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第5話 スキーとチョコレート


(一)


 これは、前年のスキー話の続き、「続・俺がスキーに連れてってあげます!」的なお話です。



 さて、今年もやってきましたスノースポーツシーズン。

 本当なら実家のこたつでぬくぬく過ごすのが大好きな由利香も、あやねちゃんの、今年も一緒にスキーに行きたい、との希望とあっては断れない様子。

 前回のスキー場がとっても良かったので、今年も行き先はそこと決めました。


 宿泊も前回と同じく、あやねちゃん一家はゲレンデそばのホテルに。

そして『はるぶすと』組は例のコテージです。

 皆でコテージでも良かったのですが、ちょっとゲレンデから離れているので志水さんにはきついかなと言うのと、今年も気が弱くてあからさまには言ってこられませんが、何やら神さま方がソワソワされているからです。

 志水さんとあやねちゃんは大丈夫ですが、坂ノ下夫妻は見えない人なので、神さまがいらっしゃってるとか、説明するのが大変ですもんね。


 そして今年の移動は、毎回大荷物の由利香が行くにしては珍しく? 鉄道を利用しました。

 あやねちゃん一家とワイワイしながら行けるし、何より、かのホテル、スキーはもとよりウェアまで借りられるのですから。

 それこそ手ぶらでスキーにいらっしゃい! が売りなので荷物はそこまで多くなくても大丈夫。

 それから、今年は夕飯はあやねちゃんたちと一緒にホテルで取る事にしたので、ディナーの食材とかも必要なく(とは言え、朝食はソワソワ神さまのリクエストで、またビュッフェになりそうですが)夏樹の荷物もそう多くはありませんでした。


 鉄道駅からホテルの送迎バスに乗り換えて、無事到着。

 ひとやすみしたらホテルのロビーに集合の約束をして、ふた組はそれぞれの宿泊場所へ行きました。




「うー、着いた着いた」

「今回は運転お疲れさんじゃないよな」

「そうね、だから早速お茶を用意しなさい、夏樹」

「ええー? なんで俺ー?」

 とか言いつつ、夏樹は楽しそうに勝手知ったるコテージのキッチンに入っていく。

「え? 紅茶にコーヒー、ハープティに日本茶まで持って来たのかよ」

 手伝おうと同じようにキッチンに入った椿が、なぜか段ボールにどっさり入ったお茶のたぐいを見て目を丸くする。

「お前、段ボールなんて持ってたっけ? なんとかポケットから出したのか」

「ハハ、まさかー、ホテルに頼んでOKもらって、宅配便で送っておいたんだよ」

「うえ、さすが料理命の夏樹。あ、ここではお茶命?」

 可笑しそうにけれど感心したように言う椿に、ふん、と鼻高々な夏樹だった。

「じゃあ、食材も?」

「いんや、さすがにそこまでは……」

 と、珍しく苦笑しつつ言ってパントリーに目をやると。

 なんと言うことでしょう!

 今まで空っぽだったパントリーに、海の幸山の幸がどっさり現れたじゃ、ありませんか!

 そして楽しそうな声も聞こえてきます。

「今年も頼むぞよ~、ミッション・インポッシブル!」

「おお~良い発音じゃ、練習してきたな」

「わしも言うぞえ、モーニング・ビュッフェ!」

「おお、こちらも良い発音じゃ」

 神さまがやんや、やんやと嬉しそうに浮かんでおられます。


 これには椿もぽかんとするしかなかったのだけれど、次にはブッと吹き出して言った。

「今年もやるのか、朝食ビュッフェ。けど、前回のリベンジが出来るな」

「お、おう」

 そう、前回はディナーに力を入れすぎて、片付けもままならないうちに爆睡してしまった夏樹。なので朝食はほとんどシュウに任せてしまい、実をいうとそれが結構悔しかったりしたのだ。

 バン、と背中を叩いてくれた椿はその気持ちも知っているのだろう。

「期待してるぜ」

「当たり前だ」

 ニカッと笑い合って、今回はグータッチなんかしたあと、夏樹は由利香に声をかけた。

「由利香さーん、飲み物何にします? コーヒー、紅茶、ハーブティ、日本茶各種揃ってますよ~」



 お茶で鋭気を養った『はるぶすと』組がホテルに着くと、そこにはもう用意万端整えたあやねちゃん一家が待っていた。

「うわ、すんません」

「お待たせしました」

「滑る気満々ですね~」

 三者三様の言葉をかけて、彼らの元へ急ぐシュウたち。

「いや、いいんだ。紫水くんが言ったとおり、滑るのが楽しみでな」

 何を隠そう、坂ノ下親方はスキーが超お上手なのです。

「はいはい、じゃあおふたりはちょっぴり難しいコースへ出てらっしゃい。あやねは私がお供するから」

 志水さんが気を利かせてそんな風に言った。

 けれど次にあやねの口から出た言葉に、皆が驚く。

「えっとね、おばあちゃん。私、今日はあさくらくんと滑りたい」

「え?」

「へ?」

「おお」

 最後のは親方。

 もちろん、心の中では「そうか、あやね! 朝倉くんにきめたのか!」と言うフレーズが飛び交ったのは言うまでもない。

 これに一番驚いたのは、夏樹だろう。

「えっと、あやねちゃん、俺でいいんすか? シュウさんじゃなくて?」

「うん! あさくらくんがいい! 教え方も上手だし」

 このセリフにまたまた皆が驚いたり喜んだり。

 ただし一筋縄で行かない方がいらっしゃるのも忘れてはいけない。

 ふうん、と言う顔をしていた冬里だが、その場を締めるようにパンとひとつ手を打った。

「じゃあ、それでいいんじゃない? いいですよね、親方?」

「うむ? ああ! わしは大賛成だ!」

 大喜びな坂ノ下さんに、何が? と突っ込みたい由利香だったが、ふふ、と可笑しそうに笑うと、大いに宣言した。

「だったら皆さん、早速滑りに行きましょう」



 椿との超難関コース一騎打ち! が出来なくて、ちょっぴりがっかりな夏樹だったが、まだ明日も明後日もある、と、気を取り直し、あやねを伴って初心者コースへと向かう。

 前回も思ったが、さすがは坂ノ下夫妻の娘。

 最初はおっかなびっくりだったあやねだが、勘を取り戻すと驚くほど上達していく。

 楽しそうなあやねに、コーチを引き受けて良かったと思う夏樹だった。


 で、他の方々は。

 坂ノ下親方は、そうはいっても心配のあまり初めはあやねに着いていこうとして、奥さまに上級コースに引っ張って行かれ。

 冬里に超難関コースの果たし状を突きつけた椿は、「うーん、今日は僕、志水さんと滑りたーい」とあっさり振られてしまう。

 ガックリしつつも、

「なあに、椿、私を放っていくつもりだったの」

 との由利香さまのお言葉に苦笑いしつつ、中級コースに挑戦すると言う由利香のコーチを引き受けるのだった。

 さて、珍しく皆に振られたシュウだったが、「ご一緒しませんかな?」との弦二郎さんのお誘いを受けて、椿には悪いと思ったが超難関コースへと向かって行った。



 何本目かのコースの途中で。

 夏樹は後ろを滑っていたあやねに、端に寄るように手で示す。

「どうしたの?」

 あやねが不思議そうに止まって言うと、スキーの調子を見る振りをしてあやねの前にかがんだ夏樹が言った。

「あやねちゃん、何か俺に頼み事があるんすか」

「え? ええっ、なんでわかったの?」

「うーん、なんて言うか、俺の勘?」

「すごい、あさくらくん、勘が良いんだね」

「うーん、冬里ほどじゃないけど」

 そんな風にしゃべりながら、あやねが言いやすくなるのを待っていた夏樹。

 そのうちに意を決したように話し出すあやねのお願いに、またまたびっくりする。

「あのね、あのね、もうすぐバレンタインでしょ。でね、バレンタインってお世話になった人にチョコレートを送るんでしょ。でね、あやねも送りたいの。だから、あさくらくんにチョコレートの作り方を教えてほしいの。一緒に作ってほしいの」

 思ってもみなかった言葉に、一瞬、ポカンとしてしまった夏樹だが、軽く頭を振って気を取り直す。

「えーと、えーと、ええ?! でもさ、それもやっぱりシュウさんで良いんじゃないの? 俺としてはとっても嬉しいけど、シュウさんの方が」

「だって、くらまくんにも渡したいんだもの」

「へ?」

「くらまくんに渡すチョコレートの作り方を、くらまくんに教えてもらう訳にいかないし」

「えーーーーっと、それって……シュウさんに、こ、こ、告白?!」

 あたふたして言う夏樹を、今度はあやねがポカンとして見ていたが、しばらくしてブブッと吹き出す。

「まさかー、あさくらくんっておもしろーい」

 しばらく楽しそうに笑っていたあやねが笑顔のまま言った。

「くらまくんには最初お父さんが色々迷惑かけちゃったし、日ごろお世話になってるし。あとはね、お父さんとお母さん、おばあちゃんとおじいちゃん。それからアイちゃんとレイちゃんと……」

「前に言ってた正ちゃん?」

「うーん、正ちゃんはねえ、モテすぎて最近いい気になってるから、あげなーい」

 ふん、という感じでそんな風に言うあやねに、今度は夏樹がブブッと吹き出す。

「アッハハ、そうっすか、だったら正ちゃんなんか吹っ飛ばせー。あ、代わりに俺にくれればいいっすよ」

「え? でも」

「俺はあやねちゃんにもらえれば、嬉しいっす」

「うん、ありがとう。だったらあさくらくんにもあげる」


「僕には?」

 するといきなり、2人の横から声がした。

「ととと、冬里!」

「しすいくん? ああ、びっくりした」

 そこには、いつもながら神出鬼没の冬里がニッコリ笑って立っていた。

「冬里! 志水さんと滑ってたんじゃ!」

「うーん、そうだったんだけどね。なんか由利香が中級コースビュンビュン滑れるようになってさ~、志水さん持って行かれちゃった」

「へえ、じゃあ椿も?」

「あ、椿はね、超難関コースにシュウがいるよ~って教えてあげたら、飛んで行っちゃった」

「ええーーー! 椿! 俺との勝負はどうしたー!」

 悔しがる夏樹に、あやねがちょっぴりシュンとした。

「ごめんね、あさくらくん。あやねがあさくらくんが良いって言ったから」

 ハッと気づいた夏樹は、手をブンブン振って言う。

「え? 違うちがう、あやねちゃんのせいじゃないし。それに実はさ、俺にチョコレートの作り方を教えてほしいって言ってくれたとき、俺、すっごく嬉しかったし」

「ホント?」

「うんうん、ホントもホント!」

 首を縦にガクガク振りながら言う夏樹に、あやねもほっとして笑い出す。

「よかった」

 そんな会話をしている2人の横で、冬里がクルクルと人差し指を回している。しばらくしてそれが止まったかと思うと、またとんでもない事を言い出した。

「じゃあさ、チョコのデザインとかはまた後日考えるとして、チョコの基本的な作り方は、今、教えてもらえばいいんじゃない?」

「へ?」

「え」

 また何を言い出すんだと思う夏樹だが、冬里相手に滅多なことは言えない。かわりにあやねが言ってくれた。

「今って、しすいくん、今ここで?」

「今だけど、さすがにここじゃないよ」

 不思議そうに首をかしげるあやねに、夏樹だけは真相がわかった。

 きっと。

「って言うことだからさ、ヤオヨロズ~」

 やっぱり。

 するとそのすぐあとに、空の上から、神々しい(と、百年人には思える)声がした。

「(なんだあ、またやっかいごとかあ)」

 声がしたかと思うと、3人は『はるぶすと』組が泊まるコテージにいた。もちろんスキー板はコテージの外に立てかけられているし、ゴーグル手袋その他の重装備は乾燥室で干されている。

 雪で濡れていたはずのウェアも乾いている。


「え、あれ?」

「だと思った、冬里~」

「なに? シュウにはないしょなんでしょ? だったら今しかないじゃない。今日はスキー初日で、みんな滑るのに夢中だからさ、あのシュウでさえもね、フフ」

「えーと、ここって」

 あやねがキョロキョロと回りを見回すので、夏樹が説明役を買って出る。

「あ、あやねちゃん、ごめん。えーと、冬里が余計なお世話……、ひえっ、じゃなくて、気を利かせてくれて、俺たちが泊まってるコテージに、えーと、神さまに頼んで、運んでもらったんだ」

「神さま……」

 あやねが言うのに、ズガガーン! と音がして、そこにヤオヨロズが現れる。

「よう、驚かせてすまないな。俺はヤオヨロズってんだ。よろしくな」

 きょとんとしていたあやねだが、さすがにそこは志水の孫だけのことはある。

「はい! ヤオヨロズさん、ですね。ご協力、どうもありがとうございます」

 ぴょこん、とお辞儀をするあやねに、ヤオヨロズもちょっと目を見開く。

「ガッハハハ、うん、良い子だ。冬里、夏樹、あとはよろしく頼んだぜえ」

「うん、いいよ~」

「はい! 任せてください!」

 2人の返事に満足したように消えて行くヤオヨロズ。

 そんなヤオヨロズに可愛く手を振っていたあやねだっが、完全に姿が消えてしまうと、気を取り直したように冬里と夏樹に向き合う。

「今日はよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げるあやねには、あの冬里でさえ感心したように微笑んていた。


「はい、よくできました。頑張ったっすね、あやねちゃん」

 夏樹の声に、頬を紅潮させて笑うあやね。

「どう? だいたいわかった?」

「うん! とってもわかりやすかった。ありがとう、あさくらくん、しすいくん」

「あとはデザイン、つうか、誰にどんなものを渡したいかをあやねちゃんが考えて、形にしていけばいいだけなんすよ」

「それが一番難しいところだけどね」

 冬里が言うのに、頷きながら真剣に考え込むあやね。

 表情が硬いなあ、ほぐさなきゃ~と夏樹が思いっきりの笑顔を向けようとしたところで、どこからか、ふわあ、と、あったかくて楽しげな風が舞いこんできた。

「ほほう、なんとかわゆい子よのお」

「ほんにほんに」

「ミッション・インポッシブル!」

「モーニング・ビュッフェ!」

 ちょっと違う……

「え……、だれ? 」

「明日、迷惑顧みず朝食をむさぼりに来る神さま方」

「冬里! ええっと、あやねちゃん、この方たちも神さまっす。それで神さま方、俺は迷惑なんて思ってませんから! 俺、前回のリベンジ出来るのが本当に嬉しいんす!」

 冬里の毒舌にしょんぼりしていた神さま方が、夏樹の言葉にぱあっと笑顔を取り戻す。

「楽しみたのしみ~」

「やんや、やんや~」

 あやねは、めまぐるしく変わって行く事の成り行きに驚いていたが、そのうち、神さま方のあまりの自由奔放さにだんだん楽しくなってきた。

「うふふ」

 そして、とうとう可笑しそうに笑いだす。そんなあやねがふと気付いた。

「あのね、神さま。今、あやねが作ったチョコレートがあるの。良かったら、ええと、試しに」

「試食っすか? それはいいっすね」

「うん、良かったら試食して下さい」

 ニッコリ笑って、たった今作ったばかりのチョコレートを差し出すあやね。

 神さま方が断るはずもなく、コテージはしばしチョコレートの試食会場となった。


「では、どこへ送ろうぞ」

 試食で大満足した神さまが、皆を好きなゲレンデへ送ってくれることになった。

 夏樹はもちろん、

「じゃあ、超難関コースにお願いします!」

 と、シュウと椿のいる超難関コースに現れ、椿をヘロヘロにしていく。

「じゃあ、あやねは、今度はしすいくんと滑りたい」

「姫の仰せの通りに」

 あやねは冬里と共に、初心者コースへと降り立つ。

 しばらく姿が見えなかったあやねを心配していた坂ノ下親方は、今度は冬里と共に楽しそうにコースを滑り降りてきたのを見て「朝倉くんとはうまくいかなかったのか?」と、またちょっとずれた思いを持つのだった。

 その日のディナーは、それぞれがそれぞれの思いを胸に秘めつつ、和やかに過ぎていった。


 次の日は、なんと椿が超難関コースで夏樹にリベンジを果たす! 

 そしてそして、上級コースに挑戦しようか迷っていた由利香は挑戦したのだが、見事に脱落し、「もう絶対上級者コースなんか行かない!」と宣言し。

 あやねは志水と弦二郎のあたたかい指導により、スキー2回目にして中級者コースを滑り降りられるようになった。


 え? モーニング・ビュッフェ! のミッション・インポッシブル! はどうなったかって?

 もちろん、夏樹の張り切りで、シュウが太鼓判を押すほどの出来映えだったとか。


 こうして「続・俺がスキーに連れてってあげます!」は、大成功で幕を閉じたのでした。




(二)



 スキー旅行からこちら。

 夏樹は休日になると、どこかへ出かけるようになった。いや、休日に限らず、ディナーの予約が入ってない日などにもランチ営業が終わると「ちょっと出て来ますねー」と、何やら楽しそうに出かけていく。


 休日やデイナーのない夕方なのだから問題はないのだが、シュウは首をかしげる。

 今までなら、暇があれば新メニューの開発に時間を費やしていた夏樹がだ。

「(新しい友だちでも出来たのかな)」

 そう言えば、フェアリーワールドで友だちが出来たときも、今ほどではないがよく出かけていたなと思う。

「あれ~今日も出かけちゃったね。夏樹もそろそろ親離れかな」

 シュウの心を読んだように冬里がニッコリ笑って言う。

「親離れって……」

「ま、そのうち新しいスイーツでも携えて帰ってくるんじゃない? 可愛い子には旅をさせろ、だよ」

「新しいスイーツ? 何か聞いてるの、冬里」

「さあ?」

 はぐらかす冬里に、まったく、とため息をつくシュウだが。


 実はシュウの方も休日は忙しくなっているのだ。

 それは何故かと尋ねれば。

「来たわよー、あれ? 今日も夏樹はいないのね? でも、大丈夫。私には鞍馬先生という強い味方がついてるもんね」

 リビングのドアがバーンと開いて、由利香が遠慮のかけらもなく入ってくる。

 そうなのだ。

 スキー旅行から帰ると、由利香が『はるぶすと』の従業員にオーナー命令を出したのだ。

「私にチョコレートの作り方を授けよ!」

 ってね。

 そう、由利香は今年、椿に渡すチョコレートを手作りすることに決めたらしい。

 そして、いつもなら真っ先に手を上げるはずの夏樹が、何故か今回は乗ってこず、仕方なく? シュウに講師を頼むことにしたのだ。

「お邪魔します」

 由利香のあとから、何故かチョコをもらうはずの椿まで入ってくる。

 椿にはすでにバレバレ? と驚かれた方もいらっしゃるかと思うが、由利香が「こそこそ作るのはいやなの」と、最初に手作りすることを宣言し、それを聞いた椿が、「それなら俺も教えてもらいたい」と言い出して、2人で講習を受けることになったのだ。

「いらっしゃい。夏樹がいなくて椿も寂しいと思うけど、ゆっくりしていってね」

 冬里がニッコリ笑って言うのに、こちらもニッコリ笑って返事をする椿。

 実はこの2人は夏樹がどこへ行っているか知っている。

「ありがとうございます。いやあ、静かでいいもんですよ」

「あ、あとで夏樹に言ってやろう」

 由利香がエプロンを着けながら冗談ぽく言う。

 その横で椿もきちんとエプロンを装着する。

「「鞍馬先生、よろしくお願いします!」」

 準備万端整ったところで、2人は声を揃えてシュウにお辞儀をした。




 さて、その頃夏樹は。


「お邪魔しまーす」

 と、志水の家に入って行く。

「あら、いらっしゃい、あやねももう来てますよ」

 なんと、こちらもチョコを渡すはずの志水の家で、堂々と? チョコの製作に励んでいるのだ。と言うのも、弦二郎さんがいるため、このおふたりにばれずにチョコを作るのはどだい無理な話だったのだ。

 それに、あやねの家だと親方たちにばれるし、『はるぶすと』2階リビングだとシュウにばれてしまう。

 だったらこれ幸いと、最初からバレバレの志水の家で作らせてもらおうと言う事になったのだ。


「じゃあ、始めようかな」

「はい、よろしくお願いします」

 チョコレート作りの基礎はスキー旅行ですでに獲得しているので、ここではデザインを考えていく。ただ、平面に書いたアイデアが実物では自分のイメージ通りになるとは限らないので、煮詰めたところで実際に作ってみることも忘れない。

「あれ? ……う~ん、ええと……、なんか違う」

 なかなか自分が思うイメージ通りには行かないようだ。

「大丈夫っすよ、あやねちゃんはこのチョコ、どういう風にしようと思ってるんすか?」

「あ、えっとね、これはアイちゃんとレイちゃんにあげるのだから、うーんと可愛くしたいの!」

「うーんと可愛くかあ」

「そうねえ、だったら……」

「こういうのもありかもですな」

 志水さんと弦二郎さんも、あやねのために協力を惜しまない。

 こうして、ひとつひとつ、あやねの思いが詰まったチョコが出来上がっていった。




 そして――

 やってきました、バレンタイン!


 朝一で、坂ノ下夫妻に手作りチョコを渡したあやねちゃん。

「これを? あやねが作ったのか?」

「まあ、なんて素敵」

 お父さんはお酒が好きなので、ボンボンショコラだけど日本酒の入ったのを、お母さんは甘いチョコが大好きなので、スイートなミルクチョコを。

 ラッピングだって頑張ったんだから。

 親方は文字通り号泣し、奥さますら珍しく目が潤んでいた。


 バレンタイン当日は平日なのだが、★市はのんびりした街なので、学校の方もそれほど厳しくバレンタインの規制はしていない。ただ、贈り物や交換は昼休みか放課後に限ると言われている。

 なので、お昼休みにアイちゃんとレイちゃんにチョコを渡したあやね。

「え? これ、あやねちゃんの手作りなの! 」

「さすがねえ」

 アイちゃんは元気に驚いてくれて、レイちゃんは静かに感動してくれてる。

 で、アイちゃんに気づかれないように、そっと、あのこたちにも贈り物を。

 あのこたちって言うのは、ポンポン弾んだり、風を届けてくれたりする、あのこたち。悲しくなったりすると、いつも慰めてくれる優しい仲間。

 おじいちゃんみたいにおばあちゃんに食べさせてもらう訳には行かないので、チョコではなく、神さまに教えてもらった綺麗なキラキラを。

 レイちゃんが微笑みながら、それとわからぬように頷いてくれた。


 その日の放課後。

 あやねはまた寄り道をする。

 通りから葉っぱが落ちた桜の木が見える。綺麗に整えられた庭を通って、エントランスの向こうの玄関には、CLOSEの札がかかっている。

 横の窓からちょっとだけ中の様子がうかがえる、んだけど。

 なんだかソワソワと落ち着きなく動く人影が見える。ふふ、きっとあさくらくんだ。今日の放課後に行くよって、言ってあるもんね。


カラン

「いらっしゃいませ! じゃなかった。すんません、もうランチ営業は終わり、……あれ、あやねちゃんじゃありませんか、今日はどうしたのですか」

 扉を開けると、案の定あさくらくんが最初満面笑顔で、でも、ハッと気づいてそのあとは下手な役者みたいなしゃべり方をする。

「あ、えーと。くらまくんはいますか?」

「はい、くらまくんですね。かしこまりました。くらまくん、くらまくん」

「夏樹、なに緊張してるの。シュウ、お客さんだよ」

 すると後ろからしすいくんが現れて、キッチンの向こうにいたくらまくんを呼んでくれた。

「いらっしゃいませ、あやねちゃん。今日はどうされましたか」

 くらまくんはいつもの丁寧さで、くるりとキッチンから出て来てくれた。あやねは店に入る前にランドセルから取り出して手に持っていた、綺麗にラッピングされた箱をくらまくんに差し出した。


「?」

 不思議そうに首をかしげるシュウに、あやねが精一杯の説明をする。

「あのね、今日はバレンタインでしょ。バレンタインはお世話になった人にチョコを送る日だって聞いて、で、お父さんが色々お世話をかけてるから、くらまくんにチョコを送ります。えっとね、あさくらくんに頼んで、チョコの作り方を教えてもらったの。だからこれは、あやねの手作りです」

 説明を聞いているうちに、最近の夏樹の行動が読めたシュウだがそんなそぶりはおくびにも出さず、優しく微笑みながらそのチョコを受け取った。

「ありがとう。大切に頂きますね」

「うん!」

 ホッとしたように笑うあやねに、シュウが言った。

「私は何もご用意していなかったですね、申し訳ありません」

「え? ううん、くらまくんに何かもらおうなんて思ってなーい」

 するとシュウは、ちょっといたずらっぽくウィンクなどしながら言う。

「お礼に、ココア、……本日はホットチョコレートと呼びましょうか。をお返ししたいのですが、受け取って頂けますか?」

 あやねはシュウのセリフにぱあっと笑顔になる。

「うん! くらまくんのココア、大好き! ミルクたっぷりでお願いします」

「かしこまりました」

 シュウがキッチンに入っていくと、あやねはまた違った包みを取り出し、夏樹と冬里に渡していた。夏樹も冬里も嬉しそうにそれを受け取っている。

 カウンターに座ると、コトリとマグカップが置かれる。

 甘い甘いホットチョコレート。

 大好きなんだけど。

 でも、やっぱりお母さんの味とはちょっと違うな。

 そんな風に思いつつ、嬉しそうに飲み終わったあやねは、今日も家まで送っていくと言う夏樹と共に、元気に店の外へ飛び出して行ったのだった。


「新しいスイーツがやってきたね」

 珍しく冗談など言うシュウに、冬里は「ふふ、あやねちゃんと夏樹の共同作業?」と、こちらも可笑しそうに返すのだった。



 そして、なんとその日の夜。

 実家にやってきた秋渡夫妻から、従業員一同にチョコが配られる。

「日ごろはお世話になっております。これはオーナーからの心ばかりの贈り物ですわ」

 いつもとは違うご丁寧な口調で言う由利香に、ぽかんとする夏樹と、面白そうな冬里。

「ええっと、ありがとうございます……けど、はじめてっすよね、由利香さんがバレンタインにチョコくれるの」

 どうにも腑に落ちない夏樹に、椿が言う。

「最近はバレンタインにもいろんな意味が付加されてきただろ、だからだってさ」

「そうなのか?」

 まじまじと、美しくラッピングされたチョコを見る夏樹に、冬里がまた余計な一言を繰り出す。

「で? このチョコって、確かシュウに教えてもらったやつだよねえ。椿も作ったんだよね」

 すると夏樹が「えっ」と声を上げる。

「ホントか?!」

 椿に詰め寄ったあと、「ホントっすか、シュウさん!」とシュウに詰め寄って。

 仕方なく頷く椿とシュウに、「ずるいっす!」と、お決まりのセリフを叫ぶ夏樹だ。

 ここで登場する救世主。

「いいじゃない、あんたはあやねちゃんに感謝されたんだから」

「ええ~でも~」

「もう! 本当に聞き分けがないわね夏樹は! だったら、ホワイトデーには鞍馬くんと一緒に、最高のスイーツを椿と私にお返ししなさい!」

 由利香の一言に、夏樹のHPが天を突き抜けていく。


「うおーっし!、やるぞおー!」




 さて、ホワイトデーには、どのような騒動が待っているのか。

 それはまた、後々のお話。





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