第59話、レイゼルの決意
「へー、闘気ってそんな事も出来るようになるんですね」
エルのこの感じ、侵食の恐ろしさを全く理解していないようだ。まぁ、実際に戦ってみないとわからないか。あの周囲が腐れ落ちていく光景の恐ろしさは。しかしどう説明しよう? あの危険性を知らないまま、仲間になるのはどうかと思うし。
「アルド様——」
一人考え込んでいると、レイゼルが声をかけてきた。そこでレイゼルに視線を移すと、なぜか両の瞳を閉ざしている。そして次の瞬間開かれた瞳には、決意のようなものが込められていた。
「——この花を犠牲にしても良いですか? 」
レイゼルの視線の先には、テーブル上の花瓶に添えられた一輪の花があった。
しかし犠牲とは? もしかして、皆に自身の危険性を知らせるため、今から侵食を使うのか?
しかし——
「レイ、侵食を狭い範囲だけで使えるのか? 」
「はい、手を翳せばその部分だけを腐敗させる事が出来ます。……それと実は、広範囲を侵食させるには私の明確な意思では出来ません」
あの範囲での侵食は、無意識に近い状態で発動していたのか。しかしレイゼルは皆に拒絶されるかもしれない可能性もあると言うのに。……率先して能力を見せようとしている。
……例えみんなが拒絶したとしても、私だけは見捨てずに付き合っていこうと思う。
「やってくれ」
「わかりました」
そうしてレイゼルが翳した手の平に、あの禍々しい闘気が溢れ出す。その闘気に触れた瞬間、花びらは枯れ落ち黒ずんだあと分解されて跡形もなくなる。そして花瓶の中に入っていた水の方は、茶色く濁りすいた臭いを放ち始める。
「うわっ、なんか凄いし臭い」
エルは鼻を摘み、露骨に臭そうな表情を見せる。
臭い、確かに臭いが——
「これが私の生きてきた世界です」
レイゼルは無表情で、淡々とそう述べた。
私は水に手を翳し無言でヒールを発動すると、その浄化の力で無色無臭へと戻す。
そこでレイゼルは続ける。
「そして先ほども言ったように私は気分が高まると、この能力を広範囲で発動してしまいます。……皆さんの命に危険が迫るかもしれませんが、それでも私を仲間にして頂けますか? 」
「まぁ捕捉をするとだな、この能力がどの程度制御出来るものなのかこの後私が見極めようと思っている。それでみんな、少し別行動を取ろうと思っているのだが、時間をくれないか? 」
みんなが神妙な面持ちで無言になる中、一人エルだけが頭の後ろに手を組んで話しかけてくる。
「具体的に、どんな事をするんですか? 」
「そうだな、二日ほど共に生活して見極めようと思う。ようは一緒に食事をしたり会話をしたり買い物をしたりだ」
するとレイゼルが身震いを起こした。
「アルド様、少し退席させて頂きます」
「えっ、あっ——」
そしてレイゼルは私の言葉を待たずして、サッと外へ出て行った。
「……しかしなんだか、デートをするみたいですね」
「でっ、デートですか!? 」
エルの言葉にわなわなと震え声を荒げたリーヴェが、視線を誰もいないところへ向ける。どうやら例の猫と話しているようだ。
「アッ、アルドくん、そのレイゼルさんの能力は、パラソル猫さん達が防ぐ事が出来ると言っています」
なに、あのレッドドラゴンのドラゴンブレスを弾いた力、闘気をも弾く事が出来るのか!?
「だからリーヴェも、その見極めに同行します! 」
「お姉ちゃん、よく言った」
「リーヴェ、本当に大丈夫なのか? 」
「はいです! 」
そうして明日からレイゼルを見極める事になったのだが、肝心のレイゼルはその日帰ってくる事がなかった。
そしてレイゼルは翌日の朝になっても帰って来なかったため、リーヴェと二人でレイゼルと出会った例の奇妙なダンスをしているモンクの隣で待つ事に。するとレイゼルは音もなくスッとこの場に現れた。
「レイ、昨日はどこに行っていたのだ? 」
「はい、実はアルド様と二人きりで行動すると考えただけで妄想が止まらなくなり、……その抑えが効かなくなりそうになったので、人気がいない町外れにて一人野宿をしていました」
「そうだったのか。ちなみにどんな時に能力を発動してしまいそうになるのか、具体的に教えてくれないか? 」
「今までは腕に覚えがある強者に遭遇した時とかにゾクゾクしていたのですけど、今はアルド様の事を考えると、こうゾクゾクしてしまいそうになっています」
「そっ、そうか。そしたら予定通り共に過ごして、そのゾクゾクを抑える訓練をしていかないとだな」
「はい」
そこでレイゼルの瞳にリーヴェの姿が映り込む。
「あの、どうしてリーヴェさんも、こちらにいらしているのでしょうか? 」
「あぁ、流れでリーヴェも抑える訓練について回る事になった」
「よっ、よろしくお願いします」
そこでリーヴェの猫達と、猫達の能力についてざっと説明をする。
「——と言う事でパラソル猫は五匹いるのでリーヴェを含めた五人を守る事が出来るそうなんだが、レイ、どうかしたか? 」
レイゼルは俯き、どこか元気がなさそうである。
「いえ、二人きりだと思っていましたので、少し残念に思っています」
そこでレイゼルが顔を上げる。
「昨日お二方にしたみたいに、頭をポンポンしてくれたら嬉しいです」
「なんだ、そんな事か」
言われたようにレイゼルの頭をポンポン叩く。
すると今度はリーヴェが『うぅぅ』と唸ったあと元気がなくなる。
その姿を見た私は閃く。
そうしてリーヴェの頭もポンポンしてみると、リーヴェは元気になったが今度はレイゼルが元気がなくなったように感じるのであった。




