第3部 第23話
区役所の近くの駅前で、
森田と2人、ガードレールに腰掛ける。
会話はない。
私は別に、意識して何も話そうとしていない訳ではないけど、
森田が何も話さないから、それに合わせてる。
と言っても、森田は不機嫌な訳ではない。
むしろその表情は、穏やかだ。
そして、ちょっと緊張しているのか、瞬きもせずにじっとアスファルトを見つめている。
9月中旬にしては、夏の制服では少し肌寒い朝。
でも、いい天気でよかった。
見上げると、心なしか空が高く見える。
秋の空だ。
「来た」
森田がガードレールから地面に降りた。
私も、森田の視線の先を確認して、ゆっくりと森田の横に立つ。
向こうもこちらに気づき、手を振りながら近づいてきた。
「あれ。日曜なのになんで2人とも制服なんだ?」
「それより!ちゃんと済ませてきたのかよ?」
先生と和歌さんが照れくさそうに微笑み、小さく頷いた。
森田が、大きくため息をつく。
「はあ~、よかった・・・」
「なんだよ、それ」
「真弥と和歌さんのことだから、直前にまた問題が起きるんじゃないかと思って冷や冷やしてたんだぞ」
「んな訳、ないだろ」
そうは言いつつ、先生も心底ホッとしているようだ。
「先生、和歌さん・・・ご結婚、おめでとうございます」
私は胸が熱くなり、なんとかそれだけ言った。
「ああ。ありがとな」
「ありがとう、舞ちゃん」
今日、9月12日。
和歌さんの24歳の誕生日。
先生と和歌さんは、結婚した。
2人と出会ってまだ間もない私でも、これだけ感慨深いんだから、
ずっと昔から2人を見守ってきた森田は、どんな気持ちだろう。
チラッと右隣を見ると、森田は気の抜けたような笑顔だ。
こんな森田は初めて見る。
本当に2人のことを心配してたんだ。
「あ、先生。もう結婚したんだから、和歌さんのこと『月島』なんて呼んじゃダメですよ」
「お、そーだな。もう『月島』じゃないもんな。和歌さんも、いい加減『先生』はやめろよな」
「えっ・・・」
先生と和歌さんは、2人して固まる。
そして顔を見合わせて、はにかみながら「どうしよう・・・」とやっている。
もう何年も付き合ってるのに、なんなんだこの初々しさは。
勝手にしてちょうだい。
森田も同感らしい。
「いちゃいちゃするのは後にしてくれ。時間がないから、行こーぜ」
「え?どこに?」
「お祝いするって言っただろ」
先生と和歌さんが首を傾げる。
私達がお祝いに何か「物」をくれると思っていたようだ。
ふふふ、違うんだな、これが。
私と森田は、戸惑う二人を待たせてあったタクシーに押し込み、一路目的地へ向かう。
「おいおい。なんだよ、どこ行くんだよ」
「内緒」
「・・・歩が俺をタクシーに無理矢理乗せるって・・・月島が手術で大阪に行った日みたいだな。
なんか、いい予感はしないんだけど」
「まーまー」
しきりに行き先を知りたがる二人をなんとか20分ほどかわし続けていると、
ようやくタクシーが止まった。
運賃は、先生達が気にしなくていいように、最初に少し多目に支払ってある。
タクシーから降りた先生と和歌さんは、目の前のモノを呆然と見上げた。
「歩、ここ・・・」
「さーさー、急いで。三浦、和歌さんを頼むぞ」
「任せて」
森田は先生を、私は和歌さんを別々の方向へ引っ張って行った。
「ま、舞ちゃん・・・!」
よほど驚いたのか、先生と離れて1分ほどしてから和歌さんがようやく口を開いた。
「ここ、何?」
「見たらわかるでしょ?」
「・・・教会」
「ピンポーン」
正確に言うと、教会ではない。
でも建物が教会の形をしているから、和歌さんはそう思ったのだろう。
ここは、結婚式場。
と言っても、きちんとした結婚式場じゃない。
披露宴会場はなく、あるのはチャペルとお庭と控え室だけ。
私はこんな所があるなんて知らなかったけど、
「披露宴はしなくていいから式だけ挙げたい」というカップルに人気の式場らしい。
費用も、どんな式にするかによって変わるけど、一番シンプルなプランだと5万円ほどで挙げれる。
先生と和歌さんは結婚式をしないと言っていた。
それは多分、結婚式の準備はとても大変だから、
先生が和歌さんの身体を気遣って、行わないことにしたのだろう。
確かに、今回私も手伝ってみてよくわかったけど、本当に大変だった。
決めなきゃいけないこと、選ばなきゃいけない物が多すぎる。
披露宴をやるなら尚更だろう。
和歌さんはもう元気だけど、
先生はきっと、この大変さを知っているから、無理をしてまで結婚式をしなくていいと思ったんだ。
だから森田は、2人の代わりに・・・いや、2人へのお祝いとして、
1人でこの結婚式を準備しようとしていた。
お金も、お小遣いや貯金でなんとかしようとしたみたいだ。
でもやっぱり、飾るお花や和歌さんのドレスに関することは、
男の森田じゃ手に余る。
だから、私も手伝うことにしたのだ。
新婦用の控え室に入ると、
中には既に、メイクをしてくれる人が待っていた。
和歌さんと同い歳くらいの若い女の人だ。
「本日は、まことにおめでとうございます」
メイクさんは丁寧にお辞儀をしてくれたけど、
和歌さんはまだイマイチ事情を飲み込めていないのか、
「え、あ、はい・・・」と、曖昧な返事をしている。
だけどメイクさんには、これがサプライズの結婚式だとあらかじめ説明してあるので、
テキパキと作業を進めてくれた。
「ドレスはどれになさいますか?」
「えっ・・・」
壁に綺麗に掛けられた5着のドレスを見て、和歌さんが目を見開く。
どれもタイプの違うドレスだけど、和歌さんに似合いそうなものばかりだ。
「和歌さん。これ全部、西田穂波さんが選んでくれたんです」
「・・・穂波が?」
「はい」
ドレスだけじゃない。
アクセサリーやヴェールも、西田さんが和歌さんのために選んでくれた。
先生の方のタキシードは森田が1着選んだ。
西田さんは、まずそれを見てから、
「コレを着た先生に合うドレスじゃなきゃね」と言って、
3時間以上もかけて選んでくれたのだ。
「・・・」
「あはは、和歌さん。泣くには早いですよ?まだ何にもしてないじゃないですか」
「うん・・・」
和歌さんは涙ぐみながら、そっと一着のドレスに手を伸ばした。