第1部 第19話
ふーん、
森田って彼女いるんだ。
やっぱ、あの綾瀬学園の生徒なのかな。
うちの生徒じゃないと思う。
だって、そうならわざわざ昼休みに電話なんてしてこないだろう。
直接会うか、無理ならメールすると思う。
落ち着いたトーンの声だったから、もしかしたら年上なのかもしれない。
ま、どーでもいいけど。
私には関係ない。
・・・そっか、彼女いるんだ。
ふーん、
ふーん、
ふーん・・・・
「~~~~~~~」
「舞。どうしたの?まだキティちゃんの怨念に苦しめられてるの?」
「何、そのキティちゃんの怨念て」
「だって、なんか唸ってるから」
「唸ってないもん」
私は机に頬杖をついた。
「・・・茜」
「何?」
「森田って彼女いるんだって」
「・・・そう」
「サルでもチンパンジーでもなかったよ。日本語しゃべってたし」
「・・・」
「『好きな子がいる』なんて遠回しな言い方しなきゃいいのにね」
「私に気を使ったんじゃない?」
そうかな。そうかもね。
「はあ・・・」
「ふふふ」
「・・・茜、何笑ってるの?」
「別に」
「・・・」
私は朝の時のように、
相変わらずバカみたいに笑っている森田を見た。
「・・・なんで、森田には彼女がいるのに、私には彼氏がいなんだろう」
素朴な疑問を口にしてみたら、
茜が、答えをくれた。
しかも、的確な答えを。
「森田君に彼女がいるからでしょ」
・・・なるほど。そういうことか。
はあ。
「本城先生。一生のお願いがあります」
「な、なんだよ。まあ、俺にできることなら・・・」
「梅昆布茶、一杯ください」
「・・・お安い御用だ」
先生は紙コップに粉末の梅昆布茶とお湯を入れ、
スプーンでグルグルかき混ぜると私に手渡してくれた。
本城先生の隣の椅子に腰掛けて、一口飲んでみる。
「・・・美味しい!粉末の量、量ってないのに絶妙な味!」
「だろ?粉末の梅昆布茶って作るの結構難しいんだけどさ、俺は極めた」
胸を張る先生。
他に極めるものはないんですか。
「はあ~」
「あはは、どうした三浦。なんか一気に10歳くらい老け込んだな。
もうちょっと頑張れば俺に追いつくぞ」
「追いつきたくないです」
「やっぱり?」
私は、両手で紙コップを包み込むように持ち、
放課後の職員室を見渡した。
山にかかった夏の夕日が綺麗で、
その光が職員室いっぱいに広がっている。
通学には不便な場所の学校だけど、こういう自然を眺められるのはいいなあ。
都心の綾瀬学園じゃ絶対見れない景色だ。
そうだ。綾瀬学園と言えば。
「先生。彼女とは上手くいってますか?また焼肉のことで喧嘩したりしてませんか?」
「大きなお世話だ。お前こそどうなんだ。脱ブラコンして彼氏はできたのか?」
「脱ブラコンはしたんですけどね。彼氏は当分できそうにありません」
「・・・なんだ、あいつになんか酷いことでも言われたのか?」
あいつ?
「先生、あいつって・・・」
「森田だろ?」
おりょりょ。
「ふふん。俺の目を舐めるなよ」
「あー、遊んでそーですもんね、先生」
「おい」
「いつ気づいたんですか?」
「そんなもん、最初っからわかってた」
「・・・ふーん」
なんなんだ、私。
私っていつから森田のこと、好きだったんだ。
自分でもわからないのに、先生はわかってたのか。
あー、情けない・・・
「まあ・・・酷いこと言われた、と言えば、言われたんですけどね」
森田が言ったのは「うん。そう」だけだけど、
今の私には限りなく残酷な言葉だ。
「あいつの口が悪いのは生まれつきだ。気にするな」
「そういう問題じゃ、ないんですけど」
「とにかく頑張れ。大丈夫だ」
先生、何故か自信満々だけど、
何がどう大丈夫なんだろう。
私はもう一杯梅昆布茶を頂いてから、家路についた。
先生と話をしたお陰なのか、
予想以上に美味しい梅昆布茶のお陰なのか、
私はちょっと元気が出た。
森田に彼女がいるのは仕方ない。
本気なのかどうなのか知らないけど、彼女から取ってやろうとは思わない。
どうやったらそんなことできるのかも、わからない。
別に今のままでじゅうぶんじゃない?
サルだのチンパンジーだの言いたいこと気楽に言い合える仲だし、
森田の彼女は多分朝日ヶ丘の生徒じゃないから、ラブラブなとこを見せ付けられるわけじゃないし。
だから、このまま、今のまま。
それに、男は森田だけじゃない。
森田より「イケメン」なんて、いくらでもいるはずだ。
・・・よし!明日から、イケメン探しだ!
森田なんか、「ウキウッキー」!とか言って裸足で逃げ出すくらいのイケメンを見つけてやる!
私自身も、イケてるウーマン、略して「イケウーマン」(全然略してないじゃん)になってやる!
って、せっかくそう思ってたのに。
探してみると、本物のイケメンってなかなかいない。
結構希少性が高いらしい。
だからイケメンには女が群がるのか。
しかも、なんか森田がかっこよく見えて仕方ない。
森田以外の男が、男に見えない。
ましてや、森田以上なんて、いやしない。
なんだ、あいつ。
いつの間に整形したんだ。
ビューティーコロシアムにでも出たのか。
和田アキ子のサインはもらったのか。
「舞、何ブツブツ言ってるの?」
「別に」
「あ、ねえ、天野君がなんか手を叩いてる」
どうした天野。
お前もサル化したのか。
サルはサルでも、天野サルは好きじゃない。
「・・・舞。どうしたの。いつにも増して口が悪いわよ」
「あれ。私、今、声出してた?」
「思いっきり。森田君に聞こえるよ?」
「・・・」
私は仕方なく口をつぐんで、天野の方を見た。
「おーい、みんな、ちゅうもぉ~く!!」
はいはい。
「夏休みに入ったら、みんなで海いこーぜ!!もちろん自由参加だけど。
家族でも恋人でも誰でも連れてくるのアリ!
『誰か紹介して』とか言ってる中学校の友達連れてくるのもアリ!
7月29日、朝8時にT駅改札に集合!わかったな!」
・・・ふーん。
海、ねえ。
森田を見ると、さっそく天野が声をかけている。
森田が来れば、女子の参加率が上がるからだろう。
その計画にまんまと乗せられそうな女子が、ここにも約1名。