第7話、救いの言葉
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夕刻の遠い空に、横一列に羽ばたく鳥たちの隊列が黒く映る。
妨害はあったが無事配達を終えた私とリーヴェは、フーゴの町で集荷をした後Uターンをして来た道を戻り森を抜けていた。
そして程なくすると、バーバラの町が見えて来る。
幻影思考の呪文、幻聴が聞こえるレベルにまで改良されていたようだ。あの状態に陥っていれば他者との会話も困難なため、命まで取らなくても大丈夫だろう。
それと今回の騒動の首謀者は、高確率でパオル。
私の名を知っていた事から、狙いは私だったのだろう。だがだからと言ってリーヴェは安全かと問われれば、百パーセント安全とは言い切れない。
また殺しが失敗に終わったと知れば、今度はその道の専門家を雇うかも知れない。
戦闘はある程度ならこなせるだろうが、回復が専門である私の戦いが、この現世で何処まで通用するのか未知数。
それとパオル自身も今回手を汚してしまった以上、何か困れば殺してしまうと言う悪しき癖が心に刻まれてしまった。
人は誰しも癖がついてしまうとそれを治す際、かなりの努力や時間を要してしまう。そしてパオルのこれまでの行いや人物像を鑑みるに、今世で他に被害者を出さずに更生するのははっきり言って難しい。
このような事からパオルへ報復を行うのは、私の中では確定事項であるのだが——
隣を歩くリーヴェを見やる。
彼女も狙われているかも知れない。しかし私たちにはこんな時に頼れる人がいないため、私と共にいる事が一番の安全に繋がるのだが……。
報復をしにいく。
その現場にこの純粋な少女を連れていく事は、この手で彼女を汚してしまうようで気が引けてしまう。
しかし今はこれしか手がないわけで——
「アルドくん? この道はこっちじゃないと町に帰れないですよ? 」
言われて見れば、右に進む分岐点なのに左の道を進んでいた。
「すまない、少し考え事を——」
そこで閃く。
リーヴェが怯えても一人にしてはおけないため、結果としてパオルの元には連れて行かねばならない。だがその事実を伝えた時にリーヴェが少しでも難色を示すならば、その間幻影思考の魔法で寝てて貰うのはどうだろうか?
催眠術とは対象者が協力してくれれば、高確率でかかりやすくなる物。
昨日自身に幻影思考をかけて良い夢も悪い夢も見れるように改善しているため、リーヴェに負担はかけない。
まぁリーヴェから魔法使用の許可が得られるならば、パオルの屋敷に着く前から全てが終わってしまうまでの間、私のそばで寝てて貰うわけになるため、同じくその間彼女が無防備な状態になってしまうわけで、私も男だがそこは変な事をしないと信じて貰うしかないわけで——
いや、そこを信じて貰えなかったらどうしよう?
そこで再度リーヴェを見やると、彼女は小首を傾げていた。
……ダメ元で聞いてみるか?
「リーヴェ、ちょっと真剣な話があるのだが、いいかな? 」
「はい! 」
「その、先ほど私たちは命を狙われた。そして恐らく命を狙った黒幕は、パオルだと思う。それを確認して、もしパオルが黒幕だった場合、私はパオルに対して報復をしなければならない。
それは自身を守るためであり、それしか自身を守る方法が思いつかないからだ。
それともしかしたら、リーヴェも同じく命を狙われている可能性がある。そうなると、リーヴェを一人にするのは危険だ。だから今晩パオルの屋敷に忍び込む際、リーヴェにも付いて来て貰おうと思っているのだが、リーヴェはどう思う? 」
終始真剣な表情でこちらを見ていたリーヴェが、その口を開く。
「アルドくん、そのごめんなさい。実はギギの森で男の人たちに襲われた時、アルドくんは耳を塞いでてって言っていたですけど、リーヴェは耳がいいのです。だから少しだけ、アルドくんたちが話していたのが聞こえていました。
それでアルドくんが人の命を弄ぶような発言をしていたから、リーヴェはアルドくんが怖くなりました。でもアルドくんが目を開けていいよと言ってくれて見たアルドくんの顔は、青ざめてて、酷く辛そうで、とても喜んで人を苦しめているようには見えませんでした。
そこで分かったのです。アルドくんは演じていたんだって。ひどい人を演じないと、本当に悪い人たちと対等に話せないから。ひどい人を演じないと、その優しい心が保てないから」
私が悪人を演じていただと?
前世での私は、魔なる者の討伐の道中、教義に反する異端者がいれば裁いていた。それが天罰であり、聖人ハウニの教えを守る伝道者としての責務だと信じていたからだ。
だから決して——
いや、前世の私が初めて咎人を殺した時はどうだっただろうか? 私は苦しんでいなかったか? その時嬉々として人を殺めていたのか?
……いや、あの時の私は人に手を掛けた恐怖に芯から身が震え、正気を失いかけ笑いがこみ上げてきた。
あれは……そう、私は逃げたのだ。
通常の精神では耐えきれなかったため、狂気に身を委ねてしまったのだ。私の心が弱かったゆえ。リーヴェが言うようにそうしないと心が保てなかったから。
……しかしこの私が、聖人ハウニの教えに忠実な使徒として生きてきたこの私が、まさか業を背負って転生していたとは。
つまり私は今世で、我が成す事実を受け入れ、他者に対しては受け止めれるだけの懐の深さを身につけなければならない、という事なのだろうか?
「私は——」
そこでリーヴェが私の手を取ると、両手でしっかりと握ってきた。
「リーヴェはずっとアルドくんの味方です。だから、どこまでも付いていきます! 」
暖かさ、温もり、そして優しさがリーヴェの手から伝播してくる。だから——
「……どこまでもって。私は冒険者になる。そんな私に付いてくるのなら、これから沢山危険な目にあうかも知れないが、それでも一緒にいてくれると言う事なのだろうか? 」
だからだろうか、自身がらしくない弱気な質問をしてしまっているのは。
「神様に誓って」
リーヴェは真剣な面持ちで私の瞳を見つめている。
「ありがとう、しかしリーヴェは本当に私には勿体無い良い子だよ。それと……」
私が一度言葉を千切る勿体ぶった言い方をしたため、リーヴェは小首を傾げる。
「なんだかさっきのやり取り、聞きようによっては互いに愛の告白をしているみたいだったな」
「ふほへぇっ」
私の意表を突いた冗談を受けて、それがツボにハマったらしくリーヴェが変な声を漏らした。またその失態を私に見られたため、顔を赤らめ俯く。
「まぁとにかく、私は命にかけてリーヴェを守るから、安心してくれ」
「はっ、はい……です」
彼女は笑いを堪えるのでいっぱいいっぱいのようで、さらに顔を俯かせ身体を震わせる。
しかし子供子供と思っていたリーヴェから、まさか救いの言葉を貰えるとは。彼女といると、本当に調子を狂わされっぱなしである。
まぁ前世では女人禁制の職場で働いていたし、勇者パーティーもみんな男だったので女性との接し方がいまいち分かっていなかったりするため、しょうがないと言えばしょうがないのだが。
そこで頭に鋭い痛みが——
これは前世の記憶が思い出された時に必ず起こる、不思議な頭痛。