第35話、天からの試練?
エルから無慈悲に投下されたその言葉の破壊力に、私の脆弱な精神は吹き飛ぶ。血流は大雨後の小川のように、脳内は時を忘れてしまう程の真っ白に。
……リーヴェのほうを向けない。と言うか、今のこの視線を動かす事すら出来ない。
しかしエル、なぜそんな事を今ここで言う? もしかしてお前は、私に試練を与えるために天界から送り込まれた神の使いだとでも言うのか?
もしそうなら私は、……逃げるわけにはいかない。失敗はしても良い、立ち止まっても良い。だがどんな困難であったとしても、私の成長のためと与えられた試練から尻尾を巻いて逃げる事だけは許されない。聖人ハウニに導かれし信徒として、私は前を向くのだ!
そこでチラリと、ほんのチラリとだけリーヴェを覗き見る。
リーヴェは顔を真っ赤にして俯いたまま、ただただ口をあわあわさせていた。
「アルドさんって——」
その呼びかけでエルを真正面に見据える。するとエルが、口元をニヤリと歪めるのが見えた。
「あれが初めてのキスですか? 」
こころを落ち着ける!
「……そうだが、なにか? 」
そこで手を握られる、リーヴェだ。
「ごご、ごめんなさいでした! 酔っていたとは言え、気持ちがふわふわしてててて、アルドくんのファーストキスを、いただだちゃいまして——」
リーヴェは、あの時の記憶があるのか。
「いや、そんなに謝らなくていいよ。それより酔っ払ったら誰でも彼でもキスするクセは、良くないと思うよ」
すると繋ぐ私の手が、ギュッと握り締められる。
「誰でもはしません、アルドくんだけです! 」
そこで見つめ合う形となっている私たちの間で、いっときの沈黙が流れた。
えっ? つまりそれって——
困惑のため何度もリーヴェが言った言葉の意味を考え直していると、リーヴェは片手で真っ赤に染める顔を隠しながら繋いだ方の手を上下に振り始める。
「えっ、ちっ、違うのです! あれ? あっ、違わないですけど、違うのです! 」
恐らくリーヴェ、既に自身でなにを言っているのか分かってなさそうだ。
「あぁ、わかった、わかったから落ち着くのだ」
そこで私の言葉を受けたリーヴェが、さらにあわわわとなる。
つまり今度は私がわかったと言った言葉に対して、なにやら間違って汲み取り更に混乱していると言う事、なのか? 兎に角ここは分かりやすく、私の意見を述べないと!
「じゃなくて、分からないがわかったから! そうそう、急用を思い出した! また明日な! 」
そして自室に戻った私は、雑念が邪魔をして呪文の研究が捗らなかったため、思い切って身体をゆっくり休ませる事を選ぶのであった。
◆
翌朝、早目に起きた私は、ダンジョンでのメモを眺め頭に入れ込む作業を行なう。これをしておくと、ちょっとした時間が出来た時などに呪文の研究を少しだけだが進める事が出来る。因みにこれは、前世から何かを学ぶ時に取り入れている習慣だったりする。
そして宿を出た私たちは、早速ギルドへ向かう。そこでクエストの受注と、ダンジョンで食す予定の昼食を酒場で購入した。それからダンジョンへ向け、歩いているのだが——
やはりリーヴェの新たな装い、少し露出が多い気がする。普段は外套で隠れているが、ふとした瞬間外套が捲れてスケスケ胸元やミニスカートが見えた日には、私の精神は緩と急により倍のダメージを受けてしまっている。またそれを心待ちにしているのか、風が吹き捲れた瞬間、必ず近くの男はリーヴェを見ていた。そのため人通りが多い中での移動中、私が盾となるようリーヴェの前を歩く羽目になってしまっていた。
しかしなんと言って説得するべきだろうか? リーヴェは今の服装が気に入っているようだし——
取り敢えず時間が経てば妙案が浮かぶかもしれない。この問題は一度保留にして、今は呪文の研究に集中してみるか。
そしてダンジョン断崖絶壁の虚空城へ着いた私たちは、城門を潜り噴水前にまで来ていた。私たちの他にも、ちらほらと冒険者パーティーの姿が確認出来る。
「わーいお姉ちゃん、冒険者の人たちが沢山いますよ! 」
「なんだか安心します」
因みにこの城下町エリア、最初に来た時は真っ直ぐ縦断する形で進んだが、実は横長に広かったりする。そして今回、他の冒険者の邪魔にならないよう極力人が少ない道を選ぶ予定にしているため、私は他の冒険者の動向を暫し伺っている。
ふむふむ、やはり普通ならそっち方面は避けていくようだな。
——と、そうそう。
「そう言えばリーヴェ、猫の力を借りた時は、いつもあの凄まじい威力になるのか? 微調整とか出来ないのか? 」
「えっと、ちょっと聞いてみますね」
そしてその場に屈んだリーヴェが一人ふむふむ言い始める。
どうやら猫に直接聞いているようだ。
そして話が終わったようで、立ち上がるリーヴェ。
「手加減はしない主義だそうで、それと好きな言葉は『完全燃焼』だそうです! 息子のハルカゼさんも、『漢は黙って熱血っす』って言っています」
「そそ、そうか」
今リーヴェが持っている新しい弓と、ララノアから譲り受け破壊してしまった弓は、強度に然程の違いはないだろう。つまりあの強力な矢を放つと、祝福を受けた状態でも一射で使い物にならなくなってしまう。
「リーヴェ、取り敢えず普段は猫の手は借りない方向で行こう。一射毎に弓を駄目にしていては、話にならないからな」
「わかりました! 」
とそこで、リーヴェの視線が何かを追うように移動したのち私の頭の上へ向く。
「……猫ちゃんたちも、それで良いと言ってます」
「ん? どうかしたか? 私の頭の上になにかあるのか? 」
「えっ、その、アオグさんが、アルドくんの頭の上に、座り込んじゃって——」
なに!?
手で触ってみるが、何も感じない。
「あの、気に入ったみたいです。それとこれからは見晴らしがいいそこで、ハルカゼさんに指示を与えるそうです」
「……そうか」
リーヴェの猫の正体についてだが、気配も何も感じないため何がなんなのか全く分からないお手上げ状態だ。
……いや、もしかしたら猫はアストラル界に存在しているのでは?そうなるとリーヴェの想念が形になったと考えるのが一番しっくりくるのだが、それだとあの威力上昇なんていう破格の力を低層のアストラル界に存在する猫が持っているのがおかしくなってきてしまうか。つまりアストラル界より高次な階層に存在する猫と言う事になるが、そうなると他の精霊召喚と同等の事を、リーヴェは訓練も下準備もなしで常時行なっている事になってくる。
しかも猫たち、肝心な事は秘密としか返答をしない始末。
……この謎も、保留にしておくか。
「取り敢えず二人とも、これから移動するから付いて来てくれ」
ダンジョン内のため東西南北が定かではない。そのため仮にここから見える城エリアを北と仮定すると、私たちは噴水広場から西方面へ向け進んでいく。こちらの町並みは住居がかなり密集している地帯で、建物と建物に挟まれた入り組んでいる狭い路地が続く。
ある種、迷路のようだな。
また狭い路地イコール突然の遭遇戦も多く、そんな危険な場所のためこちら方面には他の冒険者の姿を今の所一人も見ていない。
そんな場所によっては人ひとりがやっと通れる路地を早歩きで進み、極力敵は倒さずにひたすら移動に徹した。
結果駆け足で進む私たちの後方には、多くの彷徨う人形と骸骨兵士が殺到している。
「えっ? これって? まさかですよね? アルドさんって、そんな酷い人じゃないですよね? 」
私がこれから何をするか察したようで、エルが不安げな声で独り言を漏らし続けている。
さてと、ここらで始めるとするか。




