表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/37

第4話「体が追いつかない」

 「じゃあ、今日から“仮”で練習参加ってことで」


 体育館の中央。

 クロナム部の練習コートに立った赤峰瞳は、すでに呼吸が少し乱れていた。

 まだボールにも触っていない。ただの準備運動――そのはずなのに。


 (息、上がるの早っ……)


 両手で膝を押さえながら、こっそり深呼吸を繰り返す。

 横を見れば、陽向は余裕の笑顔で腕をぶんぶん回していた。


 「へー、アップだけで汗出るって楽しいなー!」

 「そのテンション、どこから来るの……」

 星野がぼそっと突っ込みつつ、ストレッチの姿勢から動かない。彼女は最初から観察に徹する気らしい。


 「じゃ、軽くルールとポジションの話な」


 藤倉がボールを片手に説明を始める。


 「クロナムには一応、ガード・ウィング・レンジャー・フレックスってポジションがある。……が、まだちゃんと決まってない。誰も正解を知らない。名前だけある。そんな感じだ」


 「それって……スポーツとして成立してるの?」

 星野の問いに、藤倉は少しだけ口元をゆるめた。


 「今、作ってる途中ってことだ」


 赤峰は、その言葉にほんの少しだけ、安心する。

 “できなくてもいい”って許されたような気がして。


 「じゃあ、走ってみるか。ぐるっとコート3周」


 ――安心したのも束の間だった。


 「はぁ、はぁ……もう無理……!」


 コートの2周目に入ったあたりで、赤峰は膝から崩れ落ちた。

 心臓がどくどくと暴れている。脚が鉛みたいに重たい。


 「ひとみー!? 大丈夫!?」

 陽向が駆け寄ってくる。その額には汗ひとつない。


 (嘘でしょ……あんなに走って、まだ余裕……?)


 それどころか、陽向はそのあとジャンプ練習でゴールリングの上に手をかすらせ、スプリント練習では男子部員を置き去りにしていた。


 「……あれ、バケモンか」

 誰かがそう呟いたのを、赤峰は聞いた。


 比べちゃいけない。わかってる。でも――


 (どうしてこんなに、できないんだろう)


 悔しいとか、惨めとか、そういう感情とは少し違った。

 ただ、脚が動かないのに気持ちだけが前に転がっていく、そんな奇妙なズレがあった。


 休憩中、ペットボトルを持った手が、ほんの少し震えていた。


 陽向は笑っていた。星野はメモを取っていた。

 ふたりは、すでに何かを掴みはじめているのかもしれない。

 自分は――何も持ってない。何もできない。


 なのに。


 「……やめたい」とは、思えなかった。


 むしろ、もう一度走りたくてたまらなかった。

 今度は、1秒でも長くボールを持っていたい。

 次こそ、誰かの横に並びたい。


 理由なんてわからない。

 でも、それが今の赤峰のすべてだった。


 (走れない。投げられない。でも……やめたくない。なに、これ)


 その瞬間、自分の胸の奥で、小さな“熱”が灯っていることに気づいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ