第3部 第2話
8月最初の日。
私と森田は早速、先生へのお祝いの下見をした。
プレゼントする物の目星は森田があらかじめつけていたけど、
実際見てみると、あれこれ悩んでしまい中々決まらない。
「俺はそんな悩んでないだろ。三浦が、あっちがいい、でもこっちも、とか言うから決まらないんだ」
「だって!せっかくならいい物がいいじゃない!」
「そうだけど。ま、こーゆーことは女に任せるか。予算内で好きにしろよ」
「うん!」
それから一緒にお昼ご飯を食べて、森田がクラスのメーリスで、
先生が結婚すること、お祝いを買いたいから夏休み明けに集金したいということを流した。
もちろん、先生には絶対に内緒で!と念押しも忘れない。
反響は予想以上だった。
メールを流して10分もしないうちに、ほとんどの生徒から返信が来たのだ。
大半は「すごい!めでたいね!」みたいな内容だったけど、
一部の女子からは「・・・寂しい」と言った正直な反応もあった。
「ふふ、さすがは本城先生。人気があるね」
「そのせいで、宇喜多先生との浮気疑惑が浮上したけどな。どっかの誰かのせいで」
「うわー、誰?そのデリカシーのない奴。ひどいねー」
「・・・」
タイミング良く、また森田の携帯が鳴る。
助かった。
森田は私を片目で睨みながらメールを読んでいたけど・・・
読み終えたところで、両目を見開いた。
「どうかしたの?」
「いや、天野からなんだけど」
「何?もしかして、千円も払えない!とか相変わらず粘着系な文句?」
「違うって。むしろ逆。夏休みの間、バイトしてるからもっと出すって」
バイト!?
朝日ヶ丘はバイト禁止なのに!
でも、この際目を瞑ってやろう。
「・・・牧野と」
「へ?」
「だから。メールにそう書いてある。『夏休みの間、牧野とバイトしてるから』って」
牧野って、茜!?
「何それ!私、そんなの聞いてない!」
「俺も。今初めて知った。なんだよ、天野の奴、三浦のこと狙ってたんじゃねーのかよ。
お前が天野のことあんまり『粘着系だ』とかゆーから、諦めたのかな」
「茜だって、森田のこと!」
吹っ切れたみたいではあったけど!
私は速攻で茜に「どーゆーこと!?」ってメールをした。
が。
「返事、なんて?」
「・・・内緒」
「なんでだよ」
森田が訝しげに私を見る。
だけど、「天野君は森田君にメールしたのに、どうして舞から返事が来るのかなー?」なんてメール、
読めない。
いや、本城先生へのプレゼントを一緒に探してるだけなんだけど・・・
私には下心(?)があるから、なんとなく森田にはこのメールの内容は言いにくい。
「おい」
「だから、内緒だって」
「そうじゃなくって」
森田が私をじっと見る。
え?
何?
でも、よく見ると、森田の視線は私ではなく、私の手元・・・つまり、携帯に向けられていた。
「あれ、どうしたんだよ?」
「あれ?」
「まりもっこり」
「・・・ああ」
まりもキティちゃんね。
私はわざと森田の口真似をしてやった。
「捨てた。『どっかの誰か』が、『きもっ!』とか言うから」
「・・・」
あの時はショックだったし、思わずキティちゃんを捨ててしまったことも後悔したけど、
今となってはあれでよかったって思える。
お陰で自分の気持ちに気づくことができた。
「・・・悪かったよ」
森田がいつになく落ち込んだ口調で言う。
お。
何よ。珍しいじゃない。
「いいの。過去の恋は忘れるわ。これからは新しい恋に向かって走るの」
私はどっかの漫画の主人公のセリフを思い出しながら、カッコつけて言ってみた。
森田は「何気取ってんだよ」と笑い飛ばすかと思ったら・・・
「・・・」
「・・・何よ。何、本気で責任感じてるのよ。もういいんだって」
「うん・・・」
私がそう言っても、森田の顔は晴れない。
そんな申し訳なく思うくらいなら、あんなこと言わなきゃいいのに。
それから私がいつもみたいに馬鹿な話をいくら振っても、
結局森田の機嫌は直らず、他にすることもないのでそのまま別々に帰ることになってしまった。
何だ。何なんだ。
私が悪いの?
私は「きもっ!」って言われたから、それもそうだと思ってキティちゃんを捨てただけじゃない。
なんで森田が不機嫌になって、私が気を使わなきゃいけないのよ!
私は何も悪くないもん!
憤然としながら電車に乗っていると、
ふとヒナちゃんのことを思い出した。
(この切り替えの速さはお兄ちゃん譲りだ)
次の駅には、ヒナちゃんの勤める保育園がある。
元3年5組の女子生徒からどんな反応があったか聞いてみたい。
うちのクラスの女子みたいに「寂しい」って人がいたりするかも。
携帯の時計を見ると、午後3時だ。
ヒナちゃんの保育園は午前7時から開いてるから、もし朝一の担当なら、
そろそろ仕事が終わる時間かもしれない。
切符がもったいないな、とは思いつつ、私は電車が止まると迷うことなく降りた。
ヒナちゃんの保育園と言えば、前に来たのはお兄ちゃんと一緒にヒナちゃんを尾行したときだ。
あの時は、ヒナちゃんにも間宮さんって人にも迷惑をかけてしまった。
まさかまた、ヒナちゃんが男の人と歩いてるなんてことは・・・
さすがになかった。
私が保育園につくと、ちょうどヒナちゃんが保育園の玄関をほうきで掃除していた。
「ヒナちゃん!」
「あれ?舞ちゃん。どうしたの?」
「ヒナちゃんの同級生の反応が知りたくって」
ヒナちゃんはクスクス笑いながら、ほうきを掃除用具入れにしまった。
「ちょっと待っててくれる?もう少しで仕事終わるから」
おお、ラッキー!朝一の当番だったらしい。
ヒナちゃんは保育園の扉を開け、中に入って行った。
子供用なのか、低い場所に取り付けられている窓から中を覗くと、
小さな子供達が、ヒナちゃんが前にうちで作っていたお面を頭につけて、
お遊戯の練習をしている。
かわいいなあ。
ヒナちゃんは他の先生達に「お疲れ様でした」とお辞儀をしながら、またこっちへ向かってくる。
だけど・・・
その足取りは、私には随分と重いものに見えた。