運ゲー過ぎる異世界転移、【冒険者ギルド】の人材運用で魔王討伐を目指す
27歳、中小企業の人事部で働くサラリーマンの俺・白石風太は、新卒入社式が近づくクソ忙しい時期に、突然異世界に飛ばされた。もう終わりだよ俺の社会人生活と信用。
どうやら俺は、レド・ゼペリオンと呼ばれる世界の女神の一人に、勇者候補として召喚されたらしい。この世界は魔王に脅かされており、その敵対勢力の女神たちは、各々が他の世界から勇者候補を召喚しているのだとか。もうそれは女神たちが世界規模の厄災なのでは? と思った。
さらにこの世界には女神から授けられる「ジョブ」と「スキル」があるのだが、俺はどちらも授けられなかった。いや、それは正確な表現ではない。正しくは、「決まったジョブとスキルが与えられなかった」ということだ。
俺のジョブとスキルは、日替わりでランダムに変化する。そんな定食みたいな話があるかって? 実演しよう。ステータスオープン!
ジョブ:戦士
スキル:身体強化、タウント、シールドインパクト、ブレイジングスラッシュ
これが今日の俺のジョブとスキルだ。
ちなみに「ブレイジングスラッシュ」とかがどんなスキルなのかは、使ってみないとわからない。例えばこの前「ウォークライ」というスキルを使ったら、ただ声がでっかくなっただけ、みたいなこともあった。
どうしてこんなことになっているのかというと、俺を召喚した女神・クイニアが半人前の女神だかららしい。女神クイニア曰く、
「ふええ、ごめんなさいー。私がよわよわ女神だから、ジョブとスキルの恩恵を一日以上固定出来ないの」
とのことだった。ちなみに見た目はだいぶいい歳した大人の女だ。次に俺の前で「ふええ」って言ったら耳元でウォークライしようと思った。
でも日替わり能力もふええも、正直なところどうでも良い。一番許せないのは、この女神に妹を人質に取られていることだった。
女神クイニアは俺だけでなく、妹の詩葉も一緒に転移させて、
「魔王討伐を諦めたり、消極的な行動をしたら、妹を殺すよ」
と脅してきた。だから俺は、元の世界に戻る方法を探したり、この世界でスローライフをしたりは出来ない。妹のために、なんとしてでも魔王を倒すしかなかった。
…………
……
…
ステータスオープン!
ジョブ:木こり
スキル:木材伐採、木材運搬、森の目、ウッドシールド
港町ビートルーズで購入した一軒家で、俺は日課のステータスオープンをしていた。俺の一日はステータスオープンから始まる。すると横から、
「木こり? これはハズレね。今日は筋トレの日とかにしておいた方が良さそうね」
女神・クイニアだ。彼女は悪びれもせず度々俺の前に表れては、こうして日替わりジョブ&スキルの品評をしてくる。なおクイニアの品評が役に立った試しはない。
「でもウッドシールドはなんか使えそうね。そうだ。最近私、なんかよく野盗に襲われるのよね。ちょっと隣街までスイーツ食べに行きたいから、それで護衛してよ!」
はいはいスイーツスイーツ。俺は彼女を無視して庭に出ると、
「お兄ちゃん見てよこれ! 炎魔法で的当てをしてたら百発百中! これもう魔法学校とかに入学したら無双出来ちゃうのでは?」
「すごいよコトちゃん! なかなかできることじゃないよ!」
一応褒めるが、その的当てが何の役に立つのかわからなかった。あとこの世界に魔法学校は無かった。
高校の授業に出席せず、部屋に引きこもって底辺VTuberをやりながら、WEB小説を読み漁っていたコトハは、想像以上にこの世界を楽しんでいた。それもそうか。この世界はまるで、コトハが大好きな異世界ファンタジーの小説に出てくるような世界そのままだった。
魔王がいて、ダンジョンがあって、冒険者という職業があって、冒険者ギルドがあって、魔法があって、中世だか近世だかのヨーロッパ風で、ゆるふわ封建制で、貨幣経済で。
さらに魔王の下には四天王みたいな四大魔族がいて、それぞれ「東のサキュバス」「西のサキュバス」「南のサキュバス」「北のサキュバス」と呼ばれていた。何故全員サキュバスなのかというと、女神曰く「サキュバスが人間にとって一番致命的な魔族だからよ」とのことだった。
ちなみにこの世界に来た俺たちは、それぞれ名前が変えられている。俺はフータ・ホワイトで、妹はコトハ・ホワイト。もちろん女神クイニアが考えたのだけど、もっとちゃんと考えて欲しかった。
「それにしてもお兄ちゃん、いつ見てもおもしろ…… 可愛らしい姿になったよね。ぷぷぷ」
そうなのだ。俺に至っては名前だけでなく、姿も変えられていた。まだ10歳にも満たないくらいの、幼女の姿だ。ジョブやスキルがランダムな上に、肉体も大幅に弱体化されていた。これも半人前の女神のミスらしい。
「ところでお兄ちゃん。今日のジョブはなんだったの?」
「木こり」
「ぷぷぷー! ざぁこざぁこ! よわよわ幼女」
「あんまり言うと木じゃなくてコトちゃんを伐採するぞ」
「サイコパスかよ」
コトハは女神から「付与魔術師」のジョブを与えられており、いくつかの基本的な攻撃魔法と、強力な付与魔法が使える。日替わり能力でもなく、見た目も転移前と変わっておらず、16歳の見た目のままだ。
なんで妹だけそうなのかというと、女神曰く「私が頑張ったからです!」なのだそう。なんで勇者候補の俺を頑張らなかったのか、意味がわからなかった。そのおかげで人質にされた妹が楽しそうなのは、唯一の救いではあったけれど。
「ねぇねぇお兄ちゃん。『身体強化付与魔法』の実験台になってよ」
「前にそれで俺が両足首骨折したからだーめ」
しかしよわよわ幼女になってしまった俺にも、出来ることがあった。俺は自宅に戻り、棚から分厚い本を取り出す。
冒険者名簿、オープン。
そこに書かれていたのは、ここら一帯にある冒険者ギルドに所属する、冒険者たちのリストだった。この世界に来た俺は、まず冒険者ギルドを片っ端から回り、リストを作成した。パソコンなんて無いから、もちろん全て手書きだ。温かみがある。
この冒険者名簿を作った理由は極めて単純。「冒険者」と呼ばれる何でも屋たちを上手く運用し、利益を出すためだ。ひたすらお金を稼いで、より強い冒険者をたくさん雇って、魔王を倒す。これが人事部で働いてきた俺の、魔王討伐までの計画だった。
ただ実際のところ、冒険者ギルドを使って利益を出すのは中々難しい。
冒険者には「Eランク」から「Sランク」までのランクが存在する。Eが最低ランクで、Aの上のSが最高ランクだ。そしてランクが上がるにつれて、依頼するために必要な報酬の最低額も引き上げられていく。
ちなみにこの国の貨幣は「ゼペリ」。物価から見て、1ゼペリが1円の価値で大体あっていると思う。そしてSランク冒険者の最低報酬額は50万ゼペリ。つまり、例えばSランク冒険者にとある鉱石を採取して来てもらい、その鉱石を売っても50万より少ない金額にしかならなかったら、赤字ということになる。
そしてもちろん同じランクの冒険者でもそれぞれ得意不得意があったり、人間関係的に共演NGの冒険者がいたり、仲が良くてもビジネスパートナーとしては相性が悪い冒険者の組み合わせもある。それらをなるべく全て把握し、仕事に合った適切な冒険者に依頼を出し、地道に利益を出していって、ついに一軒家を持てるくらいにはなった。
ここまでで大体二ヶ月。俺たちがこっちの世界に来ている間、元の世界は時間が止まっているとかだったらいいなぁ。
それはそれとして、今俺が冒険者名簿を開いた理由は、現在進行形の高難易度ダンジョン攻略の計画が大詰めに入ったからである。
この世界ではダンジョンも危険度の順でランクが付けられており、今攻略を計画しているダンジョンは「危険度A」。ミノタウロス族を中心とした魔族たちが拠点にしている、「タウロスの魔城」というダンジョンだ。
魔城には「ローリタの呪文の魔導書」が保管されていると言われており、約400万ゼペリの賞金がかけられている。どうやらこの魔導書は1回しか使えないものの、魔王すら大幅に弱体化させる強力な魔法が込められているとのこと。これを奪取して賞金に変えるのが、俺の狙いだった。
ここまで俺はタウロスの魔城の攻略に、多額のお金を投資してきた。ざっくり計算すると、
・野営地設営場所の確保と、道中のゴーレム排除 50万ゼペリ
・タウロスの魔城内部の大まかな構造、敵対勢力の偵察 20万ゼペリ
・野営地までの人員や食料の馬車輸送、及び護衛 15万ゼペリ
・魔法広域化のための、ヒロガール鉱石の採掘 10万ゼペリ
・薬草ライフリーフの採取と、ポーションへの精製 5万ゼペリ
合わせて約100万ゼペリということになる。さらにこれから、タウロスの魔城アタックのためのパーティメンバーを、一人頭30万ゼペリで3人雇おうとしている。その他食料や装備などの諸々の資材が、試算でざっと10万ゼペリ。
そして賞金には税がかかり、報奨税が10%で、教会に支払う実質強制の任意寄進が5%。つまり諸々を引いた純利益が100万くらい出れば良い方だった。
ひどい商売だけど、女神に脅されているためお店を経営したり、魔王討伐に何も関係ない会社を立ち上げたりは出来ないため、この方法で頑張って稼いでいくしかなかった。
…………
……
…
「ぜぇぜぇ…… 疲れた…… お兄ちゃん肩と腕と背中と脚揉んで……」
「お兄ちゃんは健康器具じゃないからね」
俺が冒険者名簿と睨めっこしていると、しこたま的当てをしたコトハがぜぇぜぇ言いながら帰ってきた。俺は使ったことが無いけど、どうやら魔法を使い過ぎると疲れるらしい。魔法は体内のマナを使うからどうたらこうたら。
そんなコトハが俺の横から名簿を覗き込み、
「これが例のダンジョン攻略のパーティメンバー? うっわガチムチのおっさんばっかじゃん。幼女になったからこういうのがタイプになったんか?」
「いや普通に成功率とコストで考えた人選だけど」
今回の魔城攻略は「ローリタの呪文の魔導書」の獲得が目的のため、俺もパーティメンバーに加わることになる。何故なら依頼した冒険者の誰かが魔導書を持ち逃げしてしまった場合、こちらの損害が大きすぎるからだ。
現段階の総資産は約150万ゼペリで、今回のダンジョン攻略にあたり、金貸しに200万ゼペリを年利3%で融資してもらっている。万が一あったらまずいことになる。
「えー、知らない男の人と野営とかしたりするの嫌なんだけど。今回は私も参加する訳だしさ」
「じゃあ家でお留守番してたらいいじゃん」
「それは…… 嫌だよ」
兄としては、妹に危ないことをして欲しくなかった。しかしコトハが、幼女になってしまった俺を心配する気持ちも、痛いほどわかっていた。戦力として頼もしいのも事実だし、何より妹の気持ちも尊重してあげたかった。
「確かに、コトちゃんが言うことも一理あるな。じゃあ一緒に選ぼうか」
「そうこなくっちゃ! ぐへへ、なんだかマッチングアプリで女を選んでるみたいだね」
「そんなこと言ってるから底辺VTuberなのに炎上したりするんだよ?」
言いながらも、妹と一緒にリストを見ながら、冒険者を選んでいった。と言ってもほとんど妹の希望に添うような形で、俺はその中から一番成功率が高そうな冒険者と組み合わせを吟味していった。
そうして何時間かかけてやっと3人に絞り込めたのだが、
「いや、コトちゃんさすがにこれは……」
「最高だよ! まさに私の理想のパーティ!」
まぁ“ある部分”を除いて一応理に適っているパーティではあるし、取り敢えず明日面接してみるかな。
…………
……
…
翌日。こちらから冒険者ギルドに赴き、妹と選んだ冒険者3人に順番に面接をしていく。
・1人目
「おや、まさかこんな可愛い子が依頼主だとは。失礼した。報酬を払ってくれるなら、歳は関係なく依頼主だ。特技? そうだな、こう見えてケーキを作るのが趣味だ。すまない冗談だ。回復魔法を何種類か使える。それくらいだな」
彼女の名前はクロエル・クローディア。22歳。Cランク冒険者。
戦士でありながら回復魔法が得意で、近接戦闘ではランク以上の力を発揮するという。しかし弓などの飛び道具の心得が一切なく、魔法も使えないため、対応可能な状況が限定されている。本人のサボり癖もあって、最近ではあまり仕事を受けられていないようだった。
見た目の印象はクールでスタイルの良いお姉さん。そして美人で胸がでかい。
・2人目
「まぁまぁ可愛らしい依頼主さんですこと。あらごめんなさい、そんなこと言っちゃ失礼よね。え!? その年でお姉ちゃんと2人暮らしなの? ちょっともう! そんなこと言われたら協力しない訳にはいかないじゃない! お金なんか要らないわよ! そんな訳にはいかない? じゃあせめて、この後でお料理でも持っていくわね」
マリエラ・マルセリーナ。24歳。Cランク冒険者。
味方を守る能力に秀でた戦士で、スキルセットもほとんどが防御系スキル。味方が痛がるのが嫌なので、防御スキルに全振りしたのだそうだ。しかし攻撃手段に乏しく、評価項目として討伐数に重きを置いている冒険者においては、ランクが伸び悩んでいるとのこと。
見た目の印象はおっとり系で優しそうなお姉さん。そして美人で胸がでかい。
・3人目
「あ…… 君が今回の依頼主なんだね。そう、まあいいけど。特技は気配を消したり出来るくらいです。あと音に関係する魔法もちょっと使えます。以上です。戦闘ではほとんど役に立たないので、お荷物になるかもしれないけど、それでも良ければ使ってください」
ノクシア・ノワール。19歳。Dランク冒険者。
隠密行動のスキルをいくつか使える戦士ではあるが、技術の面でも、本人の性格の面でも、戦闘行為には向いていないのだという。そのためついたあだ名は「星魔法使い」。星魔法とはそういう魔法があるわけではなく、この世界のスラングで「あってもなくても変わらない」という意味なのだそうだ。ダンジョンで星は見えないからなのだとか。
見た目は暗い印象で、この世界の全てに諦めていそうなダウナー系お姉さん。そして美人で胸がでかい。
こうして3名が出揃った訳だが、そうだね、全員戦士だね。ただこれにはちゃんと理由があって、今回のダンジョン攻略は隠密性を重視する。あらかじめ他のパーティに依頼して作成した大まかな城内の地図や、ミノタウロス族を始めとした敵対魔族の配置などを元に、なるべく無駄な戦闘は避けて魔導書だけを持ち去ろうという作戦だ。
その場合狭い屋内での突発的な戦闘を想定して、近接戦闘に優れた戦士3名の方が効率が良いと考えた。また妹のコトハが魔法職なのも考慮した構成だ。
だが大きなツッコミどころはそこではないだろう。そう、全員が全員、胸が大きい女性だということだ。
これはただの、コトハの趣味だった。妹は巨乳の美人なお姉さんが大好きだったのだ。
妹の性癖でパーティが決められようとしている。うちの家は幼い頃に母を亡くしているから、母性に飢えてるのかもしれない。
ただ3人目のノクシア・ノワールに関しては、何とか俺の要望を妹に聞き入れてもらって採用した。理由は単純で、隠密行動に優れているからだ。彼女まで胸が大きかったのは全くの偶然である。
見ようによっては俺のハーレムパーティに見えなくもないが、幼女の身体に精神が引っ張られているからか、全くそういう気は起きない。心は身体の奴隷なんだなと、改めて実感した。心が完全に幼女になってしまう前に、魔王と倒さなくてはいけない。
そのためにまずは、今回のダンジョン攻略をなんとしてでも成功させなくては。
…………
……
…
ステータスオープン!
ジョブ:聖女
スキル:マナ節約、回復魔法広域化、聖なる瞳、魔法反射
うーん……。
聖女はこの世界では強力なジョブだった。しかし俺にとってはあまりだった。
何故なら俺は魔法を一切覚えていない。いや、覚えられないのだ。ジョブとスキルが日替わりで変わる俺だったが、それは後から覚えた魔法なども同じ。1日でリセットされてしまうので、俺が魔法を覚えるのは、金銭的にも時間的にも無駄が多かった。
つまり魔法に関するスキルは一切意味がない。となると残るは……。
俺は庭に出て、相変わらず的当てをしている妹を、「聖なる瞳」で見る。
「コトちゃん、肩凝ってるか?」
「ん? まぁ凝ってるけど」
「今の魔力残量は8割くらいか」
「いやわからんて。多分そんくらいじゃない?」
なるほど。「聖なる瞳」は味方の負傷箇所や、体内のマナの残量を把握出来るスキルらしい。確かに回復魔法が使用出来れば強力だが、今の俺からするとほとんど無用の長物だ。
もう既に俺の中では「ハズレ」という認識になっているが、一応最後の1つのスキルも調べておくか。「魔法反射」だ。
「コトちゃん、そこの岩陰に隠れながら一番弱い攻撃魔法を俺に撃ってくれないか?」
「は? 何? プレイ?」
「くだらないこと言ってないで、頼む。今日のスキルを試したいんだ」
実際に魔法がどう跳ね返るかわからないから、岩陰からコトハに魔法を撃ってもらう。コトハが初級火球魔法を放ち、小さい火の玉が俺に迫って来て、
「まぁ、予想通りだな」
結果、火球は俺が身体を向けた方に跳ね返っていった。術者を勝手にホーミングして跳ね返してくれないかと少し期待もしたけど、そう上手い話は無かった。これは練習が必要そうだ。ひたすらコトハに魔法を連射してもらい、狙った方向に跳ね返す練習をした。
しかし50発くらい撃ってもらったところで、とある異変に気付いた。
「さっきからコトちゃん全然マナ減ってないけど、もしかしてマナの総量増えた?」
「いやそんなことないけどなぁ。もしかして私、“魔力無限”とかに目覚めたか? 異世界無双の始まりか?」
コトハのマナ総量が増えた訳ではないらしい。ということは恐らく、「魔法反射」の方に理由があるのだろう。反射された魔法のマナは、元の術者に戻ってくるとかそんなところか? 何にせよもう少し検証が必要だが、これは有用な気がした。
だから今日だ。今日をタウロスの魔城攻略の決行日とする!
…………
……
…
「はいコトハちゃん。あーん」
「あ、あーん。げへ、でへへへ、えへ」
すぐさま、面接した3人の冒険者を招集し、馬車に乗って、タウロスの魔城から数キロ離れた野営地に到着。母性溢れるお姉さん冒険者・マリエラに「あーん」をされていた妹が、ちょっと気持ち悪い笑い声を出していた。
ここでさらに準備を整え、日が沈むの待ってからダンジョンアタックをする。
「コトハ。その岩が座り辛いなら私の膝に座るといい。なに、鍛えてるから君を乗せるのなんてわけないよ」
「あ、ありがとうございます。えへ、えへへ」
クール系お姉さん冒険者のクロエルも、妹を甘やかしていた。ダンジョン攻略に向けた作業をしている俺は、少し気が散るなぁと思った。
「で、そういう君は何してるんですか?」
自己肯定感最底辺のダウナー系お姉さん・ノクシアが、俺に話しかけてくる。
「別パーティに採掘してもらった『ヒロガール鉱石』を、持ち運びしやすいように削ってます。魔法の効果範囲を広域化してくれる鉱石で、これはノクシアさんに持って貰います」
「え? 私なんかが持っててもなんまり役に立たないと思うけど」
「そんなことありません! ノクシアさんは今回の攻略でとても重要な人員です」
「そうですか……」
そして俺は新たに調達したとある魔導書を取り出す。お値段10万ゼペリだ。俺はお姉さん冒険者たちにデレデレしているコトハに、
「お姉ちゃん。この魔導書はお姉ちゃんに使って欲しい」
幼女の姿になった俺は、他の人の前ではコトハを「お姉ちゃん」と呼ぶようにしている。そしてコトハには、俺を「フーちゃん」と呼ぶように徹底させていた。
「ん? 何これ。『身体強化付与魔法Ⅲ』の魔導書じゃん」
「もし万が一の時は、それを私に使ってくれ」
「いやこんなん使ったら、一歩走っただけでフーちゃんバラバラになっちゃうんじゃね?」
「まぁ保険みたいなものだから、今はあまり気にしなくてもいい」
この国の魔法は、魔導書で覚えられる。ただなんでもかんでも習得出来るわけではなく、自身のマナの量や、魔法の習熟度、取得魔法の種類など、様々な条件が各魔導書に存在する。『身体強化付与魔法Ⅲ』はまだ国軍でも実用化されていない程の強力な魔法だが、付与魔法のスペシャリストのコトハなら大丈夫だろう。
それからしばらくして、もうすぐで日が沈み、作戦決行が間近に迫った頃。ギリギリまで防具類の点検をしている俺の横に、コトハが座った。
妹は周りに誰もいないのを確認して、
「お兄ちゃん、さっきの魔導書だけど。多分私、万が一になっても使わないよ?」
「俺のことなら大丈夫だ。だからコトちゃんは心配しなくても」
「いや心配するに決まってんじゃん……」
森を抜けて、小高い丘の上に設営された俺たちの野営地。俺の隣の岩の上に座るコトハは、目の前に広がる茜空を見ながら、
「ねぇ、私さ、お兄ちゃんがいたら、別に元の世界に帰れなくてもいいじゃないかって思ってて」
コトハがそう思っているのは、実のところなんとなく分かっていた。コトハはこの世界に来てからの方が、ずっとずっと楽しそうだった。
すごく何でもない良くある話をするけど、コトハは学校でイジメを受けていた。何か原因があった訳でもなくて、「なんかそうなっていた」のだそうだ。
コトハはこれでも人当たりがいいし、空気も読めるし、実の兄妹だからまともに判断出来ないけど、多分顔もいい方だし。だから本当に何かきっかけとか原因があるとかじゃなくて、運が悪かったのだろう。
だから俺は年の離れた兄妹だけど、コトハとは友達のように接してきた。個人でVTuberとか初めて見たものの、アンチ以外ほとんど誰にも見てもらえないコトハの、唯一の友達だ。
だからコトハが言った「お兄ちゃんがいたら」というのは、悲しいけど事実だった。でもこの世界なら、そんな妹の環境を変えてあげられる気がしていた。しかし、
「でも魔王を倒さないとコトちゃんが死んじゃうから。俺は少しくらい危険を冒しても魔王を倒すよ」
「うん、わかった。でもお兄ちゃんが死んじゃったら、どの道私も死ぬからね」
「わかった。絶対に死なない。……そろそろ行こうか」
笑顔を作って、コトハに手を差し伸べる。でも今の俺は幼女で背が小さいから、妹を見上げる形になるのが、なんだか兄として格好付かなかった。
いよいよ作戦決行だ。でも実のところ、そこまでリスクに怯える必要もなくて──。
…………
……
…
「本当に敵がいないんですねぇ……」
斥候役としてパーティを先導するノクシアが、感心するように呟く。安くないお金を払って、スニークミッションに優れた冒険者パーティに作らせたダンジョンマップは、今のところ有効に機能していた。
このダンジョンの攻略は、準備の段階で8割方終わっていると言っても過言ではない。ダンジョンの制圧となるとまた話は変わるが、今回は「ローリタの呪文の魔導書」だけ手に入れば良い。この身体と能力で戦わなくてはならない以上、伸るか反るかの賭けみたいなことは、なるべく避けたかった。
「うう…… なんか思ってたダンジョン攻略と違う」
そうぼやくのは妹だった。俺たちは見張りがいない側の城壁に小さな穴を空けて侵入し、排気口を通って目的の部屋まで移動している。
ちなみに俺たちの声は、ノクシアの音の魔法により、俺たちにしか聞こえないようになっている。効果範囲はあまり広くないが、固まって動けばハンドサインを覚えたり、モールス信号とかで伝達しなくても良かった。隠密性が何よりも求められるこの作戦で、ノクシアはまさにパーティの要と言える。
そうこうしているうちに、もう目的の宝物庫に到着した。あとは「ローリタの呪文の魔導書」を奪取して、同じルートから脱出するだけで400万ゼペリ、なのだが……。
「目標の地点に敵。数、1。ミノタウロス族」
ノクシアがパーティの進行にストップをかけ、宝物庫内に脅威があることを知らせる。宝物庫の内部にも番人を配置していたか。しかしこれは想定通りだった。このダンジョン攻略において、予定されていた唯一となる戦闘行為を始めることにする。
「各員戦闘準備。隠密戦闘による脅威の排除を行う。カウント3」
2……1。俺のカウントを合図に、パーティメンバーが速やかに通気口から宝物庫に侵入する。
「ノクシア! 広域消音魔法を!」
「了解!」
ヒロガール鉱石。これを媒体にして魔法を使用することで、その効果範囲を広げることが出来る。もし番人を仕留め損ねて騒がれたら、俺たちは敵陣のど真ん中で囲まれることになる。それを防ぐために、まずノクシアには広域化した消音魔法で部屋全体を覆ってもらった。
「消音領域の展開を完了」
これでしばらくは、この部屋でどんな騒ぎがあっても、外の魔族には気付かれない。そしてノクシアの報告を聞くやいなや、俺の横から凄まじい速さで標的のミノタウロス族に迫る影があった。
近接戦闘特化のクールお姉さん・クロエルだ。彼女が目標に到達すると、ミノタウロス族の首から鮮血が舞った。そして振り返ろうとするまでに腋の下を斬り、心臓のあたりを背中から二突き。最後に脚の腱を斬るまで、ミノタウロスは何が起こったのか分からなかっただろう。
今の動きを見る限り、閉所における近接戦闘に限って言えば、クロエルはランクC冒険者の平均的戦闘力をはるかに凌駕していた。これで終わってくれれば良いのだが、
「すまないフータ。仕留め損ねた」
ミノタウロス族。人間と同等の知性を持ち、人間以上の身体能力を持つ、牛頭人身の魔物だ。全身が分厚い筋肉で覆われているだけでなく、人間と同じように防具まで身に付けている。クロエルによる、相手の急所を確実に捉える剣技であっても、致命傷には至らなかったようだった。
しかしここからが“パーティ”としての真価を発揮する時だ。
分が悪いと見たのか、即座に宝物庫の出口に向かうミノタウロス。この部屋から外に出て仲間を呼ばれたら、俺たちに勝ち目はない。だが母性お姉さんのマリエラが前に出て、
「タウント!」
タウント。相手の種族にとって、最も侮蔑的なジェスチャーや言葉を再現する挑発スキルだ。侮蔑の方法については、女神から知識が授けられる。マリエラを見ると、いつものおっとりとした声色で、恐らくミノタウロス族の言語でなにやら話しかけている。俺には何を言っているかさっぱりわからないが、出口に向かっていたミノタウロスは、急にマリエラに向けて突進してきた。
ミノタウロスの、冷静さを欠いた力任せの一撃。これをマリエラは、一歩も退くことなく盾一つで正面から受け止めてみせた。盾がすごいのではない。彼女のスキルである「衝撃吸収」だ。たとえ人間の何倍もの身体能力を持つミノタウロスでも、防御スキルに特化したマリエラを、物理攻撃で崩すのは不可能だろう。
ミノタウロスが釘付けになった。ここからは俺たちの出番だ。俺は妹におんぶされて、自分の片手を前方に突き出した。
ホワイト・シスターズ・フォーメーション(WSF)。
今日の俺のスキルを活かすための、俺とコトハが導き出した最適解だった。妹に背負われるのは少しメンタルにくるが、このWSFで得られる恩恵に比べたら些事である。
「いくよ! フーちゃん!」
言って、前に突き出した俺の手に、コトハが手を合わせるようにして火球魔法を放つ。単発ではない。自分のマナが尽きることを全く考えていないかのような、連射だった。
一見俺とコトハが二人で協力して魔法を放っているように見えるが、そうではない。コトハが俺の手に、自身の魔法を反射させて撃っているのだ。結局検証の結果、俺の「魔法反射」で跳ね返された魔法の消費マナは、やはり術者に返ってくることが判明した。つまりコトハは俺に魔法を反射させて撃っている限り、無尽蔵に魔法を放つことが出来るのだ。
もちろん、動く対象物に魔法を反射させて当てるのは、普通に自分で魔法を撃つ時と比べて各段に難しい。しかしコトハが毎日飽きずにやっていた“的当て”が、それを可能にした。
「うおおおおおおおお!!!」
「う、うおおおおお」
気分がノってきて叫び出すコトハに合わせて、取り敢えず俺も叫んでおく。でも俺は妹におんぶされて、ただ腕を前に出しているだけなので、あまりノリきれなかった。
まるでマシンガンのような火球魔法の連射に、ミノタウロスが崩れていく。あとには焼け焦げたミノタウロスの遺体と、牛肉を焼いた時のような臭いだけが残った。
…………
……
…
「うわグッロ……」
丸焦げのミノタウロスの死体を見て、さすがに顔をしかめるコトハ。でもその一言だけで済むほどには、コトハも戦闘とこの世界に慣れてきているようだった。
ともかく、宝物庫内の脅威は排除した。あとは「ローリタの呪文の魔導書」を探し出して帰還すれば400万ゼペリなのだが…… 結構広いなこの宝物庫。なんとなく奥の宝箱と、壁際の棚に収められた魔導書っぽい書物あたりが怪しいが、取り敢えずここら辺から順に手分けして探してみるか。
俺が妹の背中から降りて方針を決め、コトハに指示を出そうとした時だった。
「ねぇおにい、フーちゃん…… あれ、なに?」
さっきまでの余裕から一転して、青ざめた表情で指を差す妹。その方向を見ると、人型ではあるが、明らかに人型ではない何かがゆっくりと歩いていた。さっきまでこの部屋にはミノタウロスの死体と、俺たちしかいなかったはず。ドアも開閉された様子はない。あれは一体……。
その人影に目を凝らすと、体は全裸の女性のようにも見えるが、頭部には、本来顔にあたる部分に大きな穴がぽっかりと空いていた。その空洞から聞こえるのは、
「ア……ア……ア……ギィ! ア……ア……」
明らかに人の声ではない。この状況でどう行動するか考えていると、
「逃げて! 西のサキュバスよ!」
どこからともなく女神・クイニアが表れて、叫ぶ。俺たちは瞬時に物陰に身を隠そうと退避するが、一足遅かった。
「ノクシアさん!」
俺が叫ぶ間もなく、逃げ遅れたダウナーお姉さんのノクシアを、西のサキュバスから放たれた謎の光が襲う。ノクシアはミノタウロスの戦闘中からずっと、「気配遮断」のスキルで身を隠していたが、逆にそれが油断に繋がったのかもしれない。あのサキュバスには、ノクシアの気配遮断スキルが通用しないらしい。
「クイニア、今のは?」
「サキュバスの催淫魔法よ」
見ると、その催淫魔法を受けたノクシアが、まるで何もなかったかのように立ち上がる。そしてノクシアは、
「あ、コトハさん、そろそろ家に帰りませんか? 今日はコトハさんが好きなシチューを作ったんですよ?」
正直、何が起こっているのか理解出来なかった。ノクシアはまるでここがどこだか忘れたような顔で、コトハを見ている。それも普段のダウナーな彼女からは想像できない、最愛の恋人に向けるような熱のこもった視線だった。
クイニアに説明を求めると、
「あれが催淫魔法。あれで人間同士で交尾をさせ、子供を産ませるための魔法よ。あの催淫魔法を受けた人間が孕む子供は、全てサキュバスになるわ」
つまりサキュバスの生殖手段でもある訳か。
しかし催淫…… あれが催淫だって? クイニアの様子を見るに、発情させられているというより、脳の構造自体を変えられてしまったかのような雰囲気だ。
「あれ、元に戻るのか?」
「治療の手段はあるけれど、術者を倒さない限り、どんなに離れていても催淫魔法が上書きされ続けるわ」
つまりここであのサキュバスを倒せばいいのか。ちなみに妹は、自分にまるで恋人のような視線を向けるクイニアを凝視しながら、
「はぁ…… はぁ…… じゅるり」
なにやらはぁはぁしていた。俺の中の催淫にかかった人のイメージはこっちだった。
俺は今にもノクシアに飛び付こうとする妹を抑えながら、物陰に隠れつつサキュバスの様子をうかがおうとすると、
「フータ! 後ろ!」
クイニアの声で、さっきまで正面にいたサキュバスが、いつの間にか背後に来ていることに気付く。そしてサキュバスは、先ほどの催淫魔法を広範囲に放った。あの魔法、拡散させられるのか。
すぐに妹の腕を引っ張ってなんとか棚の裏に隠れたが、
「ねぇコトハちゃん。今日はお姉さんに甘えてくれないの?」
「コトハ、どこにいるんだい? まったく、あまりお姉さんを困らせないで欲しいな」
クソっ! マリエラとクロエルもやられた。さらにコトハを見ると、
「ねぇお兄ちゃん…… これ……」
見るとコトハの脚に、淫紋のようなものが浮かんできた。聖女のスキル「聖なる瞳」で診る。どうやらコトハも、先ほどの催淫魔法に巻き込まれてしまったようだ。
「お兄ちゃん、どうしよう」
残されたのは、幼女の体で、攻撃魔法も使えない俺だけ。最悪の状況だ。しかしここで全滅する訳にも、そして妹に催淫魔法をかけたあいつを生かして返す訳にもいかなかった。
俺は幼女の頭脳をフル回転させ、必死に状況打破への策を組み上げる。そして、
「コトちゃん、お兄ちゃんのこと好きか?」
「うん、好き」
「わかった。なら俺に『身体強化付与魔法Ⅲ』をかけてくれ」
「……わかった」
コトハは、俺に「身体強化付与魔法Ⅲ」は使わないと言っていた。当たり前だ。普通の「身体強化付与魔法」でさえ、俺の幼女の足首は負荷に耐えられず、骨折してしまったのだから。ああ見えて、妹はそのことを結構気にしていた。
でも、催淫魔法にかかって正気を失った今なら、言われたままに魔法を使ってくれると思った。そして実際にコトハは「身体強化付与魔法Ⅲ」を唱え、俺の体に強力な身体強化魔法が付与されていく。
「身体強化付与魔法」は恐ろしい魔法だ。対象者の体の構造を無視して、身体能力を引き上げる。その性質を利用して、相手の体を破壊するための攻撃魔法としても転用されるほどだ。
一歩。踏み出した俺の脚の腱が、ぶちぶちと千切れる音がする。
二歩。たったこれだけで、サキュバスとの距離が詰まる。
三歩。サキュバスが床を滑るように回避行動を取るが、今の俺には止まっているも同然だった。
恐らくこの三歩で、俺の体は限界だろう。だがそれで十分だ。もう既にサキュバスは、俺の手が届く範囲にいる。
一方でサキュバスは回避は不可能だと悟ったのか、催淫魔法を放ってくる。しかしそれも俺の狙い通りだ。魔法反射。俺に向けて放たれた催淫魔法が、そのまま至近距離で跳ね返ってサキュバスを襲う。これで完全に動きを止められるかはわからないが、時間稼ぎにはなるだろう。
4歩。俺はサキュバスを通り過ぎ、宝物庫の奥にある宝箱に向かった。これで俺の両足は、完全に使い物にならなくなった。
宝箱を開けると…… あった、ローリタの呪文の魔導書。ここに入っているかどうかは完全に運だったが、俺はその魔導書を、妹に投げ渡す。
「コトちゃん! 俺に向けてローリタを!」
なんの躊躇もなく、コトハが魔導書を使用して「ローリタ」と呼ばれる魔法を放つ。魔王すら弱体化させる強力な魔法らしい。ならサキュバスに効かない訳がない。俺は体をサキュバスの方に向け、コトハが撃ったローリタを反射させた。
果たして、命中し、サキュバスの体が眩い光に包まれる。そして──。
さっきまでサキュバスだったものは、いかにもコトハが好きそうな、やたら胸がでかいセクシーな大人のお姉さんになっていた。
「クイニア、これは」
「ローリタは相手を幼女の姿にして弱体化させる魔法なの。そして西のサキュバスの年齢は大体200歳だと言われているわ」
なるほど。それで全て理解した。ローリタは相手を幼女化させる魔法。それを200歳のサキュバスに当てるとどうなるか。
ああ、こうなって当然だ。サキュバスはただのえっちなお姉さんになってしまったのだ。いやなるか?
「見た目は馬鹿みたいな効果だけど、幼女化した対象は一切の魔法が使えなくなるし、身体能力も著しく低下するから強力よ」
なるほど…… なるほど? 別に見た目を幼女にする必要はないのでは? と思った。
「お兄ちゃん!」
ただのえっちなお姉さんになったサキュバスには目もくれず、俺の元に駆け寄ってくるコトハ。多分催眠魔法の影響だろう。普段の俺の妹は、こんなことはしない。また俺のことを「ざぁこざぁこ」みたいに煽る生意気だけど大切な妹に戻すために、帰ったら一刻も早く催淫魔法の治療をしないといけないな。
俺はボロボロの体に鞭を打って立ち上がる。脚だけでなく全身に激痛が走ったが、バラバラにならなくて良かった。それはともかく、
「コトちゃん、もう一度俺にローリタを撃ってみて(女神に体を向ける俺)」
「わかった(躊躇無く俺にローリタを撃つ妹)」
「え?(突然自分を襲うローリタの光に反応出来ない女神)」
事前に、ローリタの魔導書は一度しか使えないと聞いていた。だからこれも賭けではあったけど、わざわざ俺に反射させて撃ってみた。そうすれば繰り返し使えるかもしれないと思ったからだ。
「フータお前…… 貴様ぁ!」
見ると、幼女の姿になったクイニアが激昂していた。本当に怒ると「貴様」って言うキャラだったんだな。
「ククククク…… アハハハ!!! アッハハハハハハハハッ!!!」
笑いが止まらない。成功だ。ついに俺はこのクソ忌々しい女神の脅威を排除出来た。
妹を人質に取ったりしなければ、勝手に異世界召喚したことも水に流して、クイニアに協力しても良かった。でも妹の命を脅かすというなら話は別だ。だから俺は何度かこの女神を殺そうと冒険者をけしかけたが、そもそも彼女には死の概念が無かったようだった。
なら妹に手を出せないくらいに弱体化させてしまえばいい。まさかこんな好機が巡ってくるとは。今日の俺はとても運がいいようだ。
俺はコトハに、クイニアを床に押さえつけさせ、
「ところでクイニア、あのサキュバスはまだ催淫魔法を使えるのか?」
…………
……
…
ステータスオープン!
ジョブ:パン屋
スキル:酵母保護、早起きの秘訣、疲れ知らずの腕、ウォークライ
「ぷぷぷー! パン屋って! ざぁこざぁこ! お兄ちゃんパン屋でも開くの?」
「まぁ今日はパン作りに挑戦してみてもいいかもな」
あれから、コトハと、そして協力してくれた3人のお姉さん冒険者にかけられた催淫魔法は、無事解除することが出来た。また西のサキュバスの無力化に成功したことで、追加報酬として2000万ゼペリの追加報酬を獲得。これはパーティで均等に山分けし、俺とコトハは合わせて1人分ってことで、500万ゼペリを獲得した。
魔導書は依頼主である俺に所有権があるため、この魔導書にかけられた賞金400万ゼペリは、各種税を差し引いて丸々俺の懐に入る。サキュバス無力化の追加報酬と合わせるとかなりの稼ぎだった。
しかし俺はローリタの魔導書を、西のサキュバスとの戦闘で使ってしまったことにした。この魔法はふざけてはいるが、確かに魔王討伐の切り札になりえる。なので自分で所持しておこうと思った。あとそれだけでなく、
「あ、ニシバスちゃん!」
「コトハ…… おはよう…… 好き……」
ニシバスちゃんとは、色々あってえっちなお姉さんになった西のサキュバスだ。あの時、西のサキュバスは、俺がコトハを恋人として見るようになる催淫魔法を使ったらしい。それを跳ね返されて、自分が受けたらどうなるか。当然、西のサキュバスはコトハに恋人のような好意を寄せるようになった。
そしてこのサキュバスの催淫魔法は、完全には失われていないようだ。さすがに効果は弱体化されていたが、それでも相手の恋愛感情をちょっと操作するくらいは可能なのだという。それを教えてくれたのは、
「おはようクイニア、また来たのか」
「別にあんたに会いに来たんじゃなくて、コトハちゃんに会いに来たんだけど」
幼女化した女神クイニアだ。彼女にはあの後、西のサキュバスの催淫魔法をかけた。コトハが命令すれば、西のサキュバスはなんでもやってくれた。もちろん好きになる対象は、俺じゃなくてコトハ。幼女になったことで魔法への耐性もほとんど無くなってしまったようで、弱体化した催淫魔法でも十分効果を発揮した。
だから俺は考えた。ローリタの魔導書とサキュバスの催淫魔法を上手く使えば、ハーレムが作れると。俺のハーレムじゃない。コトハのハーレムだ。また聖女の「魔法反射」みたいなスキルを引き当てれば、ローリタの魔導書を繰り返し使うことが出来る。頑張れば、全てのサキュバスをコトハのハーレムに加えられるかもしれない。
それくらいやって当然だ。俺はコトハのお兄ちゃんなんだから。前の世界であれだけ苦しい思いをしたコトハに、せめてこの世界では幸せに暮らして欲しかった。
ところで唯一の気がかりは、女神クイニアを幼女化させても、俺の日替わりジョブ&スキルは変わらないということだった。クイニアが弱体化したなら、俺にジョブやスキルを授けることは出来なくなるはず。仮説としては、俺に能力を与えていたのはクイニアではなく、その裏にいる別の存在だった、といったところか。
そしてこれはただの勘だけど、その黒幕ってもしかして魔王なのでは? とも思っていた。だって俺はクイニア以外の女神に会ったことがないから、クイニアが本当に女神なのかどうかは怪しい。そしてなんとなく、サキュバスの能力とか、そういった魔族の情報に詳し過ぎじゃね? と薄々感じていた。
だからクイニアは本当は魔王の一派で、魔王は彼女を通して俺に何かをさせようとしている、というのが俺の読みだ。しかし正直なところ、そんなこと今はどうでもいい。
「ねぇお兄ちゃん! やっぱりパン作ってよ! それでマリエラさんたちも呼んでさ、パーティーしよう!」
大好きな巨乳お姉さんたちに囲まれて、そんな風に楽しそうに笑うコトハを見ていられるなら、俺は無理して魔王を討伐する必要は無いと思っていた。
「ふええ……コトハさん、私にもかまって欲しいですぅ」
もちろん魔王の方から来るなら、相手になる。そのための準備も怠らないつもりだ。しかし取り敢えず今は、また「ふええ」って言った女神クイニアに向けて、何故かパン屋のスキルにあった「ウォークライ」を構えるのだった。
まぁ「ふええ」が似合う幼女になったから、耳元ウォークライはしなくてもいいか……。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
とにかく異世界ファンタジージャンルを書き切るための習作として書きました。「カス」「ゴミ」「つまんね」なんでも良いので感想をいただけると幸いです。今後の参考にします