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後編

 一週間後、準備が整ったということで、フレンスヴィヒのホルステンという国境の町まで送って貰うことになった。

 出発の際に、大王と事の経緯を聞いた大王妃から「この国で良ければ、いつでも帰ってくるように」という言葉を貰った。嬉しくて泣いてしまった。私にも帰る場所があると思えるだけで強くなれる気がした。

 私と竜の王の護衛はマルク騎士団でも精鋭が選ばれたらしい。そして、王太子自らがホルステンまで指揮を取ると聞いて驚いた。

 国を離れて大丈夫なのか確認すると、「其方らに何かあれば、父上母上に申し訳が立たぬではないか」と言われた。いや、貴方に何かあったらどうするんだ、という言葉はぐっと飲み込んだ。


 マルク大王国からホルステンまではオストライヒ経由の最短ルートを避けて、陸路と海路で半月ほど掛かった。その間、竜の王には窮屈なのを我慢して貰って、私の馬車に同乗して貰った。

 フレンスヴィヒ国内に入るころには景色が一変するかと思いきや、ホルステンに至るまでまったく普通の景色が続き、川の水や空気が穢れ、農作物が萎れているというようなこともなかった。


 竜の王に「瘴気は感じますか?」と聞いてみても、

 「いや。ノルドライヒの方からは少し感じるが、この辺りはまったくだ」と言っていた。実際に、竜の王の姿にまったく変化はない。


 そうして、ホルステンに無事到着した。魔王国との国境の町というのに賑やかで驚いた。王太子やマルクの騎士たちも意外だったようだ。

 予約してあった宿に着くと、私は竜の王に留守番を頼んで、早速冒険者ギルドに向かうことにした。王太子にその旨を告げると王太子と護衛の騎士も同行してくれることになった。心強い。


 宿屋の主人に聞いた話では、ホルステンには冒険者ギルドが二つあり、そのうちのノルドライヒ冒険者ギルドに行くことを勧められたので、そうすることにした。

 ノルドライヒ冒険者ギルドは、生き残った旧ノルドライヒ王国民にとっての役所も兼ねているそうで、いわゆる冒険者ギルドほどの荒々しい感じはなかった。と言っても、私は何度かオストライヒで馬車の中から見かけただけなので、冒険者ギルドが本当に荒々しいのかは知らない。


 王太子が冒険者ギルドの受付で「ノルドライヒに入る方法を捜している。このギルドで詳しい者はいないか」と尋ねた。

 受付の人は怪訝そうに「どちら様でしょうか?ノルドライヒに入るのはフレンスヴィヒの国法で禁じられておりますが」と言ってきたのを、騎士が他の冒険者たちに見えないようにマルク大王国王太子の御徴を見せて制した。

 哀れな受付さんは慌ててギルドマスターの部屋へと私たちを案内してくれたのだった。


 私たちがギルドマスターの部屋に案内されると、ギルドマスターは実際のところ迷惑そうだったが、マルク大王国の王太子様ということで不承不承話を聞いてくれるらしかった。

 「私がノルドライヒ冒険者ギルドのマスターでございます。マルク大王国の王太子様御自らお越しになってのご用件とは何でございましょうか。」

 一生懸命丁寧に話そうとしているのは分かる。

 「実は、我が国の使いを一人ノルドライヒのミューレホッホという山に送りたいのだ。」

 「ミューレホッホでございますか?よくご存知で。」

 ギルドマスターは心から驚いた様子だった。

 「いや。余は知らないのだが、その山まで送り届けなければならないものがあるのだ。それで、そこまで安全に行ける方法がないか知りたいのだ。」

 「殿下。私どもは安全でなくなりましたので、こうして異国で暮らしております訳でして、安全に行ける方法と言われましても」

 「噂によれば、魔王と使いが行き来しているらしいではないか。」

 「……⁉」

 王太子が私から聞いた話を使って鎌をかけると、明らかにギルドマスターの様子が変わったのが分かった。

 「何か方法はないか?」

 「そ、それは……」


 ギルドマスターが言い淀んでいるところに、誰かがドアをノックした。

 「誰だ?」

 「タローです。受付のヨーゼフから話を聞いて来ました。」

 「チッ、余計なことを。仕方ない。入れ!」

 「失礼します。」

 入って来たのは、小柄な初老の男性だった。しかし、まったくこの世界で見たことがないような容貌で、一瞬ゴブリンかと思い身が固まった。王太子たちも同じだったらしい。

 「誰だ?」

 「殿下、これはうちの職員でタローと申します。ご内密にお願いしたいのですが、見ての通り、召喚された異世界人です。」

 「何と⁉ノルドライヒは本当に異世界人を召喚していたのか。」

 「左様でございます。」

 「それで、その異世界人が何の用だ。」

 「私が魔王と連絡を取り合っている者でございます。」

 驚いた。異世界人が魔王と連絡しているなんて。大丈夫かしら。

 「貴様が⁉間諜ではあるまいな。」

 王太子の反応も当然だと思う。

 「殿下、このように白昼堂々と働く間諜は居りませぬかと。」

 「あ、ああ、そうか。」

 タローという異世界人が改めて口を開いた。

 「あの、私は魔王と連絡を取り合っておりますが、決して互いの利益のためではございません。詳しくは申せませんが、人間と魔物の余計な対立がないように努めているだけでございます。お困りの様ですので、お力になれることがあればと思い参上した次第でございます。」

 王太子は私の方を向いた。

 「ハンナ。其方から話すか?」


 「私はとある事情でマルク大王国の王宮に参りまして、……」

 「話して良い。」

 王太子から許可が出たので正直に話すことにする。

 「実は、大王妃様が竜の呪いに罹っておられまして、それを治癒した際に、竜から元の住処に戻してくれるならば呪いを解くという提案を受けたのです。そして、その元の住処というのがミューレホッホという山だそうです。」

 マスターは驚いたように私を見て、「まさか、王女様?」と呟いた。

 王太子は聞き逃さなかったようで、「そのまさかだ。口外は無用だ」と念を押した。

 「しかし、亡くなられたのでは?」

 「余の母を呪いから解くために死んだことにしたのだ。」

 「そうでしたか。どうだ、タロー?」

 ギルドマスターはタローに尋ねた。

 「マスター。マルク大王国からの正式な依頼でなければ、お助け申し上げたいと思います。」

 王太子は「無論だ。我が国としても魔王と繋がりをもつなどということは避けたい」と言い、タローの懸念を否定してくれた。


 タローが魔王に手紙を送ってくれるというので、とりあえず宿に戻った。

 部屋では籠に入った竜の王が待っていた。

 「どうであったか?」

 「ええ、魔王と連絡を取っている人がいるようで、手紙を送ってもらいます。」

 「そうか。お主には世話を掛けるな。」

 「いいえ。お気になさらず。」


 それから魔王から返事が来るまではどうしようもないので、王太子たちとホルステンの町を見て回ったりして過ごした。

 明らかに人間に擬態した魔族が街中に交じっていて、人間や亜人たちと一緒に暮らしている。私は清めの手の力で魔族かどうか分かるけれど、この街の人たちは知っているのだろうか。

 また、市場で取引されている商品でも、ノルドライヒから輸入したと思しきものが並んでいるのに気付いた。

 もしかして、魔族と人間が共存しようとしているのかもしれない。タローさんと魔王も知り合いのようだし。

 王太子は意外と自由に過ごせるので楽しそうだった。


 三日後、ノルドライヒ冒険者ギルドから返事が届いたとの知らせがあったので、王太子と一緒に向かった。

 ギルドではマスターとタローさんが待っていた。


 「それで、返事はどうだった?」

 「殿下、それについてはタローからご報告申し上げます。タロー。」

 「はい。魔王は快く受け入れてくれるとのことです。」

 「何と⁉」

 「えっ⁉」

 王太子と私は思わず同じ反応をしてしまった。拒絶されるかと思っていたのに。

 「ただし、条件があるそうです。」

 やっぱりそうだろうな。王太子も少し落胆しているようだ。

 「それで、条件とは何だ?」

 「入国を許すのは、そちらの王女様と竜の王だけにすること。魔王に謁見してからミューレホッホに向かうこと。護衛については魔王の部下が付くこと。この三つだそうでございます。」

 「ハンナだけに行かせるということか……」

 「殿下。私は構いません。そもそも竜の王と約束したのは私だけでございます。」

 「しかし、そうは言ってもだな。」

 そこに、タローさんが「魔王は王女様の安全を約束しています。彼は決して約束を違えることはございません」と言ってきた。

 「タローよ、その言葉に偽りないな。」

 「はい。私の命を懸けてもお約束致します。」

 「うむ。ハンナよ。それで良いか?」

 「はい。殿下。」

 「余たちのためにハンナには迷惑をかけるが、よろしく頼む。」

 「いいえ。お気になさらず。」


 翌日、私は竜の王、王太子や騎士団の一行、加えてギルドマスターとタローとともに、ノルドライヒとの国境に向かった。

 国境には厳重な結界が施されており、ノルドライヒ側には魔族軍と思しき戦士たちが関門を守護していた。


 タローさんは関門の前まで進むと、門番の魔族に声を掛けた。

 「タローです。今日は魔王様の御客人をお連れして参りました。」

 すでに話が通っていたらしく、門扉が開くと、私たちを護衛してくれるであろう魔族たちと馬車が待ち構えていた。

 「ハンナよ、くれぐれも気を付けるように。マルクは其方の帰りを待っているぞ。」

 王太子が思わぬ言葉を掛けてくれたので、胸がじんとして、目元がうるんでしまった。

 「ありがとうございます。殿下。必ず帰って参ります。」

 私は馬車から出てきた竜の王と一緒に門扉をくぐって、ノルドライヒに入ったのだった。


 私の護衛についた魔族は皆人型の魔族だった。悪魔というらしい。

 王都までの道はすべて瘴気が払われていた。それでも、竜の王の姿が段々と大きくなり、力を取り戻しつつあるのが分かった。

 「だいぶ大きくなりましたね。」

 「うむ。だが、真の姿に戻るにはまだまだじゃ。」

 悪魔たちは人間が竜の王と気軽に話す様子に驚いていた。


 王都は人間が建造した王都を流用しているようで、元のノルドライヒ王城が魔王城となっているらしい。

 街は廃墟だらけで、とても都とは言えない感じだったけれど、少しずつ魔族が住み着きはじめたようだった。

 王城の門を過ぎ、宮殿に入ると明らかに様子が変わった。私のような素人でも、魔力が満ち溢れているのが分かる。竜の王も若干緊張している感じ。


 謁見の間に通されると、玉座を見て驚いた。

 「えっ、人間?」

 思わず口が滑ってしまい、慌てて「失礼致しました。申し訳ございません」と謝罪する。

 すると、魔王は爽やかに笑った。

 「いや、王女様の仰る通り、私は人間ですよ。ただ、普通の人間ではありませんがね。」

 それはそうでしょう。魔王なのだから。

 「魔王様、お目にかかれて光栄でございます。私はオストライヒ王国の王女でございましたハンナ・アマーリエと申します。こちらはミューレホッホの竜の王でございます。」

 「魔王殿、わしはモレホイの主、竜の王リンドヴルムである。よろしく頼む。」

 「ハンナ様、タローさんから話は伺っていますので楽にしてください。リンドヴルム殿も今後はよろしく頼む。」

 「魔王様、そのようなお言葉は臣下の者に聞かれてしまっては……」

 「ハンナ様、ここに居る者は皆私のことをよく知る者たちですからご安心ください。それに私は簡単に魔物たちには負けませんよ。」

 この人は本当に爽やかに笑う。貴族でも平民でもない。不思議な感じだ。

 「ハンナ様。私もタローさんと同じ異世界人なんです。」

 また驚かされた。でも、どうして異世界人が魔王に?

 それから、魔王とタローさんの話を聞いた。ノルドライヒの人々には悪いが自業自得だと思わざるを得なかった。一方で、どの国であってもそういうことになっただろうとも思った。


 「それで、ミューレホッホ、モレホイの地下にリンドヴルム殿の城があるわけですね。」

 「そのようです。」

 「左様。長らく竜が守って来た都である。人間もさすがに気づいておらぬと思う。」

 「では、そこまでの道の瘴気は払うように命じておきます。とりあえず今日はこの宮殿で休んでください。魔族ではありますが侍女もおりますので。」

 「ご厚情痛み入ります。」

 「では、また明日。」

 「失礼致します。」


 案内された部屋は王妃か王女の部屋だったらしく、随分立派だった。

 侍女たちは初め「魔王様は渡しません」とばかりに敵対的だったけれど、私にそのつもりがないことを理解すると親切に世話してくれた。


 一夜明けると、竜の王は更に大きくなっていた。

 「もう随分戻ったんじゃないですか?」

 「お主、竜の王を侮るでないぞ。まだまだじゃ。」

 「はあ。さぞかしお城は大きいのでしょうね。」

 「それはそうじゃ。……とは言え、お主らから見ればただの大きな洞よ。」

 「なるほど。」


 再び謁見の間に行くと、魔王が待っていた。

 「準備が出来たようです。護衛はそのまま付けますので、道中お気をつけて。」

 「重ねてお礼申し上げます。」

 「魔王殿。竜族が復活した暁には貴殿の親切に報いることを誓おう。」

 「リンドヴルム殿、その言葉有難く受け取るぞ。」

 魔王や侍女たちに見送られて、私と竜の王は用意して貰った魔馬車に乗ってミューレホッホ山へと向かった。

 王都よりも北は瘴気が強く、どんなに払っても普通の馬では耐えられないらしい。


 ミューレホッホ山は王都から魔馬車で3日ほどだった。

 その間もリンドヴルムは大きくなり、魔馬車から降りて飛ぶようになった。

 ミューレホッホ山は急峻な岩山でとても魔馬車では登れそうになく、私は頭を抱えてしまった。

 「竜の王。」

 「お主にも我が名を呼ぶことを許したぞ。」

 「では、リンドヴルム様。」

 「どうした。ハンナよ。」

 「私はどうもこの山を登ることが出来そうにありません。」

 「山に登ってどうするのだ。景色でも眺めるつもりか?」

 「え?」

 「わが城はこの山のなかの洞であると申したであろう。」

 「あ、そうでしたね。」

 「うむ、これより入口へと案内しよう。変っておらねばよいがな。」

 「そうですね。」

 私とリンドヴルム、そして、護衛の悪魔たちは城への入口へと向かった。


 「おお、あったぞ。あの頃のままじゃ。」

 目の前の大きな一枚岩が城の門扉らしかった。

 「どう見ても岩のようですが。」

 「見ておれ。わしが魔力を通せば」と言って、岩に触れると、凄まじい音を立てて岩が横にスライドし、目の前に大きな洞が現われたのだった。

 「ようこそ、わが城へ。」


 竜の城は本当に大きな洞だった。

 何もないように見えた。しかし、そこには……、竜が何頭も倒れていた。

 「亡くなっているのでしょうか。」

 「竜を侮るなと何度言えば分かる。この者たちはいま眠っておるのじゃ。よし。いま起して見せようぞ。汝らの王、いま帰還せり。目覚めよ‼」

 リンドヴルムがそう言って魔力を解放すると、城のあちらこちらで竜が起き上がり、王の帰還を祝福するかのように雄叫びを上げた。

 護衛の悪魔が私の耳を保護する魔法を咄嗟に掛けてくれていなければ、鼓膜が破けていただろう。


 王の帰還を祝福する竜たちの姿を満足げに見渡すと、リンドヴルムは「ハンナよ。よくぞ約束を守った。わしと竜族は今後お主を守ると誓おう。何かあれば必ず呼べ。すぐに飛んできてやる。いいな。」と言ってくれた。

 そして、竜たちに向かって、「いいか。この娘、ハンナはわしの命の恩人じゃ。決して手出しは無用じゃぞ。また、何かあったら必ず助けよ。分かったか」と言い、竜たちは再びの雄叫びで答えてくれた。竜の守護を受けるなんて、こんなに心強いことはない。


 しばらくリンドヴルムと竜たちの再会を見守った後、護衛の悪魔たちに促されて、王都へと戻ることにする。

 「リンドヴルム様。今度は人間に負けちゃだめですよ。」

 「うむ。二度も後れは取らぬわい。」

 「まだ無理をしちゃだめですからね。」

 「分かっておる。お主こそ無理をするなよ。そして、幸せになれ。」

 「リンドヴルム様。ありがとうございます。」

 「呪いの主を祓うのに泣く奴があるか。気を付けて帰るようにな。」

 「はい。リンドヴルム様もお元気で。」

 「うむ。では。」

 振り返ると名残惜しくなるのを分かっていても振り返ってしまった。リンドヴルムは竜たちとともに門の前で見送ってくれていた。涙が止まらなかった。


 王都に戻ると、魔王に無事リンドヴルムを送り届けたこと、ミューレホッホ山の竜が復活したことを報告した。

 魔王は「そうですか。良かった。魔族の国に竜がいないのは寂しいですからね」と言っていた。

 私は改めて魔王に感謝を述べ辞去した。この国にいつまでも人間が滞在すべきではない。魔王に迷惑が掛かるかも知れないから。


 国境に着いたのは夜中だったけれど、魔王から連絡が行っていたらしく、王太子と騎士、ギルドマスターとタローさんが待っていてくれた。

 私は護衛の悪魔たちにお礼を言って、久しぶりに人間の世界へと帰還することができたのだった。

 馬車の中で私は眠ってしまったらしく、翌日、ギルドマスターの部屋で経緯を説明することになった。


 「それで、竜の王はどうしたのだ?」

 「ぶじ送り届けました。城、と言っても大きな洞窟だったのですが、そこで仮死状態だった竜たちも復活して、これから竜の国を立て直すようです。」

 「そうか。では、もう母上のことは心配ないということだな。」

 「はい。ご安心ください。」

 王太子はやっと安堵したようだった。

 「で、魔王とも会ったのか?」

 「はい。謁見しました。」

 「どうだった?」

 「国境の様子でお分かりいただけると思います。」

 色々言うと問題がありそうだったので、察してください。

 「ああ、では信用できそうだな。」

 「はい。」

 「しかし、無事に戻ってきてくれて良かった。父上や母上に申し訳が立つ。」

 「ご心配おかけしました。」

 ギルドマスターが、「殿下、ずっと心配のご様子でしたよ」と耳打ちしてきた。

 「余計なことは言うな!」

 「これはどうも失礼致しました。」

 私がいなかったこの数日で、だいぶ打ち解けたらしい。


 タローさんにも「いろいろとありがとうございました」とお礼を言っておいた。

 タローさんは「私の友人ですから、心配はしていませんでした」と笑っていた。

 よく見れば、平べったい顔で二人が同族なのが理解できる気がした。


 ひとしきり話した後で、王太子が真剣な顔になった。

 「それで、ハンナ。お前はどうする?」

 「そうですね……。」

 「余はマルクに戻って来てほしいと思う。父上や母上に安心して貰いたいということもあるが、今回の責任を取らせてほしいということもある。どうだろうか。」

 「お気持ちは嬉しいのですが、マルクに戻ったところで、私には特に出来ることはありませんし、ご迷惑になるのではないでしょうか。」

 「ならば、余や母上の話し相手になれ。それであれば良かろう。」

 「では、殿下が改めてお妃を迎えられるまでは、お世話になってもよろしいですか?」

 「ああ、構わん。とにかくマルクに帰って来い。」

 「はい。」

 見ると、ギルドマスターや騎士たちがニヤニヤと笑っている。いつもは表情が乏しいタローさんもまた笑っていた。何が可笑しいのかしら。


 明くる日、ギルドマスター、タローさん、それに、見知らぬ人たち、おそらく魔族たちに見送られて、私たちはマルクへの帰路についた。

 半月後、王宮ではすっかり元気になった大王妃と、それによって更に元気になった大王に迎えて貰った。大王妃は泣きながら私を強く抱きしめてくれた。母にも抱きしめて貰ったことがない私は一緒に泣いてしまった。

 私は大王から大王妃付きの特別女官に任命され、王宮に住むことを許された。王太子は大王妃に取られたと少し拗ねていた。意外に子供っぽいところがあるらしい。


 マルクに戻って来てから二か月ほど過ぎたころ、私宛てにタローさんから手紙が届いた。魔王から手紙が届いて、私によろしく伝えておいてくれとあったそうだ。また、ミューレホッホ山では、竜たちが復興作業に精を出しているらしく、リンドヴルムからもよろしくということだった。

 私を捨てた祖国よりも、マルクやノルドライヒの方がよほど私にとって温かい場所になった。そういう場所に出会えたという意味では、祖国のお蔭かも知れない。


 今のところ、王太子が新しいお妃を捜しているという話もないし、大王妃も大王も娘のように可愛がってくれる。

 しばらくはこの国で優しい人たちとのんびり暮らしたい。


                                           (完)

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