新しい人生の始まり/終わりの始まり
趣味で小説を書くことに憧れて初めて見ました。至らぬ点が多々あると思いますが、温かい目で見守ってもらえると助かります。
「可哀想な子」
6歳の頃、交通事故で他界した両親の葬式で、親戚がヒソヒソと話していた言葉だけはっきりと覚えている。
両親の事はあまり覚えていない。昔のことだから忘れてしまったのか、それすらわからない。
1人になってしまった僕は、故郷を離れ祖父の家がある田舎の方へと引き取られた。周りを見渡す限り畑と、小さい木製の家しかない。
そんな場所で祖父と僕の2人暮らしを始めた。
人が少なく殆どの住民が顔見知りの田舎で、都会から陰気な奴が引っ越して来たら当然嫌な目をされる。
新しい小学校に転校したが、いじりがいじめへと変わった。抵抗しようとした事はあるが、体格のいい奴には勝てるはずもなく抵抗するのを諦めいると、中学までいじめは続いた。
そんな生活に耐えられず、高校は離れた場所を受け、一人暮らしを始めた。
高校は誰1人僕の過去を知る人はいなかった。そうして落ち着いた生活が始まったのも束の間、高校で窃盗事件があった。
何も関係ない俺を、犯人らしき奴らが罪を全部俺に押し付けて来た。ずっと1人で過ごし、誰とも話したことがなかった俺は何を言っても信用されず、結局犯人にされてしまった。
教師に怒られて、何もしていない事を無理やり謝罪させられた放課後。考える事を諦めた。
そうして僕は足の赴くままに、近くにある山の山頂にある崖の先に立っている。
「もうすぐ朝か。」
藍色の空を押し上げて行くように、茜色の朝日が地平線を照らしていく。
崖の先に座り込み、今までの嫌な記憶を振り返る。靴の下に敷いた置き手紙も確認して準備は完璧だ。
わざわざ見つからない所に来たのに、手紙なんて書いて何がしたかったんだろうな。見つけて欲しかった.....のかもな。
「もし来世があったら、強く生きよう」
空を舞うと、朝日が昇る地平線が逆さまになって行く。
この時間だけは自由を感じた。
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鬼の村、それ大地の国インハルバイン帝国のはるか南部にひっそりと佇む、鬼人族が住む村だ。
そんな村に、僕は鬼人として転生した。
生まれたばかりの頃は覚えていない。物心が着いた時には、前世の意識のままだった。
現在の名前は士道 秋という。父は士道 政宗、母は士道 紅葉だ。
日本と同じような名前なので異世界という実感はないが、一つ前世と決定的な違いがあった。
それは魔力だ。
一歳の体でも感覚で感じとれる。僕を抱き抱える母の体からは、空気とは違う暖かい膜のようなものが溢れ出している。自分の体の中からは感じ取れないが、もっと成長したら感じる事ができるだろう。
ちなみに、母よりも父の方が魔力を強く感じた。
だが、父は体や魔力こそ強そうだが、少し残念だった。
今僕を抱えているが、抱き方が悪く毎回のように腰と首が痛くなる。今も痛い。まだ言葉もまともに話せない僕は、全力で泣いて母を呼ぶことしか出来ない。
「オギャーーーーー!」
「おぉ、泣かないでくれ秋。ほらパパの顔をみろ」
そう言うと、僕の体を父さんの顔に近づけて変顔をし始めた。体は一歳だが、意識は17だ。全く面白くもないし、痛くて笑ってあげる気にもならない。
「もうパパ、秋を泣かせないで。ほら、ママですよー。よしよし、パパ嫌だったね」
僕の鳴き声で、母が来て父さんと代わって僕の事を抱えてくれた。母の抱き方は、優しくて暖かい。母の心音は心が落ち着く。前世では物心着く時にはもう両親はいなかったし、こんな感覚は初めてだ。
暖かくて優しい両親もいて、魔力もある。鬼人というだけでも強そうだ。この世界なら、強く生きて幸せになれるかもしれない。
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この世界に生まれて15年がたっただろうか。
現在の僕たち家族は、村のはずれに住んでいる。それは僕に鬼の角が生えてこなかったせいだ。
時は2歳の頃に遡る。
2歳の頃父に鬼人の事を教えられた。鬼人とは成長の過程で自然に魔力を身体中に行き渡らせ圧倒的な身体能力を得るように進化した種族らしい。その身体能力と引き換えに、魔法を使える鬼人は数少ないという。
その事を聞いた瞬間、僕は落ち込みまくった。
せっかく異世界に来て魔力があるってわかったのに、魔法が使えず全て魔力が筋肉へ行く脳筋種族なんて。さようなら、僕の異世界魔法ライフ.....。
そんなこんなで、6歳になった頃に自分は周りと違うという事がわかった。厨二病ではない。むしろ悪い方だ。
鬼人は6歳になる頃には角が生え始める。だが、僕には角が生えてこなかった。周りの子は、小さな2本の角が生えていたのに、僕だけは違った。
後で知った事だが、鬼の角はその人の魔力が形となったものらしい。つまり、僕には魔力が少なすぎて生えてこなかったのだ。自分の体からは、微少な魔力は感じることができるが、周りと比べたら圧倒的な差があった。
「やーい角なし!魔力がない出来損ないー!」
村を歩くと毎日のように、いじめっ子達から馬鹿にされたが、前世で散々なれている。両親は優しく寄り添ってくれるし、辛くなかった。両親の存在はそれほど大きかった。
それにしても、前世よりかはまじだけど今世もハードモードなんて。どこに行っても、僕みたいなインキャはいじめられてしまう運命なのだろうか。
馬鹿にされてからは、魔力量を増やすために修練を重ねた。自分の中の魔力を全て絞り出して、回復したらまた絞り出す繰り返し。筋肉にも超回復というのがあるし、実践してみていた。
前世とは違って、僕にはまだ可能性がある。努力さえすれば魔力も増えて、馬鹿にされないようになるはず。
今世では強く生きると決めたのだから。
だが2年の月日を経て魔力を増やす修練を毎日時間の空いている限りこなしだが、僕の魔力はごく僅かしか増えることはなかった。0が1に変わったようなものだ。他の鬼人達は魔法を使っていたりする。
本来なら角が生えているはずの額には、あざができたが角はない。僕の額には菱形の赤いアザが2つ残った。
母は角がなくても大丈夫。と言ってくれていたが、周りから馬鹿にされている僕を気にしたのか、村を少し離れた所に引っ越してくれた。
父は、魔法や魔力が無くたってやりようはある。と戦闘術を教えてくれた。鬼人族に伝わる秘伝の格闘術、鬼道だ。だが、それは僕には一筋の希望の光だった。
鬼道は、鬼人の身体能力であるからこそ出来る格闘術だった。人間では到底できるはずもない動き。魔法が存在する世界で、拳で戦うのはどうかと最初は思っていた。だが、鬼道はその懸念を覆すような技術だった。
一言で表すなら、間合いを掌握する技。
魔法は一般的に、距離をとり剣士などの攻撃から届かない距離で一方的に攻撃することができる。だが、鬼道は足の動きを重視していた。
例えば、鬼道の基礎の構え{鬼気}は前世の剣道とほぼ同じだった。剣道では、すり足という足捌きがある。左足のかかとを浮かせ、つま先の力で床を押し出し体を前進させる。そうする事で、小さい歩幅で細かく動くことができ、相手との一刀一足の繊細な間合いを測る。
だが、それは前世の人間の場合の話。人間を遥かに超えた鬼人は少し違った。足の置き方は同じだ。違うのは腕の構えと重心の起き方だ。腕は、とある戦闘民族が髪を逆立てる時のような腕をヘソの辺りまであげ、拳を握るだけだからそれ程重要ではない。重要なのは重心だ。剣道と違い、鬼道は重心を更に後ろに傾ける。全ての体重を、左足にのせるためだ。
勿論、ただの人間だと左足が耐えられずに動きが鈍ってしまうだけ。ただ、鬼人だと話は違う。全ての体重を左足にかけられ、より強く押しつぶされたバネを鬼人の強靭な筋力によって一瞬で反発させる事により、瞬間移動の如く相手の懐まで間合いを詰めることができる。
次に近接戦闘の足の運びだ。{鬼気}の力技とは違い、懐に入りこむと足の運びは、流れるような重心と体重の移動により柔軟な動きを可能にする。父に見本を見せてもらった時は、舞のような美しい体捌きで見入ってしまった。
それからは、父に鬼道のあれこれを教えてもらい、修行を重ねる日々が始まった。
毎日のように森へ行き、父が教えてくれたメニューをこなしていく。鬼人の体は凄かった。筋肉は目に見える程つかないようだが、力は普通の人間とは比べ物にならない。森の木を殴るだけで折れてしまうし、飛び跳ねるだけで軽く川を超えられる。
だけど他の鬼人には遠く及ばない。魔力の量が違いすぎていた。母は体の2倍はある大岩を片手でもち上げていたり、父は高速道路の車のような速さで村の動物を狩ってくる。脳筋としか言いようがなかった。僕はもちろん脳筋ではない、はず。
だから、他の鬼人に負けないために技を磨いた。力は及ばなくとも、技があれば強くなれると信じていた。
それから7年が経った。
今日も僕は、毎日続けているメニューを終えて帰路についている。
身長はあっという間に伸び、178センチになっていた。驚いた事に、単位は前世の物と一緒だった。
体も、見た目は細いが筋肉がついている事が実感できる程力が強くなっていた。今では母の様に、岩も持ち上げられるようになった。両手だけど。
家に近づいてくると、お腹が空くいい匂いが鼻に入って来た。これは、シチューの匂いだ。母のシチューは本当に美味しい。
あ、鬼の村は京都のような和風建築だったから食も和風だと思っていたら洋食だけでした。15年間和食は一切食べていないので、恋しい。
「秋、ご飯できてるわよ。お父さんもお腹空かせて待ってから、早くみんなで食べましょ。」
家に帰るとキッチンから母の声が聞こえた。
和室に正座して、3人で食卓を囲む
「「「いただきます」」」
この世界の料理は、元の世界の料理と似ているが
種類がない。米を食べたいと言った事があるが、何それと言われてしまった。
それでも、母が作ってくれた料理を一緒に食べるだけで十分すぎるほど幸せだ。転生してよかった。
「秋、角がない事を気にする必要はないのよ」
心配そうに眉を歪めこちらを見つめて来る。村で陰口を言われている事を母さんは気にしているのだろう。優しい人だ。
「大丈夫だよ、気にしてないし」
「そう.....。」
「何かあったら父さんに言えよ!秋を悪く言う奴は俺がぶん殴ってやるからな!」
父さんはめっぽう強い。7年間修行し続けているが、一度も勝てた試しがない。
「もうあなたったら!乱暴な事を秋に教えないで!秋は優しい子なのよ!」
「「「はははははは」」」
茜色に染まった森にひっそり佇む家から、幸せな笑い声が外まで漏れる。
これからも、こんな幸せが続いて欲しい。前世でも両親がいたらこんな感じだったのだろう。
だが、これは僕が予想していた通りの話の流れだ。
今のいい会話の流れと雰囲気は絶好のチャンスだ。自分のお願いを流れで聞いてもらう為に。
きた、きたぞここだ!
「あ、そうだ外の世界に行きたい。」
なんとも自然な会話の流れで、アピールしすぎないようにそっと提案する。
そう、僕は外の世界に出たい。鬼の村は、ただ作物を育て、狩りをしているだけ。外部との接触を過度に嫌っていて、外の事情は何もわからない。娯楽といったら相撲くらいだ。それにこの世界の事もよく知らない。
「ダメよ。」
くっ流石は母だ。父のおねだりを鬼の様な形相で跳ね除けているだけはある。
「父さんが、村の外にあるこの国の首都には騎士団があるって言ってたんだ。そこに入ってもっと強くなりたい」
父さん、という言葉で責任を分割して、僕に怒りの矛先が飛ばないようにする高等テクニックだ。嘘はついていない。父さんは一度村の外に出たことがあるらしく、その事を自慢げに話してくれていた。
騎士団とは、国を守る為に選ばれた実力者のみが入る事ができるらしい。そこにいけば、魔力を高める方法も知る事ができるかもしれない。
「パパ、外の世界の事に興味を持たせたの?」
「い、いやぁ俺はただ、こういうのがあったよって話を聞かせただけで......。すいません」
怒りの矛先が父だけに向いて、母の鬼の形相に気圧されて父は弱ってしまっていた。ごめん、父さん
「秋、外の世界には危ない魔物がいるし、魔法を使って悪い事をする人もいるのよ」
この世界には魔物もいる。普通の動物とは違い、魔力で凶暴化して人を襲う生物らしい。やっぱり異世界ファンタジーは、魔物を倒してこそだと思う。
魔力こそ少ないが鬼人の体なら何とかなるはずだ。
「お願い母さん。もっと強くなるからさ」
「秋はそんなに外の世界に行きたいのか。よし、16歳になったら連れて行ってやる。」
「もう、あなたったら。何かあったらどうするの」
「大丈夫だ。俺が何が何でも守ってやる。」
「ほんと!ありがとう!」
16の誕生日まで半年はある。それまでは修行に明け暮れる日々を送ろう。転生して両親と過ごせる日々は幸せだが、外を見て母に色々な話をしてあげたい。その為に今は我慢をしておく。
「それじゃまた森に行ってくる」
「夜の森は危ないから気をつけてね」
元気よく夜の森に入っていく息子の姿を、母は心配そうに見つめた。
今世で強く生きるには、体を鍛えるしかなかった。他の鬼人より魔力が少ない僕は、何倍も努力しないといけない。
努力さえすれば強くなれる、と信じていた
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「ここは.....?妾はなぜ自分の住処におる?
たしか、龍王の元へ行っていたはずじゃ」
目を覚ましたミザナは、記憶が曖昧で困惑していた。その時、薄暗い洞窟の奥からコツコツとミザナの方へ歩いて来る足音が聞こえて来た。
「だれだ!」
誰も近寄らないはずの龍の住処に、気配を感じたミザナは警戒を緩めない。記憶が混乱している犯人の可能性が高いからだ。
洞窟の暗闇から、白いフードを被り暗く隠れた顔に光る銀色の瞳がこちらにゆらゆらと迫ってきた。
「地龍ミザナよ、全て思い出したか?」
「誰だ?全て思い出したじゃと?何の事...........」
ミザナは、意味のわからない事を突然聞かされ困惑がさらに深まって行く。少し考えると、記憶が徐々に鮮明になっていった。
「なぜ....なぜじゃ?なぜ、悪魔の貴様が龍王の体に受肉しておる!」
その事を思い出した瞬間、ミザナが忘れていた全ての記憶が蘇った。
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この世界に7つある国の各国には、守護龍と呼ばれる存在がいた。守護龍は、他国の攻撃から国を守護したり災害を食い止めたり、現世や人間の事情には干渉しないというルールがある。
なら、なぜ守護龍なのか?
この世界には、あと2つ世界が存在していた。現世とは別空間にある世界。幽円と天界だ。
幽円は、悪魔が住まう世界。現世と地獄の境目。そこに住まう悪魔は現世の人に受肉し、現世を悪魔の世界にしようとしていた。
天界は、龍族が住まう聖なる世界。現世の空を超えた遥か先の空。邪を寄せ付けず、無限に続く蒼空と雲。そんな場所で龍は自由に飛び回る事を好んでいた。
そんな中、5000年前に悪魔帝と呼ばれる悪魔の王が空間を歪め現世に侵入する事に成功した。
一度空いてしまった空間の穴は塞がる事はなく、次々と悪魔が入り込んでいった。現世の生物は、死後の魂である悪魔を視覚に捉えることができず、一方的に惨殺される、災害がおこった。
そんな時、現世の空から天界へ悪魔が侵入してくる事を恐れた龍神は8体の龍を現世へ送った。
ある人族との契約で、現世で肉を持たない龍は、悪魔から現世を守る事を条件に、悪魔に虐殺されてしまった人の遺体を捧げさせ受肉を果たし、現世へ干渉可能になった。
この世ならざる者同士、悪魔を見る事ができる龍族は受肉して現世での体を持ち、悪魔を圧倒して行った。最終的に、悪魔帝デヴィルカーテを幽円に封印し、現世に侵入した空間の穴を塞ぎ三世界大戦は幕を閉じた。
そこから5000年、時空龍ゾルテトが現世の龍王となり、龍王の指示で7体の龍がそれぞれの国に結界を張り続け、空間の穴を監視し守り続けてきた。
だが、半年前ゾルテトの命令で結界を解いた。
ミザナも不思議とそれを疑う事はなかった。その時にはもう、精神操作を受けていたからだ。
誰から精神操作を受けたのか。それはゾルテトの肉体を乗っ取っている、かつて幽円に封じ込めていたはずの悪魔帝 デヴィルカーテだ。
闇の中の更に闇。目にしただけで、気が狂ってしまいそうな程の黒い魔力がゾルテトに宿っていた。
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結界を解いてしまった以上、少なくともミザナが管理していた国に、悪魔が入り込んでいるのは確実だった。
ミザナは契約を守ることができずに、悪魔を現世へ解き放ってしまった事の焦りと怒りを、ゾルテトを乗っ取った悪魔へと向けた。
「貴様ゾルテトの体を....。この世界をどうする気じゃ、デヴィルカーテ!」
怒りを滲ませた茶色い瞳と、嘲笑うかのような銀色の瞳が火花を散らすかのように交差する。
「ははははっ、そんな目はやめてくれよ。私達は同じ龍の仲間じゃないか。もうこの世界の各地に手下を置いてある。この世界はもう1人だけのチェス盤なんだ」
「この世界が、貴様の思い通りになる訳がないじゃろう!」
「思い出した所でお前に何ができる?時空龍の体を取り込み世界は私のものとなった。お前はすでに詰んでいるんだ。」
「クソっ、まずい事になったの。」
ミザナはデヴィルカーテにバレずに、この状況を打開するための策を頭の中で張り巡らせている。
世界の各地に悪魔を置いてある時点で他の守護龍も精神支配を受けているのは確実だった。おそらく支配が解けたのはミザナのみだ。
最優先でしなければならない事は、悪魔を視認でき対抗できる他の守護龍達の精神支配を解き情報を伝える事だろう。
そうなればミザナの取るべき行動は1つ、逃げる事だ。
褐色の肌に茶色い長髪の女の姿が、先程の体の数十倍もの大きさの龍へと変わったかと思うと、その場から飛び洞窟を抜けて空へ舞った。
「ここから1番近い国は、海国シーランテか。
海龍なら信用できる。洗脳をといて、この世界の状況を知らせるのじゃ、妾が死ぬ前に!」
一方、ゾルテトはミザナが飛び出すのを眺めると軽く口元に笑みを浮かべた。背を向ける姿を嘲笑っているかのように。
「早く、もっと早く飛ばなければ!」
ミザナは、翼を全力で羽ばたかせ、より遠くへとデヴィルカーテから距離を離そうとする。今までにない程全力を出して飛んでいた。すぐに追いかけて来た様子もない。少し希望が見えて来た矢先の事だった。
「もう忘れたのかい?今の私は時空龍でもある。どれだけ早くても逃げることは不可能だ」
「グッ....」
デヴィルカーテが、一瞬にしてミザナの眼前に現れたかと思うと、ミザナの頭部にとてつもない威力の拳を叩きつけ地面へと叩き落とした。下にあった村は地を這うミザナの体に押しつぶされている。
「妾だけならまだしも、罪もない人々も巻き込んでしまった。妾が早く気づいていれば....」
ミザナは悔しさで奥歯を強く噛み締めた。
「ただでは死なんぞ!デヴィルカーテ!!」
「ハハハッ来い、ミザナ」
ゾルテトの姿で顔に浮かべた残虐で非道な笑みは、ゾルテト体から出る笑みとは思えなかった。
デヴィルカーテが銀と黒の髪を半々にわけた若い少年の姿から、ミザナと同等の大きさの黒を纏った銀龍へと変化し地上へと降下する。
ここからはまるで地獄絵図だった。村人達の阿鼻叫喚、全てが塵とかす村の建物。樹海も村も燃え炎の海となっていた。
激しい龍同士のぶつかり合い。大地が揺れ、山が平らとなり、川が枯れ、地形が変わって行く。この争いによって、巻き込まれた鬼の村は全壊、地龍ミザナは消滅、地図が大きく変わるほどの天災。後に『地消の龍戦』と呼ばれる大災害となった。