第5話「パスが届かない」
「今日は“実戦形式”やるぞ。簡単なゲームだ。ゴールにボールを叩き込め」
体育館の中心、クロナム用の円形コートに線が引かれていく。
赤・青・黄のビブスが配られ、赤峰たち1年生3人は、同じチームになった。
「やっべー! 試合っぽくなってきたな!」
陽向はビブスを被りながら、大きく腕を振って伸びをする。
「言っとくけど、私、ルールまだ覚えてないからね」
星野はやや不満げだが、手元の小さなメモ帳はすでに数ページ目。
(……大丈夫かな、私)
赤峰はビブスを手にしたまま、少しだけコートの外を見ていた。
やる気はある。でも――怖い。
ボールを持ったら、どうすればいいのか。
誰に渡せばいい? 走っていい? 止まったら? 投げたら? ミスしたら?
「じゃ、始め!」
藤倉の合図で、ゲームが始まった。
最初のボールは、偶然陽向の手に収まった。
彼女は即座に前方へダッシュ。敵味方の声も無視し、突き進む。
「うおおおおおっしゃあああっ!!」
雄叫びと共に、思い切りボールをぶん投げた。
それはまっすぐに宙を舞い、……ゴール横の壁に激突。
盛大に外れた。
「お前、戦車かよ!」
星野の鋭いツッコミが飛ぶ。観客席から失笑が漏れる。
その後も、3人はバラバラだった。
赤峰は何度かボールを拾うも、持った瞬間に硬直してしまう。
(え、どこに? 陽向? でも背中向いてるし、星野? でも遠い――)
迷ってるうちにディフェンスに奪われる。
次のプレイでも、パスはズレて、ボールはラインの外へ転がっていった。
「……なんか、うまくいかない」
コートの端に腰を下ろした赤峰は、膝の間に顔を埋めた。
汗はかいてる。でも、何ひとつ“できた”感覚がない。
「まあ、当然でしょ。ルールも動きも曖昧だし」
星野が、隣でホワイトボードをにらみながら言う。
「でも、見てると……この競技、面白いよ。“全方向に情報がある”って構造、普通の球技と違う。全員が全員を意識する必要がある」
そう言って、手早く線を引いていく。
「この人がここにいるとき、ボールの選択肢がこれ。ならこの角度から――……うん、パターンは10通りくらいある」
何を描いてるのか一見わからない図だったが、それはクロナムの円形コートを上から見た配置図だった。
しばらくして藤倉がそのホワイトボードの前を通る。
一瞬だけ立ち止まり、星野の書いた図をちらっと見た。
なにも言わない。
ただ――ほんの少しだけ、口の端が上がった。
それに気づいたのは赤峰だけだった。
試合は結局、惨敗だった。
陽向の“全力特攻型プレイ”は最後まで成功せず、赤峰は一度も有効なパスを出せなかった。
でも、どこか奇妙に楽しかった。
「もうちょっと……やってみようかな」
そう呟いたのは、帰り道、誰ともなく出た言葉だった。
ボールが繋がらない。プレイも決まらない。でも。
“なにかがつながりそうな気がする”。