第4話「体が追いつかない」
「じゃあ、今日から“仮”で練習参加ってことで」
体育館の中央。
クロナム部の練習コートに立った赤峰瞳は、すでに呼吸が少し乱れていた。
まだボールにも触っていない。ただの準備運動――そのはずなのに。
(息、上がるの早っ……)
両手で膝を押さえながら、こっそり深呼吸を繰り返す。
横を見れば、陽向は余裕の笑顔で腕をぶんぶん回していた。
「へー、アップだけで汗出るって楽しいなー!」
「そのテンション、どこから来るの……」
星野がぼそっと突っ込みつつ、ストレッチの姿勢から動かない。彼女は最初から観察に徹する気らしい。
「じゃ、軽くルールとポジションの話な」
藤倉がボールを片手に説明を始める。
「クロナムには一応、ガード・ウィング・レンジャー・フレックスってポジションがある。……が、まだちゃんと決まってない。誰も正解を知らない。名前だけある。そんな感じだ」
「それって……スポーツとして成立してるの?」
星野の問いに、藤倉は少しだけ口元をゆるめた。
「今、作ってる途中ってことだ」
赤峰は、その言葉にほんの少しだけ、安心する。
“できなくてもいい”って許されたような気がして。
「じゃあ、走ってみるか。ぐるっとコート3周」
――安心したのも束の間だった。
「はぁ、はぁ……もう無理……!」
コートの2周目に入ったあたりで、赤峰は膝から崩れ落ちた。
心臓がどくどくと暴れている。脚が鉛みたいに重たい。
「ひとみー!? 大丈夫!?」
陽向が駆け寄ってくる。その額には汗ひとつない。
(嘘でしょ……あんなに走って、まだ余裕……?)
それどころか、陽向はそのあとジャンプ練習でゴールリングの上に手をかすらせ、スプリント練習では男子部員を置き去りにしていた。
「……あれ、バケモンか」
誰かがそう呟いたのを、赤峰は聞いた。
比べちゃいけない。わかってる。でも――
(どうしてこんなに、できないんだろう)
悔しいとか、惨めとか、そういう感情とは少し違った。
ただ、脚が動かないのに気持ちだけが前に転がっていく、そんな奇妙なズレがあった。
休憩中、ペットボトルを持った手が、ほんの少し震えていた。
陽向は笑っていた。星野はメモを取っていた。
ふたりは、すでに何かを掴みはじめているのかもしれない。
自分は――何も持ってない。何もできない。
なのに。
「……やめたい」とは、思えなかった。
むしろ、もう一度走りたくてたまらなかった。
今度は、1秒でも長くボールを持っていたい。
次こそ、誰かの横に並びたい。
理由なんてわからない。
でも、それが今の赤峰のすべてだった。
(走れない。投げられない。でも……やめたくない。なに、これ)
その瞬間、自分の胸の奥で、小さな“熱”が灯っていることに気づいた。