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異世界大家さん、のんびり開店中  作者: 匿名希望


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第十話 幽霊少女の記憶

導入:穏やかな日々の中、幽霊少女が時折「懐かしい夢」を見るようになる。


兆し:アパートの倉庫で古い日記や装飾品を見つけ、その中に少女の姿に似た絵や名前が。


記憶の片鱗:少女の過去に関わる記録を辿り、彼女が「昔この土地に住んでいた子供」である可能性が浮上。


葛藤:自分が誰だったのか思い出したいと願う一方で、「思い出したらここにいられなくなるのでは」と不安を抱く少女。


大家の支え:大家と住人たちが「どんな記憶を持っていても、もう家族だ」と伝える。


余韻:少女が少し涙をこぼしながら笑い、「このアパートが私の家」と初めてはっきり口にする。

1.静かな午後


 季節は少しずつ移ろい始めていた。

 アパートの庭に植えた草花は瑞々しく葉を伸ばし、鳥たちが屋根に止まっては軽やかにさえずる。雨漏り修理も落ち着き、スライムは相変わらずのんびりと私の足元で跳ね、トルクは作業場で木を削る音を響かせている。


 そんな穏やかな午後、幽霊少女は縁側に腰を下ろして、ぼんやりと空を眺めていた。

 白い姿は日差しを透かして、どこか現実離れした美しさがある。


「どうしたの? 物思いにふけって」

 私が隣に座ると、彼女は少し考えるように視線を落とした。


「……ねえ、大家さん。私、夢を見たの」


「夢?」

「うん。幽霊なのに変でしょ。でもね、草原を走ってて、誰かの声を聞いた気がするの。“おかえり”って」


 その言葉に私は少しだけ胸がざわめいた。

 幽霊である彼女にとって、過去の記憶はほとんど曖昧だ。目覚めたときにはすでにこのアパートの敷地で漂っていたと聞く。だから夢を見るなんて――それは、彼女が「自分が誰だったか」を取り戻す兆しかもしれなかった。


2.古い倉庫


 その日の夕方、トルクが庭の隅にある古い倉庫を片づけていた。

 使われなくなった家具や箱が積み上げられていて、誰も手を付けていなかった場所だ。


「ほこりだらけだけど、まだ使えそうな材料があるんですよ」

 そう言いながら彼が蓋を開けた木箱の中に、一冊の古びた日記帳が入っていた。


 ぱらぱらとページをめくると、震えるような文字が並んでいた。

 そこには、昔この土地で暮らしていた一家の生活が記されていた。農作業のこと、日々の喜びや困難、そして――小さな娘のこと。


「……女の子の絵?」

 幽霊少女が近寄り、日記に挟まれていた落書きを手に取った。

 そこには笑顔の少女が描かれていた。髪の長さも雰囲気も、幽霊少女とよく似ていた。


「名前が……“リナ”」

 日記には、その娘の名前がいくつも記されていた。


 幽霊少女の肩が震える。

「……私?」


3.片鱗


 その夜、幽霊少女は縁側に座ったまま動かなかった。

 スライムが心配そうに寄り添い、トルクも静かに傍らに座った。


「私、もしかしたら……この土地で暮らしてた“リナ”って子だったのかもしれない」

 小さな声で彼女は言った。


「でも、思い出せないの。お父さんやお母さんの顔も、どうして私が幽霊になったのかも……」


 彼女の目に涙が滲む。

「思い出したい。けど、もし全部思い出したら……私、ここから消えてしまうんじゃないかって。そう考えると怖いの」


 私たちは言葉を失った。

 確かに、幽霊が過去を取り戻すと、この世に留まる理由が消えてしまうことがあると聞いたことがある。


4.大家の言葉


 私はゆっくりと息を吐き、彼女の隣に座り直した。

「リナ、たとえあなたが誰だったとしても――もう一度言うわ。ここはあなたの家よ」


 彼女が驚いたようにこちらを見る。


「もし記憶を取り戻しても、消えなければならないわけじゃない。思い出を抱えて、ここで生き直すことだってできる。大事なのは、あなたがどこにいたいかでしょ?」


 幽霊少女は唇を震わせ、やがてぽろぽろと涙を流した。

「……私、ここにいたい。大家さんと、トルクと、スライムと。みんなと一緒に」


 その瞬間、スライムが大きく跳ねて「ぷにー!」と鳴き、トルクは照れくさそうに笑った。


「だったら決まりです」私は微笑んだ。

「あなたは、もう私たちの家族。名前がリナだろうとそうじゃなかろうと、関係ない」


5.夜明けの誓い


 その夜更け、月が雲間から顔を出し、庭を銀色に照らした。

 幽霊少女――いや、リナと呼ぶべきか――は、空を見上げながら静かに呟いた。


「私、幽霊である前に“私”なんだね」


 私は頷いた。

「そう。あなたはあなたよ」


 リナは小さな笑顔を浮かべた。

「ありがとう、大家さん。私、このアパートが大好き。ここが、私の本当の家だから」


 その言葉に、胸が温かく満たされていく。

 どんな過去を背負っていても、彼女は今、ここにいる。

 それだけで十分だと、私は強く思った。

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