第2話「クロナムってなんだ?」
放課後、空は春の光を残しつつ、少しずつ色を変え始めていた。
人気のない体育館の隅。赤峰瞳たち3人は、静かにその様子を眺めていた。
「やっぱり、あの球技……気になる」
陽向が、窓ガラス越しに鼻を押しつけながらつぶやいた。
「……っていうか、そもそも“球技”なのか?」
星野が首をかしげる。無理もない。
中を覗けば、そこには常識外れの光景が広がっていた。
中央に広がるのは、円形のコート。
コーン状のゴールが四方にそびえ立ち、それぞれが異なる方向を向いている。
その間を、5、6人の生徒たちが走り回り、ボールを投げ合っていた。
「4つ……いや、奥にもう1個。5ゴール?」
「どうなってんの、これ……」
ボールが渡るたび、コート上の空気が一瞬、張りつめる。
だが、どこにパスを出すのか、誰がシュートを狙うのか――まるで予測不能。
その混沌のなかで、ただひとり。
ひとりだけ、“異物”のように動きが違う者がいた。
シュッと音を立てて飛び込む鋭さ。
身体の角度、腕のしなり、空間の使い方。
意図の読めないコートの中で、彼だけが**「明確な線を描いて動いている」**。
「……あの人だけ、おかしくない?」
陽向が素直な感想を漏らす。
「名前、たしか……藤倉、って言ってた。3年生」
星野がスマホを操作しながら呟いた。
「でも、誰も見に来てない部活で、あんな動きって……何者?」
その瞬間だった。
コートから視線を感じる。藤倉が、ピタリとこちらを見ていた。
――目が合った。
「……来るぞ」
そう呟いた直後、ドアが静かに開いた。
黒いジャージに身を包んだまま、汗ひとつかいていない彼が歩いてくる。
「見てたんだろ」
低く落ち着いた声。だが威圧感はなく、ただ真っ直ぐだった。
3人とも、思わず息を呑む。
「……クロナム部。今は仮部活。でも、やってるのは本物だ」
そう言って、藤倉は手に持っていたボールをポンと、赤峰に投げてよこした。
「入ってみるか?」
「えっ……」
返事の前に、藤倉はもう背を向けていた。
「持って走れ。何か感じるかもしれない」
言われるがまま、赤峰はコートの中へと足を踏み入れる。
床は硬い。ラインは複雑。誰も教えてくれない。
でも――
(……この動き。何か、どこかで見たような。いや、ちがう。はじめてなのに、なぜか面白い)
次の瞬間、陽向が続くように乱入してくる。
「よっしゃー! わかんないけど走ればいいんだろー!」
「バカかお前は!」
星野のツッコミが届く頃には、赤峰はボールを持っていた。
誰かがマークについてくる。視界の端に、ゴールらしきものが見える。
直感でステップを踏む。フェイントをかける。
――楽しい。
理由も、ルールも、何も知らない。
けれどそれは、まぎれもなく「スポーツの匂い」だった。
その日の終わり、3人はコートの端に座り込んで、ぐったりと汗を流していた。
「……あのさ」
赤峰が小さく言う。
「この部活……なんか、ちょっとだけ、好きかも」