第70話、狂人デスサーティーン
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上空を見上げ、首を左右に振ってみる。視界は見渡すばかりの夕空である。
どこだ?
天使がいるんじゃなかったのか?
天使天使ぷあひゃひゃ。
とそこで、気配が虚ろな女が眼下にいる事に気付く。この俺が気付かないだと?
……まぁいい、この感じは同業者かなんかだろう。
ん、待てよ?
こいつか、こいつなのか?
もしかして天使を殺したのはこいつなのか!?
いや、まさか、天使は殺したら駄目だろう?
だって天使だぞ? バチが当たるぞ?
俺以外、殺したら駄目だ、駄目なんだよ、駄目駄目だめなんだよ!
チラリと警戒の色が濃い、女に視線を落としてみる。
聞いてみるか? 恥ずかしい、人と話すのは恥ずかしい。でも聞いてみないと、まずは天使がいたかどうか聞いてみないと。
よし、聞いてみるぞ!
「……お前、天使をみたか? 」
しかし女は答えない。俺が勇気を出して聞いたのに、女は答えない。ただ口を固く結んでいる。
なぜだ、なぜ無視をする?
なぜだなぜだ、……いや、もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。
あひゃひゃ、びっくりした、びっくりしたよ。
ボルコスの奴も一度目の質問は聞こえなかったみたいで、答えなかったからな。
よし、もう一度聞いてみよう。
別角度から聞いてみよう。
「天使をしらないか? 」
「……倒しました」
ははっ、やっぱり最初の質問は聞こえなかったんだ。聞こえ——あが?
いまなんと言った?
まさか倒したといったのか?
なっなんだと?
この女が倒しただと?
手が震える、喉が渇く。震える右手を同じく震える左手で握り抑える。
落ち着け、落ち着け、俺、落ち着け。
こいつが天使を殺した。
つまり俺が天使を殺せない。
変異種狩りが趣味なこの俺が、天使を殺せない。
なんだと、見たかった、天使見たかった。見て他の変異種と同じようにスケッチして残したかった。俺の宝物のスケッチブックに残したかった。
恐らくタッチの差、これもボルコスが逃げ惑うから、時間をかけさせたからタッチの差で倒されてしまった。
この女許せない、許せない許せない!
殺す、殺す殺す、身体中破裂させて殺してやる、殺してやるー!
あひゃひゃひゃ!
ぶくぶく破裂させてやるよ!
そこで枝から飛び降り間合いを詰めようとするのだが、女は後方へ大きく飛び退いた。
警戒されている、恐ろしく警戒されている。
なんだ? 俺の事を知っているのか?
鬼ごっこはもう飽き飽きなんだよ。
接近出来ないと大きな破裂は使えない。四肢を盛大に破裂させてやろうと思っていたのに。
……まぁいい、小さな破裂を飛ばしてやる。先読みして置くようにして飛ばさないと当たらないが、破裂させてやる。
あひゃひゃひゃ、腹部を破裂させてやる、痛いぞ、痛くて涙が出るぞ。
とそこで、女が瞬時に間合いを詰めてきた。手にしたナイフで鋭い連撃を繰り出してくるので、ジッと見つめて躱していく。
この女の動き、かなり洗練されている。
強い、かなり強い、手練れだ、かなりの使い手だ。
どこの組織の奴だ?
あひゃひゃ、どこの組織だろうと関係ないけどな。
無手である俺は、手の平に破裂の闘気を纏う。そうする事によって女の斬撃を直接ガードしていく。
ん、俺の破裂に当たっているのに、ナイフは折れないか。そこそこ良いナイフを使っているな。
ほぉぉ。
女から発される禍々しい闘気を感じ、バックステップを踏む。
この女、俺と同じで肉体意志力増強の上限突破をしているな。しかもタチが悪そうな闘気。
そこで女の周囲にある枝という枝が、ボトボトと腐れ落ちていく。
おおおぅ、これやばいな。しかもこっちまで伸びてきている。だがそんな高威力な攻撃、出来て中距離攻撃だろ?
俺は腐れた闘気を躱すため、本気でバックステップを踏み後退していく。
やはりな、その腐れ落ちる能力、伸ばせて約十メートルといったところか。
だが俺の破裂は五十メートル先まで飛ばす事が出来る。ただ五十メートルも離れたらコイン一枚分くらいの範囲しか破裂出来ないが。
まぁ、そんだけ離れた場合は、通常心臓か脳味噌を狙うわけなんだが——
「うぐっ」
女が吐血をしたのち、腹部を押さえて跪く。
あひゃひゃ、あーたった、あーたった。
だが簡単には殺さないぞ、天使の恨みは怖いぞ。
女の足元に破裂を設置していく。そして時間が経つと破裂していく闘気。そうして破裂した闘気の一つがまた当たり、女の右足の指がブーツごと吹き飛ぶ。
あひゃひゃひゃ、今度はどこを吹き飛ばしてほしい? 腕か? 肩か? それともまた腹部か?
とそこで、女が青白い光に包まれる。
「……アルド様」
そして片膝を付く女が見上げる先に、冒険者風の男が立っていた。
「待たせてすまなかった」
そこで俺の方に向き直った男は、強烈な殺気を飛ばし始める。
女の連れかなにかか?
ん、という事は、こいつも天使を殺したのでは!?
ゆっ、許せない、許せない許せない、こいつも痛ぶってやる!
あひゃひゃひゃ、破裂させてやる!
しかし男は設置された破裂を避けて、こちらへ向かって歩いてきている。だからもう一度、一斉に設置をする。すると男はまるで設置が見えているかのようにして、一つ一つを躱して歩いてくる。
なんなんだこいつ?
俺の闘気が見えているのか?
……ならいい、直接吹き飛ばしてやる、盛大にぶちまけてやる!
足に力を込め足場を蹴る。グングンと削るようにして間合いを詰め、あっという間に男の懐に潜り込む。
あひゃひゃひゃ、なんだこいつ、隙だらけじゃないか。
なーんてな、誘っているんだろ?
だが後悔させてやる、俺に向かってそんな事をした事を後悔させてやる。
まずはその左腕貰った!
俺は破裂の闘気を纏った右腕を、掌底打ちを打つようにして押し出す。
弾ける闘気、吹き飛ぶ男の肘から先。
そこで振り下ろされるメイス。それをバックステップで大きく躱す。
簡単には殺さないぞ、簡単に死ねると思うなよ? 次はどこだ、どこが良い?
右腕か? 右足か? それとも左足か?
んあ?
目の錯覚か、吹き飛ばしたはずの左腕がいつの間にか生えてやがる?
「聖魔法防御赤」
あっ、なんだって?
そして瞬きをした瞬間、男が俺の懐に潜り込んでいた。
はっ、早い、なんだと?
この俺が見切れなかっただと?
そして、俺の顔面に突き刺さるメイス?
ぶぎゃっ!
男は淡々と俺の顔面に向かって、まるで畑を高速で耕やすようにしてメイス振り下ろし続ける。
くそ、ふざけるな、ふざんけるなー!
俺の周囲五メートル内全てに、無数の小さな破裂を設置していくと破裂させていく。
しかし男はバックステップやサイドステップでそれらを躱していく。
やはり早い、それになんだ?
男の身体が淡く赤色に発光しているだと?
どうなってやがる? どうなってやがる、どうなってやがるどうなってやがる?
くそがー!
そしてまた男が消えた!
瞬時に闘気で男の位置を探ると、背後にいる事がわかった。
そこで頭に向かって振り下ろされるメイス、を上体を動かしてなんとか肩への直撃に変えて男と対峙する。
とその時、女が視界に入る。
そうだ、あの女を人質にとればこの場を逃げられるんじゃないのか?
しかしそんな隙を男は与えてくれなかった。
俺はメイスで頭をかち割られて、倒れた後も何度も何度もメイスを振り下ろされ意識が遠のいていき——
「幻影思考」
最後に声が聞こえた。




