第3話 サンディの夏休み
もうすぐクリスマス。
クリスマスと言えば、サンタクロースが全地球の良い子や良い大人に、夢と希望のプレゼントを配る日だ。
そんな、クリスマスのずっとずっと前のこと、まだ暑い暑い夏の日のこと。
いつもHappyHappyなサンディが、なぜか元気がない。今日も、はあ、とため息をついてなにやら考え込んでいる。
サンタクロースも夏バテするのかな?
けれどどうやら真相は違うところにあるようだ。
「サンディ、そんなに気にしなくてもいいよ~」
「そう、誰もそんな事で気持ちを害したりしないから」
「さあ、いつものように、スマイル、スマイル!」
他のサンタクロースが次々言葉をかけていくのだが、サンディは曖昧に微笑んで、また、ため息をついてしまう。
どうしたのかって?
サンタクロースは大勢いて、毎年プレゼントを配る地域が変わる、と言うのはご存じですよね。
で、今年、サンディの担当する地域がオーストラリアになったのだ。
なんでだか今までサンディは、オーストラリアにプレゼントを配ったことがなかった。初めてのオーストラリア!
ホッホー、と最初は大喜びだったサンディが、1人の同僚の言葉に固まってしまう。
「ホッホー、良いねえサンディ。海の彼方からサーフボードに乗って颯爽と登場してくれ給えよ」
そう、オーストラリアのクリスマスは、夏。
動画などで、格好良くサーフィンをしながらやってくるサンタクロースをご覧になったことはありませんか?
けれど。
実は、サンディはいまだかつてサーフィンをしたことがなかったのだ……。
さて、ところ変わって、ここは『はるぶすと』の2階リビング。
まだまだ暑い夏が続いているとある日。
本日も無事にディナーが終了し、片付けを終えた夏樹が裏階段から上がってきたところだ。
「うっへー、夜になってもまだあっつい~。1杯だけ、ジンライムでも作って飲もうかな」
そんな事を言いつつ、リビングを横切ろうとしたところで、ふと、窓の外に違和感を感じる。
「? なんかいる? 鳥かな……」
そう、何かがフワフワと飛んでいる、と言うより、浮かんでいるように感じる。
不思議に思った夏樹がベランダを覗くと、そこには。
「うわっ、なんっすか!」
げっそりとやつれた真っ黒な何かが? いや、人のような? 人のようなものが浮いている~。
「わわわ、し・シュウさん!」
慌てて部屋に戻ってシュウに助けを求めるが、彼はまだ店に残って最後の点検をしているようだ。代わりに夏樹の声を聞いてやってきたのは冬里だった。
「なに~? シュウならまだ店……って」
「わあ、冬里でもいいっす~」
と、冬里に抱きつきつつ助けを求める夏樹。
「どうしたの」
「なんか、人が、うらめしや~って浮いてる~」
「うらめしや~って、怪談話じゃあるまいし」
そう言いつつ夏樹を後ろに従えて、改めて冬里が外を見てみると。
「オウ、トウリ~」
と、そのうらめしや~がひょろひょろの声で呼んだ。
「なにその姿、……ふふ、夏樹、よく見てごらんよ」
「え? 大丈夫なんすか?」
と、夏樹がそおーっと冬里の横から顔を覗かせて、その人をよく見てみた。
「えっと、え……サンディ? ええー?!」
夏樹が驚くのも無理はない。
いつもの福々しい姿はどこへやら、頬がこけるほど痩せて、しかもげっそりと悲しげな表情だ。
「サンディ! サンディどうしたんすか? とりあえず中に入ってください!」
慌てた夏樹が手を取ってリビングへ招き入れ、相当慌てていたのだろう、自分が飲もうと思っていたジンライムなどを作ってしまって、サンディにお出ししている。
「オウ、ジンライム。まさかお酒だとは思わなかったよ。夏樹が作ってくれたのかい? 私を元気づけようとして?」
サンディもサンディで、中身も確かめずに一気にあおってからそんな事を言う。
「おわっ、すんません! 慌ててたんでジンライム出してしまった!」
「いや~、いいよお。OH心地よくなってきた~。しばらく休憩~」
暑い中を飛んできて、けっこう濃いめに作られたジンライムを一気飲みして、サンディは絵に描いたように、キューバタン! と、ソファに沈み込んでしまった。
どうやら寝てしまったようだ。
「えっと、寝てしまいました。……でも、どうしたんすかね」
「うーん、今からサンタクロース村に事情を聞いてみるね。……あ、でもさあ、夏樹?」
唐突に冬里の口調が変わる。
「ひ、……ひゃい!」
これはまずい! こんな含みのある口調の時は、きっと俺が何かやらかしたんだ!
そう思った夏樹だが、なぜかそこから動けない。
「僕でもいいって? 」
「へ? なにがですか?」
「さっき。シュウに助けを求めて、いないとわかると……、僕、でも、いいって~」
あれか!
「い、いや、あれはその、ただの言葉の綾で、……」
「言葉の綾ねえ、ふうん、」
いやー、助けてー、今度こそシュウさんー。
夏樹の願いが通じたのか、直後にリビングのドアが開いてシュウが入ってきた。
「わあ、シュウさん~」
「どうしたの?」
飛んできた夏樹に、シュウが驚いている。
「ふふん、なんでもないよ」
するとシュウは、ふっと肩を落としつつ首を振る。冬里がまた夏樹で遊んでいるのを察したのだろう。
そのすぐあとに、ソファのサンディに気づく。
「サンディ?」
「なんか凄くやつれてやってきたんだよね。あ、そう言えば事情を聞こうと思ってたんだ」
冬里はそう言いつつ部屋へ行こうと立ち上がったのだが。
「あ、聞く手間が省けた」
と、開け放たれていたベランダの方を見る。
すると、この時期にしては涼やかな風が入ってきたかと思うと、そこにヤオヨロズが立っていた。
「ヤオヨロズさん!」
夏樹が嬉しそうに言う。
「おう、……サンディが来てないか?」
「え、なんで知ってるんすか?」
「やっぱり来たか。なんでも皆に相談事があるみたいだぜ。様子を見てきてくれって他のサンタがうるさくてよ」
そう言いつつ、ソファに寝ているサンディにとうに気づいていたヤオヨロズは、キッチン前のカウンターへ行ってスツールに腰掛ける。
「あっちいなあ~。クラマ、なんか冷たい物作ってくれ」
キッチンには当然のように、もうシュウがスタンバイしている。
「かしこまりました。アルコールはどう致しましょう」
「もちろん入りで。あ、けどちょっと軽めでな」
頷くシュウ。
夏樹がシュウの技を盗もうと? 慌ててキッチンへ入るのもいつもの事だった。
『はるぶすと』にたどり着いて安心したのか、ぐっすりと眠るサンディは、驚くべき事に寝ながらどんどんふくよかになっていく。
寝言で「ホッホー」が出て来る頃には、もういつものサンデイに戻っていた。
そんなサンディを見て夏樹も安心したようだ。
「でも、どうしたんすかね、サンディ。あんなにやつれるなんてよほどの心配ごとが」
「うう~そうなんだよお~」
すると夏樹の言葉に応えるように、サンディが伸びをしながら起きてきた。
「サンディ! ああ良かった、もういつものサンディだ」
そう言いつつハグなんかする夏樹をよしよししてサンディは微笑む。
「OH夏樹は優しいねえ」
「それで、なにがそんなにやつれるほどの心配事だったの?」
結局ヤオヨロズは口を割らず、サンディが起きるまで皆でナイトキャップを楽しんでいたのだが。
「OH冬里、待たせてごめんよ。実はねえ」
ここで初めて、サンデイの悩みを聞いた『はるぶすと』メンバーだった。
「え? サーフィンっすか?」
「そうなんだよ~サンタクロース仲間に教えてもらおうと思ったんだけどね、皆、教えるほどの技術はないって断られて~。気持ちがシュンとしたら身体から力が抜けちゃってねえ、どんどん細くなっていくのを皆が心配して、『はるぶすと』へ行ってみたら~って言ってくれたんだよお」
「なんでうちなんだろうね」
冬里が面白そうに言うのに、ヤオヨロズも面白そうに答える。
「お前たちならサーフィンなんてお手の物って思われてるんじゃないか? どうだ、夏樹」
「へ? 俺っすか? まあ、出来ますけど一応」
軽く言う夏樹にサンディは大喜びだ。
「OH~~、やっぱりここへ来て良かったよ」
手放しで喜ぶサンディに、いつもなら張り切ってOKする夏樹がいまひとつ煮え切らない返事をする。
「出来ることは出来るんすけど……、サーフィン出来る場所って、★市にはないっすよね」
「そうだねえ、神奈川にはけっこうあるみたいだけどね」
「それだとやっぱ泊まり……それも一日二日って訳にいかないっすよね。……えっと、その間の店が……でも、サンディは本当に困ってるし……、う~どうすればいいんすか~」
さすがは料理命の夏樹、店を休む事とサーフィン講習との狭間で、今度は夏樹が頭を抱えるようにして悩み出す。それを見たサンディが、おやおやと言う感じで夏樹の背中に手を当てた。
「夏樹、君は本当に優しいねえ。でーも大丈夫。なに、1日あれば大丈夫、習得してみせるよ」
「えっ1日で? ホントっすか」
驚く夏樹にウィンクで答えるサンディ。
「私だってサンタクロースの端くれ。サーフィンごとき1日で習得出来ずに、どうするんだろうってことだよ」
そんなセリフをポカンとした表情で聞いていた夏樹だが、それがだんだんと笑顔に変わっていく。
「わかりました! だったら日帰り……はきついんで、土日の一泊二日で大丈夫っすよね! お任せ下さい。不肖、朝倉夏樹、誠心誠意サーフィンをお教えします!」
その言葉を聞いて、嬉しそうに思い切りハグするサンディに、こちらも嬉しそうにハグを返す夏樹。
「ところで、場所はどこにするんだ?」
2人の様子を見ていたヤオヨロズが、肝心のことを聞いてきた。
「あ、そうっすよね。ちょっと調べてみます」
「うーん、神奈川か、千葉か、……あ、静岡もあるねえ、やっぱり関東東海の太平洋側に、たくさんあるみたいだよ」
「うおっ冬里、早っ」
サーフィンの話を聞いたあとにタブレットを用意していた冬里が画面を確認しながら言う。
冬里の手元をのぞき込みながら、夏樹はあーでもないこーでもない、と、日ごろのうるささを取り戻している。
そこへ……
「せっかくサンディが来ているのなら、わらわの膝元でサーフィンすればどうか。それで、習得した暁には、ぜひ顔を見せてたもれ」
天高くから、鈴を鳴らしたような美しい声が聞こえてきた。
「おや? この声は《このはなさくや》か?」
「おう! 久しぶりだねえ」
それは富士山の化身と言われている《このはなさくや》の声だった。
「へえ、さすがフェミニストのサンディ、女神にモテモテだねえ。えーっと、だったら静岡? 伊豆あたりかな」
「伊豆っすか、温泉がいっぱいありますよ」
「温泉~」
「ほほ、最高級の温泉を用意しようぞ」
「俺は? 俺は?」
ダメ元で聞くヤオヨロズに、
「うむ……ニチリンを伴ってくるなら、良しとしよう」
「ははー」
さすがのヤオヨロズも、女神さまには逆らえない。ニチリンと共にお伺いすることで交渉成立だ。
勝手にどんどん決まっていく話に、夏樹はきっと椿に話してしまうだろうし、だったら由利香が黙っているはずがない。
だとしたら。
これから日程やら何やらの調整が大変ですね、と、シュウはただ苦笑いをするしかなかった。
「ちょっと! 伊豆でサーフィンですって! そのあと温泉ですって!」
思っていたとおり、由利香が翌日には仕事帰りにやってきた。
「さすが由利香、情報早ーい」
「早ーい」
ふざける冬里と夏樹の頭を順にポンポンとはたいて、由利香はどっかりとソファへ沈み込む。
「うるさいわね。あー暑い~、ねえ、鞍馬くん、なにか冷たい飲み物!」
女神より偉い由利香さまの命令? は絶対だ。
「そうですね……、でしたら、今度店でお出ししようかと考えている、スイカのパフェを試食して頂けませんか?」
まずは冷たい麦茶をお出ししてから、しばらく考えるようにしていたシュウが魅力的な提案をして来た。
「スイカのパフェですって? 食べてみたーい」
「シュウさん、そんなの考えてたんすか? ずるいっす。教えてください!」
「ああ、まだ試作の途中だから、夏樹も一緒に考えてくれるかい?」
「はい!」
「だったら僕にも作ってね~」
冬里が由利香の前に座って手を上げるのもいつもの光景だ。
「はい!」
そこへ「あっちいー」と言いながら、椿が入ってくる。
「あ、スイカパフェ、3つに増えたよ」
「おう、椿も食べるよな、スイカパフェ」
恒例の片手ハイタッチをしながら夏樹が言う。
「スイカパフェ? ああ、なんか涼しくなりそうだ、ぜひ」
「おっし、まかしとき!」
スイカはビタミンCやカリウムなどが豊富に含まれる果物だ。夏の水分補給や美肌効果もあるため、シュウは気軽に取り入れる事ができるパフェにしてみようと思ったのだ。
試食段階での評価は上々。なかなか良しと言わない冬里までもが、「いいんじゃない?」を出したので、食後のスイーツにお出しすることがほぼ決まったところで。
7月8月は夏休みも重なって混むことが予想されるので、サーフィン講習は9月に予定することにした。
行き先も伊豆近辺とだけ決めて宿泊や行き帰りの切符の手配はシュウが担当することにして。
『はるぶすと』のメンバーは店があるので土日を利用した一泊二日で。
秋渡夫妻はもう一泊を《このはなさくや》との逢瀬に。
サンディはもう何泊か予定しているらしい。その何泊かの間に、女神たちがサンディのために集まって宴を催してくれるようだ。
そんな話が耳に入ると。
「やっぱりサンディだね、モテモテ~」
などと、冬里は面白そうに言ったものだった。
さて、月日は流れ、今日は予定していたサーフィン講習会の初日。
★駅の改札前で待ち合わせと決めていたのだが、由利香が嬉しくて早起きしてしまい、秋渡夫妻は予定の時間よりかなり早めに到着していた。
「やっぱりまだ誰も来てないわよね」
テヘペロしながら言う由利香に、「まあいいんじゃない?」と、こちらはいつもの椿。
その2人の前に、突然、銀に光るショートヘアでスタイル抜群の超イケメンが現れる。
訳がわからずにいる2人そっちのけで、彼はあろうことか由利香に熱烈ハグをする。
「え? ええっ?」
訳のわからない由利香と、しばらくはホケッとしてその様子を眺めていた椿。
だが、我に返った椿が、ものすごい形相で由利香からそのイケメンを引っぱがす。
「あんた! なにするんだ!」
するとそのイケメンは、心外と言う様子で言った。
「OH~、椿~そんな怖い顔をしないでおくれよお」
「怖い顔って、椿って、なんで俺の名前……、え?!」
2人はその声に聞き覚えがあった。
「え? もしかして、貴方」
「「サンディ?!」」
「HI 椿、由利香」
「「ええーーー!?」」
なんとそのイケメンはサンディだったのです。
「うっそお、サンディっておひげを剃ってショートヘアにすると、こんなにイケメンなの?」
「ううーん、でも、体型が~違いすぎる~」
こっそり言い合う2人に、すべてお見通しと言うようにお茶目にウインクなどするサンデイ。
「まあまあ、細かいことは気にしない」
そのあとに現れた『はるぶすと』の面々は。
「あ! サンディお久しぶりです。椿と由利香さんも、早いっすね」
「ふうん、また渚のレディにもてようとしてサンディったら」
「ご無沙汰しています、サンディ。今日はよろしくお願いしますね」
なんと、かのイケメンがサンディだと当たり前のようにわかっていた。
それはさておき、サーフィン講習は気が抜けるほど順調で。
サンディは一日と言わず、わずか2、3時間でサーフィンのすべてを習得してしまう。
「わあお、さすがはサンディっすね」
「ホッホー、なんのこれしき」
「うー、あと少しなのになあ。夏樹! もう一回!」
サンディには物足りなかった夏樹だが、一緒に講習を受けていた椿が教え甲斐のある生徒だったので、大いに満足する講師ライフが楽しめたのだった。
サーフィンと海遊びを満喫したあとは、温泉と美味しい海の幸を満喫して。
翌日、『はるぶすと』組は帰途につき、秋渡夫妻はもう一泊して《このはなさくや》に会いに行き、サンディは……。
女神たちと幾日楽しい日々を過ごしたのか、それは彼らだけが知っていること。
その年の12月。
オーストラリアの海岸では、やたらと格好よくサーフィンで登場するサンタクロースが見受けられたとか。
とある年の、クリスマスの、おはなし。