静かな朝の図書館
祭りの翌朝。
港町はまるで祭りの余韻に包まれているように、通りの喧騒も心なしかゆるやかだった。昨夜の酒に酔ったまま寝そべる漁師たちの姿もあり、店の開きは遅れている。
宿の食堂で、大家は湯気の立つ茶を啜りながら仲間たちを見回した。
リオはテーブルに突っ伏し、「食べすぎた……」と呻いている。リナはそんな彼を横目にしつつ、剣の代わりに香草の束を手入れしていた。マリエは静かな旋律を口ずさみ、幽霊少女は椅子に腰かけるふりをして空中に漂っていた。
「今日は静かに過ごそう」
大家の一言に、全員がほっとした表情を浮かべた。
「図書館にでも行ってみるか」
そう言うと、幽霊少女の目がきらりと輝いた。
「行きたい! 本、いっぱいあるところ?」
「ああ。古い文献から物語まで揃っているそうだ」
こうして、一行は港町の中央にある大図書館へ向かうことになった。
◆石造りの大図書館
図書館は港町の中央広場に隣接し、白い石で造られた重厚な建物だった。高い柱が並び、扉には波や魚を象った彫刻が施されている。
扉を押し開けると、ひんやりとした空気が迎えた。外の喧騒が嘘のように静まり返り、代わりに紙とインクと木の匂いが満ちていた。
「わあ……」
幽霊少女が声を洩らす。天井まで届くほどの書架が立ち並び、無数の本がぎっしりと収められている。
「こりゃすげえ……! 本の海だ!」リオが両手を広げて叫ぶが、すぐに館員に「静かに」と睨まれた。
「しーっ」リナが口に指を当てると、リオは小さく縮こまった。
大家は頷きながら呟いた。
「ここなら、一日中でも過ごせそうだ」
◆それぞれの読書
一行は自然に散らばり、それぞれ好きな棚を探し始めた。
リナは武術書の棚へ向かった。剣術だけでなく、体術や兵法の書に興味を示し、真剣な顔でページをめくる。
「戦わなくても、学ぶことは尽きないものだな……」
リオは冒険譚の棚にかじりついた。
「おお、見てください大家さん! “空飛ぶ鯨を倒した少年の物語”ですよ! 絶対面白い!」
「……お前に似てそうだな、その少年」
「え、ほんとですか!? じゃあ俺も空飛ぶ鯨を倒せるかも!」
「倒す前に食われるのがオチだ」リナが即座に突っ込んだ。
マリエは音楽関連の棚に座り込み、古代の歌謡集を手に取った。旋律を指先でなぞり、時折小さく声に出して歌う。その声に周囲の来館者が思わず耳を傾けるほどだった。
幽霊少女は童話の棚に夢中になっていた。絵本のページをめくりながら、目を輝かせては大家に見せる。
「見て! この絵本、動物たちがお話してる!」
「ほんとだ、かわいらしいな」
「このお姫さま、私みたいに透明なんだよ」
「なるほど……そのお姫さまも最後は笑顔で暮らしたのかい?」
「うん!」
彼女の無邪気な声に、大家は心の奥が温かく満たされていった。
◆偶然の発見
しばらくして、大家は古地図の棚で一冊の分厚い本を見つけた。港町の成り立ちと、周囲の海に点在する小島について記された書物だ。
「ほう……このあたりには、まだ訪れていない島々があるのか」
ページをめくると、伝承のような記録があった。
「“月影の島には、魂を宿す泉あり”……」
その言葉に、幽霊少女が反応した。
「魂を宿す泉……?」
「ああ、伝説のひとつだろう。詳しいことはわからないが」
彼女は本を覗き込み、静かに呟いた。
「……もしかしたら、私のことも関係あるのかな」
大家は肩に手を置き、にっこりと笑った。
「焦らなくていい。だが、こういう伝承があると、希望を持てるな」
「うん……」
◆静寂の中の温もり
午後になると、光が高窓から差し込み、埃の粒がきらきらと舞った。
リオはすっかり本に夢中になり、机に突っ伏して読み続けている。リナは難しい兵法書を手に、時折ノートを取っていた。マリエは古い歌を静かに口ずさみ、幽霊少女は絵本を抱きしめてうとうとしていた。
大家はその様子を眺めながら、ふと考えた。
――剣を振るう日々ではなく、本を読み、歌を聴き、笑い合う時間が続いていく。
それこそが、この世界に来て自分たちが掴んだ宝物なのだ。
「……ありがたいことだな」
心の底からそう思えた。
◆帰り道
夕暮れ、図書館を後にした一行は港へ向かって歩いた。
潮風が頬を撫で、遠くでは祭りの後片付けが続いている。
「今日は静かでよかったな」大家が言うと、リオが大きく伸びをした。
「俺、頭使いすぎて腹減りました!」
「結局それか……」リナがため息をつく。
「でも楽しかったよ」幽霊少女が笑う。絵本を抱えた姿は、まるで普通の子どもと変わらなかった。
マリエは歌を口ずさみながら続ける。
「また来ましょうね。本には世界が詰まってる」
その言葉に、みんながうなずいた。
静かな一日。だが確かに心に残る、宝石のような時間だった。




