市場と手作り料理
◆朝の支度
港町の朝は早い。
まだ太陽が完全に昇りきらないうちから、通りには人の声が満ち、魚の匂いと焼きたてのパンの香ばしい香りが混ざり合って漂っていた。
宿の窓を開けると、潮風に混じって屋台の呼び込みの声が聞こえる。
「新鮮な魚だよ! 朝獲れだよ!」
「野菜も果物も揃ってるよ!」
「今日は市場に行こうか」大家の提案に、リオはすぐさま飛び起きた。
「よっしゃ! 食べ歩きだ!」
「……食べ歩きではなく、買い物です」リナがため息をつく。
「でも楽しそう」幽霊少女は目を輝かせる。
「歌に合う食材を探そうかな」マリエは柔らかく微笑んだ。
こうして一行は籠を抱え、賑やかな市場へと繰り出した。
◆市場の喧騒
通りには色とりどりの屋台が並び、人々の活気であふれていた。
魚を並べる漁師、色鮮やかな果物を山積みにした農家、香辛料を量り売りする商人。
行き交う人々の声、笑い声、値段をめぐるやり取りが絶え間なく響く。
「おー! 見てくれこの魚! でっけえ!」リオが巨大な魚に目を丸くする。
「……持って帰れるのか?」リナが冷静に問いかける。
「いや、無理だな」リオは頭をかき、次の屋台へ走っていった。
幽霊少女は果物の山を覗き込み、赤い実を見つめる。
「これ、きれい……」
「リンゴだな。今日は煮込みにしてみるか」大家が言うと、少女は嬉しそうに頷いた。
一方マリエは香辛料の屋台で足を止める。
「この匂い……歌に合う気がします」
「香りに歌を合わせる?」大家が笑うと、彼女は「はい。香りは音に似ています」と答えた。
◆ちょっとした騒動
リオが肉屋の前で交渉していたとき、子どもたちが市場を駆け抜け、彼の足にぶつかった。
「おっと!」リオは慌てて荷物を抱えたが、見事に肉を落としてしまう。
「こら! 大事な肉が!」と店主が怒鳴る。
「あ、すまん!」リオはすぐに拾い上げ、代金を倍払ってしまった。
「……相変わらず無駄に豪快だな」リナは呆れ顔。
幽霊少女は「でも優しい」と小声で言い、大家は苦笑いを漏らした。
◆料理の始まり
市場での買い物を終え、宿に戻った一行は早速料理に取り掛かった。
テーブルには魚、肉、野菜、果物、香辛料が並んでいる。
「よし、役割分担しよう」大家の号令で、リナは包丁を、リオは火の番を、マリエは調味料を整え、幽霊少女は野菜を洗う係になった。
「リナ、野菜は切りやすい大きさでな」
「心得た」……と言ったそばから、彼女は剣術の癖でトマトを勢いよく真っ二つに飛ばしてしまった。
「……やり直し」大家が頭を抱える。
リオは火を強くしすぎて鍋を焦がしそうになり、「あっつ!」と叫びながら慌てて水を足した。
幽霊少女は夢中になって野菜を洗いすぎ、レタスがふにゃふにゃになってしまう。
「でも、きれいになった!」と誇らしげな笑顔を見せた。
そんな中、マリエは淡々と香辛料を調合し、鍋に入れていく。
「香りで歌が生まれる……♪」と口ずさむ彼女の声に、場の空気が少し落ち着いた。
◆完成した料理
やがてテーブルには、魚の香草焼き、肉と野菜の煮込み、果物のコンポートが並んだ。
「おおっ! うまそう!」リオは待ちきれずにフォークを手に取る。
「落ち着け」リナが制止するが、彼女も内心では早く味わいたくて仕方がないようだった。
大家が一口味見し、「よし」と頷く。
「では、いただきます」
一斉に料理へと手が伸びた。
魚は香草の香りと塩加減が絶妙で、肉と野菜の煮込みは優しい甘みが口に広がる。果物のコンポートは透き通るように柔らかく、甘酸っぱさが爽やかだった。
「うまいっ!」リオが叫び、幽霊少女も「甘い! 幸せ!」と笑顔を浮かべる。
リナは静かに「悪くない」と言いながらも、箸が止まらない。
マリエは「調和の歌ですね」と穏やかに微笑んだ。
◆食後のひととき
食べ終わった後、全員が椅子に沈み込むようにしてため息をついた。
「腹いっぱい……」リオはごろりと横になる。
「……片付けは?」リナが鋭い視線を向ける。
「うっ」リオは渋々立ち上がった。
幽霊少女は余った果物を籠に入れ、「明日の朝も食べよう」と嬉しそうに抱えた。
マリエは静かに「いい一日でした」と呟いた。
大家は仲間たちを見渡しながら、心の奥で思った。
――戦いのない日常。こうして一緒に食卓を囲む時間こそ、何よりも大切な宝物だ、と。




