり”……」


その言葉に、幽霊少女が反応した。

「魂を宿す泉……?」

「ああ、伝説のひとつだろう。詳しいことはわからないが」


彼女は本を覗き込み、静かに呟いた。

「……もしかしたら、私のことも関係あるのかな」


大家は肩に手を置き、にっこりと笑った。

「焦らなくていい。だが、こういう伝承があると、希望を持てるな」

「うん……」


◆静寂の中の温もり


午後になると、光が高窓から差し込み、埃の粒がきらきらと舞った。


リオはすっかり本に夢中になり、机に突っ伏して読み続けている。リナは難しい兵法書を手に、時折ノートを取っていた。マリエは古い歌を静かに口ずさみ、幽霊少女は絵本を抱きしめてうとうとしていた。


大家はその様子を眺めながら、ふと考えた。

――剣を振るう日々ではなく、本を読み、歌を聴き、笑い合う時間が続いていく。

それこそが、この世界に来て自分たちが掴んだ宝物なのだ。


「……ありがたいことだな」


心の底からそう思えた。


◆帰り道


夕暮れ、図書館を後にした一行は港へ向かって歩いた。

潮風が頬を撫で、遠くでは祭りの後片付けが続いている。


「今日は静かでよかったな」大家が言うと、リオが大きく伸びをした。

「俺、頭使いすぎて腹減りました!」

「結局それか……」リナがため息をつく。

「でも楽しかったよ」幽霊少女が笑う。絵本を抱えた姿は、まるで普通の子どもと変わらなかった。


マリエは歌を口ずさみながら続ける。

「また来ましょうね。本には世界が詰まってる」


その言葉に、みんながうなずいた。


静かな一日。だが確かに心に残る、宝石のような時間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ