第11話、ルーデ教の集落
わたしは——
微睡から目覚める中、青々とした木々と木漏れ陽、そして誰かが私を覗き込むようにして見下ろしている事に気付く。
「……わたしは」
「その、おはようございます」
……どうやら私は、リーヴェに膝枕をして貰っているようだ。
「連日森の中の移動だったからですね! 疲れが溜まっていたのだと思います! 」
確かに疲れからくる頭のモヤと、若干の身体の怠さが無くなっている。
「私はどれだけ寝ていたのだろうか? 」
「二時間くらいです」
「もしかして、ずっと膝枕をしてくれていたのか? 」
「はっ、はい」
「重かっただろ? 」
「そんな事はありません! それに、アルドくんは良い匂いがしますし——」
良い匂い?
言われて気がつく。私の鼻に、布が詰め込まれている事に。それを引き抜いてみると、布の先端が鼻血で赤く固まっていた。
「……これは? 」
そこで思い出す。リーヴェを助けようとして彼女のあられもない姿を見てしまった事を。
私は勢いよく上体を起こす!
「リーヴェ、すまなかった! わざとじゃなかったんだ。私は助けようとして——」
「あわわっ、アルドくんは悪くないです! リーヴェのほうこそ、汚い物を見せてしまって、ごめんなさいです! 」
「汚いだなんて! リーヴェは綺麗だ、魔なる者の城に飾られていたどの彫刻よりも……」
私はテンパって何を言っているのだ?
「とにかくだリーヴェ」
「はっ、はい! 」
「……疲れも取れたから、先に進むとしようか!? 」
「はい! 」
しかしこの私に弱点耐性が存在していたとは。
確かに前世の私は聖職者であったため、生涯女性を知る事はなかったはず。
まぁ、今世も勿論知らないわけなのだが、しかしそれがまさかこの様な事態を招いてしまうとは。
そう言えば先程思い出したばかりだが、私は魔なる者の城に乗り込んだ際、通路の中央を貫くようにして敷かれた真っ赤な絨毯の両脇に、等間隔に置かれた女性の裸体像を見て精神的ダメージを受けた過去があった。
つまり私は——
早々に克服したほうが良いのだろうか?
そこでリーヴェの艶かしくも張りのある、扇情的な裸体を思い出してしまう。
いかん、私は何を考えてしまっているのだ。第一どうやって克服をすると言うのだ。この考えは消去だ。別の事を考えるぞ、とそこでふとカエルの事が頭に浮かぶ。
「リーヴェは、蛙が苦手なんだな」
するとリーヴェの表情が曇る。
「お父さんと狩りに出かけたある日、お父さんがカエルを沢山取ってくれたのです。栄養価が高いと言って焼いて食べる事になったのですけど……、動いたのです。私の口に入ったカエルが、ピクピクって」
生焼けだったのか。
それにたしかリーヴェは猫舌だったからな、納得。
「それは、ビックリするかもな」
「はい、ビックリして泣きまくりました。それからリーヴェは、カエルを見たら震えが止まらないのです」
……やはりリーヴェ、どこか抜けているため目が離せないな、と改めて思うのであった。
森での移動は四日目を迎えていた。
そしてその日が終わりに差しかかろうとしている夕暮れ時、遂に私たちは無事ギギの森を抜けるのであった。
「アルドくん、やりました! 森を抜けたです! 」
「あぁ、それに手間が省けたな」
そう、森を抜けると目の前に集落が現れた。
街道に出たらそこから近くの町を目指す予定にしていたため、これは嬉しい誤算——
そこで見張り小屋に掲げられた、ある旗印が目に入る。
ここはルーデの集落か。嬉しい、と言うのは前言撤回、取り消しだ。
この世界には大きく分けて五つの勢力、宗教が存在する。
まず一番信者数が多いとされるエルグドルグ教。細かい事を言えばキリがないが、簡単に言うなら全種族を差別しない、人族とエルフなどの亜人族双方に信仰される基本友好的な宗教である。
次に多くの亜人族が信仰する偶像崇拝の宗教が、アニマ教。
必ずいると噂されているが確認が取れていない、極小数で生け贄とか過激な事をやっていると噂される、邪神信仰真っ盛りなファロス教。
前世の私が入信していたのがレダエル教。私が知る以前とは違い、目には目をの精神に変わってしまっているが、ここもエルグドルグと同じく、信仰心が有ればどの種族でも入る事が出来る。
そして最後に、人族のみで構成され階級制度を取り入れた宗教がルーデ教だ。
このルーデ、亜人はもちろんハーフも迫害の対象で、とにかく人間至上主義の奴らである。大抵の街にはエルグとレダエル、そして小数のルーデが存在するが、ルーデは貧困な町に行く程割合が多く、私が生まれたイスラの町なんてここと一緒でもろルーデである。
性質としてみんな普段は大人しい。だが物が無ければ亜人たちから取れば良いという発想でいるため、何か事が起こればすぐに悪さをしてしまう。また魔族狩りと称して、エルフやドワーフ、そして他の亜人やハーフたちを虐殺してきたのは、大抵の物語でルーデたちだ。
「リーヴェ、この村に立ち寄るのはやめておこう」
「えっ? あっ、はい」
私の後をハテナ顔でついてくるリーヴェ。
もしかして、リーヴェはルーデの事を知らないのか? リーヴェはハーフダークエルフである。それは生涯付き纏う真実。それなら事実を知っておく必要があるはず。
「リーヴェ、ちょっと嫌な話をするが、良いかな? 」
「はい! 」
そうして私は、ルーデ教の事を掻い摘んで話した。
リーヴェは終始静かに聞いていたため、理解をしてくれたようである。
「あの、お兄さんたち、旅人さんですよね? 」
声に振り返れば、年は十二、三ぐらいだろうか?
木の皮で網目に編み込まれたカゴに痩せ細ったリンゴを入れた、髪の毛がボサボサの少年が立っていた。そしてこの少年、転倒して顔面を打ち付けたのか右目の回りに青痣がある。
「良かったら買って下さい」
「……いくらだ? 」
「本当だったら一つ銀貨一枚なんですけど、特別に青銅貨五枚で大丈夫です」
高いな。相場は青銅貨二、三枚。しかも状態が良くないから、二枚でも高い程だ。
まぁよそ者や無知な者に高く売りつけるのは商売の鉄則だが、……こいつも必至なのだろう。
それと少年、運がよかったな。
「その値段で二つ貰おうか」
「あっ、ありがとうございます! 」
そしてこれは何かの縁、特別サービスだ。
少年の青痣を完治させるため、瞬時にヒールを飛ばす。
「うぉわっ!? 」
そして少年は、後ろにひっくり転ける形でヒールを回避した。
「びっ、ビックリした! 」
少年は驚愕の表情で声を上げている。
と言うか、なんだと!? 偶然とはいえ、ヒールを躱した事はまぁいい。しかしこの少年、今ヒールが見えたのか?
ヒールは他の魔法と違って、裸眼で見ることは難しい。そして貧困層の者が、独学で魔法の修行を行えるわけがない。つまりそれは、この少年は魔法を肌で感じ取る事が出来る、魔力回路が自然と機能している証。
……少年、過去に転落事故にでもあったのか?
「……アルドくん」
「あぁ」
そして薄汚れた服がめくれたため、少年の腹部にも複数の青痣が有るのが見えた。
「その、さっきのは? 」
少年は怯えるような目で、ヒールを飛ばした私を凝視している。




