第百話 大家と首領
1.最後の裂け目
天空を覆い尽くすほどの裂け目が広がっていた。
深淵の街も、人々も、全てを飲み込もうとする。
首領はその中心で立ち尽くし、痛みに満ちた瞳で私たちを見下ろしていた。
「これが私だ。痛みを繕うことなどできない!」
大地が割れ、影が無数に溢れ出す。
それはかつて首領が救えなかった人々の幻影。
怒りと悲しみに満ち、私たちに襲いかかる。
リオが叫ぶ。
「くそっ……来やがれ!」
拳を振り抜き、影を砕く。しかしすぐに次の影が押し寄せる。
リナが剣を振るう。
「切っても切っても終わらない!」
マリエが涙ながらに歌う。
「光よ、どうか……!」
私も布を広げ、次々と裂け目を縫い合わせる。
だが追いつかない。
裂け目は無限に広がり続け、世界そのものを覆い尽くそうとしていた。
2.心と心の戦い
「大家……やめろ」
首領の声が響く。
「お前の布では、この痛みを塞げない。痛みは永遠に消えぬ」
私は布を掲げて叫んだ。
「消すんじゃない! 一緒に生きるんだ!」
布が光り、仲間たちの力を束ねる。
リオの拳が怒りを、リナの剣が迷いを、マリエの歌が恐怖を――
それぞれ裂け目に注ぎ込み、繕いの糸となって光を放つ。
「俺たちは痛みを抱えたまま、繋いで生きる!」
首領の瞳が揺れた。
「……私は……忘れたくない」
「忘れなくていい!」
私は一歩踏み出す。
「痛みを覚えたまま、繕って進めばいいんだ!」
3.首領の崩壊
裂け目が一瞬だけ静止した。
首領の体から無数の糸がほどけ、彼自身が裂け目に飲み込まれそうになっていた。
「私は……守れなかった……」
首領の声が震える。
「仲間を、街を……何一つ……」
私は駆け寄り、布を首領の胸に当てた。
「俺も守れなかった! 何度も失敗した!
でも大家だから、何度でも繕うんだ!」
布が光り、首領の裂け目を包み込む。
リオが拳を添え、リナが剣を重ね、マリエが歌で満たす。
「俺たちみんなで、お前を繕う!」
首領の瞳から涙が溢れた。
「……忘れなくても……いいのか……」
「忘れなくていい。だが、それに縋るな」
4.塔の崩壊
首領の体を覆っていた裂け目がゆっくりと閉じていく。
影たちは静かに消え、空に広がった巨大な裂け目も収束していく。
塔全体が震え、崩壊を始めた。
しかしそれは破滅ではなく、解放のように思えた。
首領は膝をつき、静かに呟いた。
「大家……お前の言葉は、確かに届いた」
私は彼の肩に手を置いた。
「これから一緒に繕えばいい。痛みも、街も、人も」
首領は涙を流し、微笑んだ。
その姿は初めて、人間らしいものに戻っていた。
5.大家として
塔が崩れ落ち、光が差し込んだ。
裂け目に覆われていた深淵の街は少しずつ色を取り戻していく。
リナが剣を収め、安堵の笑みを浮かべる。
「終わったんですね……」
リオが拳を見つめて呟く。
「怒りを繋ぐ……やっと実感できた」
マリエが涙を拭い、微笑んだ。
「歌ってよかった……本当に」
私は空を見上げ、布を風に揺らした。
「大家の仕事に終わりはない。これからも繕い続けるだけだ」
首領は静かに頷いた。
「ならば私も、大家としてやり直そう」
6.新たな朝
崩れ去った塔の跡地に、新しい光が差し込む。
深淵の街の人々が震えながらも立ち上がり、互いの裂け目を見つめ合う。
その姿に、私は確信した。
――大家としての旅はまだ続く。
だが今、この瞬間に繋がった縁は決して裂けない。
私は布を肩にかけ、仲間たちと並んで歩き出した。
新たな朝日が、街を照らしていた。




