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第2話、リーヴェに迫る危機

 その日の晩——私たち使用人は厨房の一角にある八人掛けのテーブルを、所狭しという形で囲み食事をしていた。


 隣に座るメイド服のリーヴェは、既に首輪をしていない。

 ここに来る前、自室で外れたらしい。


 ユーリダス邸で働く使用人は計八名。

 そして今朝時点で首輪をしていたのは、私とリーヴェの二人だけであった。


 というのも他の人たちは持病を持っていたり怪我をしているけど高価な回復薬が買えずにそのままにしていたりと、低賃金のため働き手が集まりにくいこの屋敷でしか働けない人たちである。

 つまり奴隷期間の者でないため、首輪を必要としない。そんなわけで首輪付きは、私一人になってしまっていた。


 まぁこの首輪から感じるに、私のも明日の朝方には取れそうだがな。


 食事は進み木のスプーンで主食の穀物を混ぜたスープをすくい口に運んでいると、正面に座る大柄のおじさんであるジェームズさんがテーブル下に手を伸ばしゴソゴソしだす。


「ほれリーヴェ」


 そうして取り出した小箱を、ぶっきらぼうにリーヴェへ投げ渡した。

 それを受け止めたリーヴェは、戸惑った表情を見せる。


「ジェームズさん、いいのですか!? 」


「あぁ、餞別だ」


 リーヴェが小箱を開けると、花を形どった髪留めが入っていた。


「可愛いです」


 するとその瞬間を待っていたかのように、私以外の使用人たちがそれぞれ立ち上がる。そしてプレゼントを手にして、椅子に腰掛けるリーヴェの周りを囲む。

 そのため何も用意していない私だけが行儀よく着席しており、浮いてしまう形となった。


 まぁ、いつもの事だから、いいけどね。


「元気でやるんだぞ」

「リーヴェちゃん、美人さんなんだから変な男に引っかかるんじゃないよ」

「うぇーん、リーヴェお姉ちゃん、寂しくなりますですぅ」


 困惑顔のリーヴェは、抱きついてきている最年少の少女サニーの頭を優しく撫でると立ち上がった。


「みなさん、今までありがとうございました! 」


 頭を下げるリーヴェに対して、皆が温かな拍手を送る。

 もちろん気配を消している私は、拍手もしない。

 そこで皆の視線が、そっとしておいて欲しい私へと降り注ぐ。


「あと首輪持ちは、アルだけか」

「それも明日までだろ? 」

「いやー、とにかくめでたいね」


 幼い頃から一緒に働いてきた家族のような人たちの言葉に、柄にもなく感慨深いものを感じてしまう。

 しかし私は最後まで私らしくいたいため、そこは敢えていつもと変わらぬよう食事をする手を止めずに答える事に。


「今までありがとうございました」


 こうして使用人全てが会する最後の晩餐は、後ろ髪を引かれる雰囲気で行われた。



 ◆



 日が落ちて、かなりの時間が過ぎた。

 闇と同義語となった外気は冷気を纏い、自室の窓に水滴を作る。


 今日はあと出来るとすれば寝るだけなのだが、私は明日からの事を考えてしまい興奮してしまっていた。

 まぁ今日は徹夜をするつもりだったのでちょうど良いが。


 自室の寝台で横になりながら、ぼんやり天井を眺める。

 ……暇だな。

 あまりした事がなかったが、今夜が最後である。ユーリダス邸に連れてこられてからの事を思い出すか。


 新たな環境下での、いきなりの首輪。


 あれは子供ながらに戸惑うのは致し方ない事だろう。ただ屋敷で同じく首輪を付けた同年代のリーヴェを見つけた時は、自分だけではない事が分かりどれだけ勇気づけられた事か。

 口には出した事はないが、その時優しい声もかけてくれたリーヴェに私は感謝をしている。


 それと——


 環境の変化が引き金になったのか?

 ……屋敷に来たその日から毎晩、私は夢を見るようになる。

 それは不思議な夢。

 ここでは無いどこか。仄暗い洞窟のような場所で、今まで見た事もない禍々しい化け物たちと対峙している夢。


 最初は意味が分からなかったが、様々な場所で何度も違った化け物と向き合う中、いつしかそれは私の前世の記憶であることが分かってくる。

 そして断片的な夢のため全ては思い出せてはいないが、最終的に私は仲間達と共に『魔なる者』と相対し——


 とそこで現実に引き戻される。

 残念な知らせだ。

 私が展開していた全方位(オール)回復(ヒール)に反応(・・)が出たのだ。


 この全方位回復、市井では中級回復魔法(ネクストヒール)と呼ばれている。

 その中級回復魔法の真実の呪文(トゥルースペル)である全方位回復は、読んで字の如く発動させたら半径十メートル内の全てのモノを回復させる魔法なのだが、私はこれに少しアレンジを加えている。


 発動時に魔法を薄く引き伸ばす事により回復効果は無いにも等しい状態になってしまうが、最大半径百メートルまで効果範囲を延長。

 さらに展開固定している間、その内にある全ての対象の動きを感じ取る事が出来るように改良している。


 まぁ簡単に言ってしまうならば、感知魔法を得意な回復魔法をベースに再現した、ということである。


 そして首輪がギチギチと締め付ける中、私はこの魔法をある目的のために現在進行形で使用している。

 それはリーヴェをパオルから守るため。


 つい先ほど私たちが厨房の隅で食事をしていた時、通りかかったパオルが意味もなく首輪が外れたリーヴェだけを一瞬見たのを私は見逃さなかった。

 前から怪しいと感じていた、リーヴェに対するパオルの態度。あのギラついた目を見て、私の中で疑惑が確信に変わる。


 パオルは今晩、必ずなにかしらのアクションを起こす。


 首輪の締め付けによる窒息を起こさないよう七つある魔力回路を全て起動させ、肉体強化と滑らかな闘気を纏っている私は、音を立てずに立ち上がると一階に位置する自室を出る。そして女性たちが眠る屋敷の二階へと早足で向かう。

 リーヴェは良い娘だ。そんな彼女に悲しい思い、怖い思いをさせたくない。


 そこでパオルがリーヴェの部屋の扉を開け、そのままゆっくりと入室する姿が感知できる。


 そこからの私は呼吸と足音を場の空気に馴染ませる事により音を他者から感知されにくくすると、暗い屋敷の中を疾走するのであった。



 ◆ ◆ ◆



 はふぅー。

 またため息が出てしまいました。

 このため息の理由は、布団に入っているにもかかわらず眠気がこないことではなくて、これからの未来についてです。


 リーヴェとアルドくんは明日になるとこの屋敷を出ていきます。

 アルドくんは冒険者になる夢に向かって色々と計画しているみたいですけど、わたしはなにも考えていないです。


 ばっ、漠然とはあるんですけど、いや、それは夢であって、願望であって、誰にも言えないことであって——


 手をパタパタ振って、赤くなってしまっている顔を冷やします。


 でもアルドくん、本当にいい匂いがするなー。

 あの匂いが気になって、ふと気がついたらアルドくんの姿を探している自分がいるのです。


 これってなんなのかな?


 とっ、とにかく話は戻って、アルドくんが冒険者をするなら、リーヴェも冒険者になればずっと一緒に居られるかもしれないですけど、……体力がないのは致命的すぎますよね。


 リーヴェは生まれつき身体が弱かったそうです。

 いなくなったお父さまも言っていたですけど、リーヴェは生まれてからの数日間、謎の高熱にうなされていたそうですし。

 それに加えて魔力総量(キャパ)も普通らしいですし。


 ……っあ! ダメです、ダメなところばかり考えていたので、生きる気力が刻一刻と減っていっています。

 そうです、なにか良い点を挙げないと!


 リーヴェは目がいいのです!

 もしかしたら弓とか習ったら、お父さまのように扱えるようになるかも?

 あとは——


 そこでしんと静まり返る部屋に、扉の鍵が開くカチャリと乾いた音が鳴りました。


 えっ?

 わたしの部屋? こんな夜中に?


 続けてキイィィと扉が開く音に悪寒が走り、全身に鳥肌が。


 誰かがわたしの部屋に!?

 それに無臭ですけど、なぜかこれ以上その人から発される匂いを嗅ぎたくないと身体が反応しています。


 布団に潜り込み掛け布団を握りしめた状態で身体を丸くすると、足音が一歩二歩と近づいてきます。

 手足の先が冷たくなる中、目には涙が。

 そして——


 あれっ?

 良い香りがする?

 それに気配が二つになっているような?


 ……これって、アルドくん?



 ◆ ◆ ◆



 部屋に音もなく飛び込むと、ずんぐりむっくりなパオルの姿が目に入る。

 私はそのまま奴の背後に張り付くと、回した手で口と鼻を塞ぐ。そしてもう片方の手の親指と人差し指で後ろから後頭動脈を挟み込む形で首を握りこみ、両手でそのまま持ち上げた。


 すると私の手を振りほどこうとジタバタもがくパオルは、暫くするとフッと意識を失う。

 私はそんなパオルを肩に担ぐと、リーヴェを怯えさせないよう足早に部屋を後にしようとするのだが——


「アルドくん? 」


 思わずその言葉に足が止まってしまう。


 ギギギと時間をかけて振り返れば、寝台から上体を起こし掛け布団を胸元で握るようにして身体を隠しているリーヴェと目が合ってしまった。


 彼女はこちらをチラチラ窺うだけで、それからなにも発さない。

 どうやら私の言葉を待っているようだ。


「……パオルは酔って部屋を間違えたようだ。私が送り届けるから、だから、安心して寝ているんだ」


「う、うん、わかりました」


 そこでパオルが合鍵を持っているだろう事を思い出す。私は担いだままポケットを調べ鍵を見つけると、リーヴェの目の前で指三本を使い鍵をひん曲げてみせる。


「あと扉の施錠もよろしく」


「わかりました」


 そこで踵を返し立ち去る中、私の背中に向かってリーヴェがありがとうと言ったのが聞こえてきた。


 パオルを担ぎ走る私は思考する。

 さてと、これでまたパオルが変な気を起こしたとしても、リーヴェの部屋には入れないはず。

 ただ念には念を入れて、催眠術もかけておくとするか。


 暖色系のランプが灯るパオルの寝室に入ると、奴をふかふかの寝台に寝かせる。

 そして布団をかけてから奴の頭頂部に手を置くと、頭の中で幻影思考(イリュージョン)の呪文を構築して発動させた。

 魔力の発動で、私の手のひらが一瞬だけ淡く赤色に発光する。


 これでよしと。

 まぁ幻影思考の呪文はまだまだ完璧とはほど遠いが、寝ている無防備な相手にならば多少は効力を発揮するはず。

 奴はこれから世にも恐ろしい悪夢をみることになるので、起きたとしても変な気になる元気はなくなっているだろう。


 さてと自室に戻るか。

 そう思い部屋を後にしようとして気がつく。

 パオルの奴、他にも合鍵を持っていたらどうしよう?

 それから部屋中をくまなく探してみたが、鍵は見つからなかった。


 私は自他共に認める、気になり始めたら解決するまで気になるのが止まらないタチである。

 もう一回だけ探してみた、でも見つからなかった。

 もう一本の鍵は存在しないのだろうか?


 ……それに幻影思考の呪文、考えれば今世では初めて人への使用だったよな?


 私が扱う魔法、実は真実の呪文(トゥルースペル)が判明していないものは前世と比べるとその全てがなぜか弱体化してしまっている。

 もしかしたら、幻影思考の魔法も弱体化しているのか?

 いや、仮に効力が落ちていたとしても、流石にかかっているだろう?

 流石に——


 そうして自室に戻った私は、全方位回復の索敵バージョンを徹夜で行なうのであった。

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