第2部 第8話
真弥と和歌さんからちょっと離れたところで、
俺とノエル、そして和歌さんの両親は、2人を眺めた。
9ヶ月間も会ってなかったのが嘘のようだ。
変に感動し合うでもなく、ラブラブでもなく。
隣に座って、ニコニコと話しているだけ。
まるで昨日の延長、とでも言うように。
でも、
気づけば、和歌さんが乗るはずだった新幹線の出発時間が迫っていた。
「あ。あの、和歌さんって病院行かなくていいんですか?」
俺が訊ねると和歌さんの父親が答えた。
「ああ、今日中に着けばいいから。心配してたけど・・・あの様子だと手術も大丈夫そうだな」
そう言って、和歌さんを見て目を細める。
確かに、あの笑顔ならどんな手術でも乗り越えられそうだ。
その時。
俺達の視界の端を、何か変わった形の物が変な速度で通り過ぎた。
「変な速度」ってゆーのは・・・本人は全力疾走してるつもりなんだろうけど、異様に遅い、ってことだ。
って、おい!妊婦さんだ!
走るなよ!!!
その大きな大きなお腹の妊婦さんは、和歌さん目掛けて突進した、
つもりだろうが、俺には転がってるように見えた。
「和歌ぁ~!!!」
「穂波!?」
和歌さんが慌てて立ち上がり、「穂波」という名前の妊婦さんに駆け寄る。
「何やってるのよ、穂波!」
「ご、ごめんね。こんな身体の私、今の和歌に見せられたもんじゃないとは思ったんだけど・・・
どうしても和歌に会いたくって・・・」
「そういう意味じゃなくて!」
真弥も慌てて穂波って人に近づき、今まで2人が座っていたベンチに座らせる。
「西田。お前、もうすぐ予定日じゃなかったのか!?」
「そうよ!こんなところに来てる場合じゃないでしょ!?家でゆっくりしてなきゃ!」
2人に同時に怒鳴られ、穂波はしゅんとする。
「だ、だって・・・和歌が大阪に行く前に・・・」
「分かったから。それに走っちゃダメよ。こんなとこで産気づいたらどうするの?」
「・・・」
穂波が青くなる。
「穂波?」
「西田?大丈夫か?」
「先生・・・」
真弥を見上げて穂波が涙ぐむ。
どうやら、穂波ってのは、和歌さんの同級生で真弥の教え子らしい。
「・・・お、なか、が」
「うん」
「痛い・・・」
「はあ!?」
「穂波!!」
おいおい!
俺達も慌てて穂波に駆け寄った。
そして和歌さんのお母さんが穂波のお腹を触る。
「凄く張ってるわね。痛いの?」
「痛くなったり、痛くなくなったりの繰り返しなんです・・・」
「陣痛よ、それ!」
穂波がますます真っ青になる。
そしてそれとは対照的に和歌さんが赤くなる。
「もう!穂波の馬鹿!何やってるのよ!」
「ご、ごめ、」
「いいから!お父さん、タクシー止めといて!先生、そっちの腕持って、穂波を支えてあげてください」
「ああ」
「和歌さん!」
俺は、そのまま穂波をタクシー乗り場まで連れて行こうとする和歌さんを呼び止めた。
「和歌さんも、そんなことやってる場合じゃないだろ?大丈夫なのかよ?」
「それどころじゃない!ほら、歩君も手伝って!」
「は、はい・・・」
和歌さんの剣幕に負けて、俺も穂波の荷物を手に、後を追った。
やれやれ、なんだってんだ、一体!
そして・・・
「和歌、お願い・・・」
「無理」
「じゃあ、先生・・・」
「パス」
「酷い・・・」
病院の一室。
なんとかタクシー内出産は避けられたものの、
京都にいるらしい旦那さんは、とてもじゃないけど出産には間に合わないようだ。
看護婦さんが部屋に入ってくる。
「はい、じゃあそろそろ分娩室に行きましょうね」
「いや!一人でなんて産めない!お願い、和歌!立ち会って!」
「イヤ」
「なんで!?」
「怖いもの」
「ひどい~」
穂波は半泣きだ。
「先生・・・」
「だから、パス」
「・・・私の裸、見たことあるくせに」
「おい!」
「え?」
全員の視線が真弥に突き刺さる。
「あ、あれは・・・だから!」
オタオタする真弥を無視して、穂波が次の獲物を探す。
「じゃあ、この際、ノエル君でも・・・」
「いいですよ」
「ほんと!?ありが」
「よくない!!!」
和歌さんがノエルの頭をバシッと叩いた。
「何考えてるの、ノエル!いくら穂波のこと好きだからって、そんなこといい訳ないでしょ!?」
「え?ノエル君って西田のこと好きなのか?」
「もしかして、これってノエルの子?」
「まさか。それに、好きだったのも昔の話だって」
「昔って?」
「和歌の卒業式で偶然会って・・・」
「へー!やるなぁ、西田」
「意外と今も好きとか?」
「だから、違うって。俺、今彼女いるし」
「え?どんな奴?」
「もーーー!!そんなことはどうでもいいんですって!!!」
男3人で無意味に盛り上がってると、和歌さんがキレた。
普段大人しい分、キレると怖い。
俺達は、思わず気をつけをした。
「やっぱり私が立ち会います!」
「和歌ー!ありがとう!」
「もう・・・私、どこまで穂波の面倒見なきゃいけないのよ。私だって入院したいのに・・・」
和歌さんがよくわからない文句を言いながら、穂波と一緒に分娩室へ入って行った。
俺達は、和歌さんの姿が見えなくなるまで黙っていたが・・・
「で、ノエルの彼女ってどんなの?」
「やっぱ西田みたいなのか?」
「穂波さんより、だいぶ抜けてる感じかなあ」
「・・・『あの』穂波より『だいぶ』?」
「大丈夫か、その女・・・自宅のトイレで出産するタイプだな」
「あー。そんな感じ」
「「・・・・・・」」
結局俺達は、分娩室から産声が聞こえてくるまでずっと、ノエルの彼女話で盛り上がっていた。
男とは無力なもんである。