第1話「北辰実業高校、始まる」
朝の光が差し込む体育館で、開校式が始まろうとしていた。並べられた椅子の列。緊張した面持ちの新入生たち。だがその片隅、視線をそらすように座っている少女がひとり。
赤峰瞳。
情報処理科の1年生。人の多い場所は、ちょっと苦手。ざわざわとした空気に息が詰まりそうで、椅子に座ったまま、視線を足元に落とす。
「なーなー、そっちってB組?」
突然、隣から声がかかる。顔を上げると、明るい笑顔の女子が覗きこんでいた。
「え……うん、B組だけど……」
「やったー! 一緒だ! あたし、柚木陽向。よろしくー!」
「……赤峰、瞳」
「ひとみちゃん? お昼一緒に食べよーな!」
なんだこのテンション、と思いつつも、返事をせずにはいられなかった。
人懐っこすぎる陽向の勢いに押され、気がつけばふたりで校舎を回っていた。
「ところで、クラス分けテストのとき、あの女子すごい顔してなかった?」
「……誰のこと?」
「あの、建築科でさ。答案出すときに先生と喧嘩してた子」
「……ああ、あの人か」
すれ違った瞬間、冷たい視線を飛ばしてきた――星野るか。
眼鏡の奥で光る目。あれは間違いなく、自分のことを「役に立たなそう」と思ってる目だ。
──そして、放課後。
体育館へ向かう廊下。クラブ紹介ポスターはどれも派手で、どれも圧がすごい。
「ねえ、バスケ部の写真、なんかもう部活っていうかイケメンカタログじゃない?」
「逆にバレー部は真面目すぎて無理」
「eスポーツ部も強豪っぽいけど……うーん、私じゃ足引っ張りそう」
ふと、視線が奥へ向いた。
体育館の隅――誰も近寄らない場所で、何人かの生徒が球技らしき練習をしている。
ポスターもない。照明も半分落ちている。
だが、その中央。円形のコートのような場所で、ボールを持った生徒が、円を描くように走り回っていた。
「なにあれ? なんか……円の中でぐるぐる走って、ボール投げてる」
陽向がぽかんとつぶやく。
「ゴールが……4つ? いや、5つ……?」
星野の目が細まる。「明らかにバスケでもサッカーでもない」
赤峰は、その風景に見入っていた。
ルールもわからない。ただ走って投げて、跳ねてぶつかって……。でもなぜか、目が離せなかった。
「……ちょっとだけ、面白そうかも」
気づけば、口が勝手に動いていた。
誰も答えを知らないようなその球技に――赤峰の高校生活は、足を踏み入れてしまったのだった。