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第3部 第19話

今日も放課後は、一目散に職員室へ・・・ではない。

私は、校庭の端に市川さんを呼び出した。



「どうして森田がついてくるのよ」


下足室へ向かう階段をおりていると、当然のように森田がくっついてきた。


「市川と話すんだろ?」

「そうだけど。森田はこなくていいよ。怪我してるし」

「怪我してるとか関係ねーだろ」


確かに関係ねーけど、

森田について来てもらっても仕方ない。

まあ、一緒に来てもらっても構わないけど。



私が指定した場所に、市川さんは既に来ていた。

ここだったら、校舎の影で人目につきにくいし、話を聞かれることもない。


市川さんは急に呼び出されて不満そうな顔で立っていたけど、

やって来たのが私だけでなく、私と森田の2人だったからかますます顔をしかめた。


「何?話って」

「わかってるでしょ」

「・・・」


ここのところ放課後は毎日、私が市川さんより早く本城先生のところへ行っているから、

市川さんは本城先生に近づけていない。

もちろんお昼休みとかまでは、阻止しきれないけど、

市川さんからすれば、私は大いに邪魔者なはずだ。

私がわざとそうしてることも気づいているはず。


「本城先生、迷惑してるよ。本当に好きなら、先生が困るようなことはやめなよ」

「三浦さんには関係ないでしょ」

「ないけど」



今まで私は、市川さんに直接苦情を言うつもりはなかった。

本城先生もそんなことは望んでなかったし、私もクラスメイトと敢えて気まずくなったりはしたくない。

でも、和歌さんのストーカー男の一件で考え直した。

市川さんの行為は、先生にとってだけでなく和歌さんにとっても迷惑だし、

何より市川さん自身にもよくない。


こんなの、相手も自分も傷つけるだけだ。


「市川さん以外にも、先生が婚約してがっかりしてる人はたくさんいるよ。

でもみんな、先生のことが好きだからお祝いしてるんだよ。

市川さんも、一緒にお祝いしてあげよう?」

「・・・」


市川さんは俯いた・・・けど、目だけは私と森田をじっと睨んでいる。


「三浦さんと森田君て付き合ってるの?」


は?


「ううん」


森田も軽く首を振る。


「そう。じゃあ、森田君がキスしてくれたら先生のことは諦めるわ」

「「はあ?」」


私と森田は同時に変な声を出した。


なんじゃそりゃ。

それこそ何の関係があるっていうの?


・・・ああ、そうか。関係ないからだ。

何の関係もない森田に、無茶な要求を吹っかけて私達を困らせてるんだ。

つまり、先生のことを諦めるつもりはないってことね?


実際、市川さんは「どう?できっこないでしょ?」と言わんばかりに胸を張っている。


「三浦」

「何?」

「あっち行ってろ」

「え?なんで」

「いいから」


森田が、顎で校門の方をさした。


私にこの場を離れろってことか。

それって、つまり、どーゆーことなんだ。

それって、つまり・・・


「ちょっと、森田!何考えてんのよ!?いくらなんでも、森田がそこまでしなくていいでしょ!」

「そこまで、って程のことじゃねーだろ」


あるだろ!!!!


言い出した市川さん本人も動揺している。

先生のことが好きなのに、他の男なんかにキスされたらたまったもんじゃないだろう。


「だ、ダメよ!三浦さんの前でしなさいよ!」


焦って市川さんが叫ぶ。


市川さんとしては、要求のレベルを上げたつもりなんだろうけど、

そんなのサルには通用しないらしい。


森田はスタスタと市川さんに歩み寄り、

何の迷いもなく簡単に、市川さんの唇にチュッとキスをした。



・・・・は?



「市川、約束は守れよ。もう先生を付回したりすんな」

「・・・・・・」


呆然、とはこのことだ。

市川さんも私も言葉が出てこない。


「三浦。帰ろーぜ」


再びスタスタと市川さんの前を離れ、校門へ向かう森田。

私は市川さんと顔を見合わせた後、慌てて森田を追いかけた。



そして、森田の一歩後ろを歩きながら、

森田の背中を見ながら、

ぐちゃぐちゃした頭で考える。


キスした。


森田が、

市川さんに、


キスした。



なんで?



「三浦?」

「・・・」

「何、黙りこくってんだよ?」

「・・・なんで?」

「は?」

「なんで、市川さんにキスしたの?」

「なんでって・・・それで市川が真弥に付きまとうのやめるって言ったから」

「なんで、あそこまでするの?キスなんて・・・」


なんだか涙が出てきそうで、私は言葉を切った。

森田が立ち止まり、呆れたように私を振り返る。


「あんなのキスって言わないだろ」

「・・・」


確かに、時間としては0.1秒くらいだったし、

ただちょっと唇と唇が触れました、って感じだった。

森田は両手をポケットに突っ込んだままだったし、

市川さんもボーっと立ってただけだった。


でも・・・


キスはキスだ。


テレビとか以外で、人がキスしてるのなんて初めて見た。

しかも、それが森田だなんて。


「・・・森田は平気なの?好きでもない女の子とキスなんかして」

「だから。あんなのキスだなんて思ってねーし」


・・・もしかして。


「初めてじゃないの?」


森田は、彼女なんていないって言ってたけど、

それは高校に入ってからの話で、中学の時はいたかもしれない。

そうなら、キスくらいしてるかもしれない。


森田は、わざと驚いた顔をして笑った。


「三浦も女子なんだなー。初めてとか初めてじゃないとか気にするんだな。

男はそんなこと、気しねーぞ?」


だから何なのよ。

答えになってないし。


「とにかく。あんくらいで市川が真弥のこと諦めるなら、全然いいだろ。

ナイフで切られるより、遥かにお得だ」


森田は本気で言ってる。


信じられない。

何よ、「あんくらい」って。


「じゃあ、森田にとってのキスってどんなのなのよ?」

「え?うーん、どんなのって言われてもなー」


森田は首を傾げて、これまた本気で悩みだした。


「キス」の定義ってそんな難しいものなのか。

唇と唇・・・ううん、唇が相手の身体のどこかに触れれば、それって「キス」でしょ。



森田は、私の怒りと軽蔑の視線に全く気づかず、まだ悩んでる。

ほんと、信じられない。



でも。



森田は突然、「こんなのが本当のキスかな」と独り言を言いながら・・・


私に「キス」をした。





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