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前編

 「貴様は誰だ!」


 バレてしまっては仕方がない。

 観念して本当の名前を打ち明ける。

 「私はオストライヒ王国王女ハンナ・アマーリエです。」

 あれほど激昂していたはずの顔が急に冷める。

 「ふっ、そうか。余は謀られたということか。」

 「申し訳ございません。」

 「随分落ち着いておるようだが、其方は覚悟しておったということか。」

 「殿下が聡明であられることは存じ上げておりましたので、このようなことが通じる筈がないと覚悟しておりました。」

 「エリザーベト・ルイーゼ王女は其方の妹か。」

 「左様にございます。」

 「背格好こそ似ておるが……、しかし、余も随分と侮られたものだ。」

 「お恥ずかしい限りでございます。」

 「まあ、良い。このマルク大王国の王太子である余を謀った罪は重いぞ。」

 「重々承知しております。」

 「しばらく、其方には大人しくしてもらっておこう。」


 私はそのまま騎士たちによって東宮宮殿の地下牢に連れていかれた。

 きっと明日明後日の内に処刑されるのだろう。


 オストライヒは旧帝国の末裔である五王国の一つであるが、極東の大山脈を越えて大陸の一角を占拠したマルク大王国と常に緊張関係にある。

 緊張関係と言えば対等のように聞こえるかもしれないけれど、実際のところ、マルク大王国に常に圧迫されていて、お目こぼしを受けて存続しているような状態である。

 そのマルク大王国から王太子アレクセイ・フョードロヴィチの妃として絶世の美女と称される私の妹エリザーベト・ルイーゼを貰い受けたいとの申し出があった。

 由緒正しいオストライヒ王家から、しかも、国王と王妃の間に生れた愛娘を蛮族に輿入れされることを国王と王妃は許さず、何よりもエリザーベト・ルイーゼが嫌がったので、その代わりに同い年で背格好が似ている愛妾の娘である私がエリザーベト・ルイーゼとして輿入れすることになったのだった。

 アレクセイ・フョードロヴィチ王太子は聡明なことで知られ、父のフョードル大王に代わってすでに国政を仕切っているとも言われていた。また、これまでの大王たちと同じく激しやすい性質で冷酷であるとも。

 だから、私はきっとうまく行かないと思っていたし、私一人の生命だけで済む話ではないとも思っていたけれど、早くに母を失った私を王宮に迎え入れて、死なない程度には養って貰った恩を返すつもりで、このマルク大王国にやって来たのだ。

 王太子がエリザーベト・ルイーゼの顔を知らないという万に一つの可能性に賭けたが、残念ながらどこかでエリザーベト・ルイーゼと会ったことがあったらしく、今に至る。

 このままだと、オストライヒはマルク大王国に攻め滅ぼされることになるだろう。王族の愚かな振る舞いによって、無辜の人たちの生命が失われるのは辛い。


 一週間経っても、私は生きて牢に繋がれていた。

 外からの情報はなく何が起きているのか分からず不安だった。


 「久しいな。ハンナ・アマーリエよ。」

 王太子自ら牢まで来るとは驚いた。

 「王太子殿下御自らこのような場所にお出で下さるとは。」

 「堅苦しい話は抜きだ。余は蛮族だからな。」

 「とんでもないことでございます。」

 王太子は鼻で笑うと、「まあいい、其方に幾つか話がある。聞け」と言ってきた。

 「はい。」

 「ハンナ・アマーリエ、其方はすでに死んだ。其方の国にはその知らせと形見としてティアラとドレスを送り返した。」

 死んだと知らせた?私をどうするつもりだろう。

 「質問は後で聞いてやる。さて、このまま行けば、我が国は其方の国を攻め滅ぼすことになる。大王陛下が大層ご立腹で、其方の妹が輿入れするぐらいではもう済まなくなった。」

 「……、何とか国民たちだけはお助けいただけませんか……。」

 「ふん。散々虚仮にして来て、今さら図々しい。」

 やはり、噂通り冷酷な人だ。ただ、言っていることについては同意せざるを得ない。

 「仰せの通りでございます……。」

 「まあ良い。それでだ。其方はもう死んでしまった。帰る国もなくなって困るだろう。」

 「はい……。」

 「牢屋にこのまま繋いでおいても良いが、余は寛大であるから、其方を助けてやっても良いと思っている。」

 「私はもう首を刎ねられても構いません。どうぞ殿下の御慈悲によって民たちをお助け下さいませ。」

 「まあ話は最後まで聞け。余は陛下の御心を翻せるかも知れぬ方法を一つ知っておる。それが上手く行けば、其方の命のみならず民草の命も助かろう。其方の国が少なからず狭まることくらいは許せよ。」

 私は縋りつく思いで尋ねた。

 「そ、それは当然のことかと存じます。どうぞその方法をお教えくださいませ。」

 「其方は王族であることには違いないな。」

 「それは誠でございます。母は王妃ではございませんが、父は国王でございます。」

 「ならば、其方、清めの手について何か知っておるのではないか。」

 「そのご様子では、殿下は既にご存知でございますのでしょう。」

 「余は其方に聞いておる。申せ。」


 清めの手とはオストライヒ王族に伝わる特殊な能力である。元々は旧帝国の皇帝が代々継承していたもので、五王家のなかで唯一帝室の末裔であるオストライヒ王家だけで使え、そのゆえに、五王家のうち最も高貴な家柄とされて来たのだった。

 清めの手はいわゆる治癒魔法と異なり、魔族の呪いによって起こる奇病「獣皮病」だけを癒せる能力で、国王は毎年一回即位記念日に獣皮病の患者を治癒することで、国民からの支持を得ている。

 清めの手は、国王とその子どもだけにしか能力が伝わらないもので、私にもその能力があった。ただし、貴族や国民には即位した時に天つ后(パナギア)から能力を授かると説明していたので、私も妹も能力を使ったことはない。


 「清めの手は国王とその子だけに伝わる不思議な力でございまして、獣皮病を癒せます。」

 「ほう。やはりそうか。それで、それは竜の呪いであっても可能か?」

 思いもよらぬ質問に驚く。

 「竜でございますか?」

 「そうだ。」

 「まだ大陸に多くの魔物が棲んでいた時代には、そのようなこともあったようでございますが……」

 帝室との血縁がまだ近かった頃の話なので、父がそれだけの能力を保有しているかは自身がなかった。

 「そうか……。それで、清めの手は国王でなければ使えぬのか?」

 「……。」

 「なぜ黙る。」

 「……。私どもも使えます……。」

 「なるほど。やはりそうか。ただ、国王の権威のために用いぬだけだったのだな。おそらく魔術でも封印できぬのであろう。」

 「……左様でございます。」

 王太子は何を考えているのだろう。私は取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと怖くなった。


 「さて、ハンナ・アマーリエよ。其方に頼みがある。」

 「何でございましょうか。」

 「その前に言っておくが、この頼みを聞けば、其方と国民の命は助けてやる。そこを理解しておけよ。」

 「はい。」

 「其方は婚礼の儀で余の母上、大王妃殿下がいらしたかどうか覚えているか?」

 そう言えば、大王はお一人でいらっしゃった。

 「はい。大王妃殿下はご臨席なさっておりませんでした。」

 「不思議には思わなったか?」

 「申し訳ございません。恙なく終わることだけを祈っておりましたため、何も。」

 「まあ、そうだろう。実のところ、母上はいまご病気で寝込まれている。」

 「それはお見舞い申し上げます。」

 「ふん。それで頼みというのは他でもない。其方に母上の病を癒してもらいたい。」

 まさか……。大王妃が獣皮病?

 「それでは大王妃殿下は……」

 「そうだ。母上は竜の呪いに掛かられてしまった。」


 竜の呪い。

 獣皮病でも最も重いもので、竜を討ち取った際に掛けられる呪いである。

 当人が発症することもあれば、数代後の子孫が発症することもある。おそらく大王妃の場合は後者だろう。

 獣皮病は軽い者であれば見た目が魔物に化すものの死に至ることはない。しかし、竜などの上位の魔物の場合は、全身が魔物に化した時点で人間の生命力では耐えられず死んでしまうのだ。

 大王妃の症状がどの程度なのかは分からないけれど、大分進んでしまっているのかも知れない。


 「私の力で癒せるかどうか……」

 「分かっている。しかし、試すだけは試したいというのが母を想う子の心というものだ。」

 案外人の心があるのかも知れない。

 「承知いたしました。」

 「では、早速母上の部屋まで案内する。ついて参れ。」

 「はい。」


 私は目隠しをされ、腰に縄を付けられたまま、大王妃が療養しているという宮殿まで連れて行かれた。

 部屋に入り、目隠しが外されると驚愕した。

 大王妃はもうほとんど竜の鱗で覆われ、息をするのもやっとの状態だったからだ。


 「そこにいるのは誰?」

 大王妃はもう目も見えないらしい。

 「母上、アリョーシャです。」

 「アリョーシャ……、まあ、来てくれたのね。近くに来て頭を撫でさせてちょうだい。」

 「はい、母上。」

 王太子は幼子のように、寝台に横たわるほとんど竜人となった母の手に頭を委ねた。

 その様子を見て、私は純粋に助けたいと思った。人が好過ぎると言われるかも知れないけれど、それは母親譲りだからしょうがない。


 「あ、あの……」

 「まあ、女の子の声がするわ。あなたが、今度輿入れしてきた王女様?」

 どう答えていいか分からず王太子を見る。すると、王太子が私の代わりに「母上、輿入れの話はなくなりましたが、母上のためにオストライヒから来てくれたのです」と言ってくれた。

 「それは……、遠路はるばるお越しくださってありがとうございます……。」

 「とんでもございません。精一杯努めます。」

 「では、早速お願いしていいだろう。」

 「はい、承知いたしました。この命を懸けてお助けいたします。」

 大王妃は、「命を懸けるだなんて……、ご無理はなさらないでね……」と言った。

 どうやったらこんな女性から王太子のような息子が生れたのだろうか。


 私は大王妃の左手を握り、清めの手を発動させた。

 発動させて初めて分かったのは、清めの手とは手で触れることによって、呪いの原因となっている魔物の思念の残滓を消滅させる能力であるようだった。

 普段国王が癒すような下等な魔物の呪いであれば残滓も少なくすぐに消滅させられるのだろう。しかし、竜ともなるとそうもいかないらしい。どうも身体中に残滓が散らばり、しかもその一つ一つが強力であることが自然と理解できた。


 「どうだ?」

 王太子が心配そうに聞いてきた。

 「清めの手がどういう能力か理解できました。これから呪いを清めていきます。」


 そうは言ったものの、どうすればいいか分からなかった。

 まずは、散らばっている思念を一つに纏まるように念じた。自然とそうするように促されたのだ。すると、だんだんと竜の思念が一つに纏まり、真黒な靄のようになってきたのが分かった。それと同時に、思念の強さがいや増したのも分かった。

 それでも消滅するように念じていると、その黒々とした思念の靄から声が聞こえてきた。


 「娘よ。人の子の娘よ。」

 「……っつ⁉」

 「わしの声が聞こえるようだな。」

 「どなたですか?」

 私は何とか気を確かに持つようにして尋ねた。

 「わしはこの女の家の者にはるか昔に討ち取られた竜の王の分霊である。呪いを掛けた後長らく眠っていたが、魔物たちの力が強まり目覚めた。」

 「それで大王妃様が……」

 「そうか。この女は人間の王の番か。」

 「そうです。」

 「人の子の娘よ。お主は人の子の血を継いでおるのであろう。」

 人の子とは恐らく初代皇帝のことだろう。

 「そうです。」

 「そうでなければ、わしを呼び寄せることなど出来ぬ。おかげで、わしは特に恨んでもおらぬ女と運命をともにせずに済むようじゃ。」

 どういうことだろう。消えてくれるのではなさそう。

 「お主のお蔭で、わしは取り敢えず姿を取り戻せる。こうなれば、わしがこの女から出て行けば、この女は助かるぞ。」

 「そうなのですか。よかった。あっ、でも……」

 ダメだ。出て行ってくれなければ意味がない。どうすれば出て行ってくれるのか。

 「そうじゃ。わしが出て行かねばならぬ。さて、お主、一つわしと取引をせぬか。」

 「取引ですか?」

 「うむ。わしはこの女の体から出ていく。そうすれば、この女の呪いは解ける。それがお主の望みであろう。」

 「はい。」

 「その望みを叶えてやる代わりに、わしをもとの場所に帰せ。」

 「もとの場所にですか?」

 「左様。今のわしでは改めてこの女を呪うくらいのことは出来ても、自力で帰ることはできないようじゃ。この国は瘴気が少なすぎるようでな。」

 「承知いたしました。かならずあなたを元の場所にお連れします。」

 「よし。二言ないな。」

 「はい。」

 「では、出て行ってやる。」


 そう言うと、黒い靄は竜の姿を取り戻して飛び去って行った。そして、大王妃の内から呪いが祓われたことを確認し、私は集中を解いた。

 目を開けて外側に意識を戻すと、大王妃の寝室では大混乱が起きていた。


 「ど、どうされました?」

 「母上の口から真っ黒な竜の子どもが飛び出て来て、あっという間に元の母上に戻られたのだ!!」

 王太子は完全にいつもの調子を忘れているようだった。

 私はほっとして、「呪いが解けたようでしたようございました」と言った。

 王太子はハッとして、「それであの竜の子はなんだ⁉」と私の両肩をつかんで聞いてきた。

 確かに小さい竜が羽搏きながら、私を見下ろしていた。

 「大王妃殿下の内に潜んでいた竜の王の分霊だそうです。私はこれからあの竜を元の場所に連れて行かなければなりません。」

 「どういうことだ?」

 「あの竜と私はそう約束したのです。その代わりに大王妃様の呪いを解いてもらいました。」

 「元の場所とはどこだ⁉」

 「これから聞きます。どこであろうと約束を果たすためのお許しをいただきとうございます。」

 「しかし……」

 王太子は口ごもる。それはそうだろう。本当の話かどうかも分からないし、死んだはずの私がオストライヒに帰国されては面倒に違いない。


 すると、大王妃が目を覚ましたようで、「アリョーシャ、王女様の言う通りにして差し上げてください。私にも王女様とそこの黒い竜の話が聞こえておりました」と口添えしてくれた。

 「母上‼お目覚めになったのですね。」

 「ええ。すべて王女様のお蔭です。どうか王女様の言う通りにして差し上げて。」

 「承知いたしました。陛下にもご報告して早速準備いたします。」

 王太子は騎士たちと一緒に飛び出て行き、私は竜の王と一緒に大王妃の寝室に取り残されたのだった。


 「竜の王よ。」

 大王妃は侍女が止めるのも聞かず、寝台から起き上がって天井近くで浮いている竜に呼びかけた。

 「何だ。女。」

 竜の王はあまり愉快そうではないようだった。

 すると、大王妃は頭を下げた。

 「私の父祖があなたの呪いを受けるようなことをしたようで申し訳ありませんでした。」

 竜の王も意外だったようで驚いていた。

 「正当な討伐であれば、竜ほどの魔族であれば呪いをかける筈がありません。きっと私の父祖に何らかの落ち度があったのでしょう。それにもかかわらず、こうして呪いを解いて下さりありがとうございます。」

 「いや、礼には及ばない。この人の子の娘が、わしを呼び求めなければ、わしはお主を殺していただろう。」

 大王妃は改めて私の方を向き頭を下げた。

 私は慌てて「どうぞそのようなことをなさらないでくださいまし」と言うが、大王妃は頭を下げたまま、「王女様。あなたのお蔭で私は国王と王太子の側に留まることができます。何とお礼を申してよいものか分かりません。誠にありがとう存じます……」と最後の方は声にならないようだった。

 侍女たちも皆喜びの涙に咽んでいた。私はこれからのことが心配だったのもあって、少し冷静になっていた。


 大王が王太子とともに大王妃の寝室に駆け込んできたのはすぐ後のことだった。

 大王は大王妃に駆け寄り強く抱きしめながら号泣した。

 大王妃が愛されていることに感動して貰い泣きしてしまった。

 ひとしきり大王妃の回復を喜ぶと、大王は私に向き直って頭を下げた。信じられないものを見てしまった。傲岸不遜なことで定評があるマルクの大王が国を謀った偽の花嫁に頭を下げたのだ。


 「どうか顔をお上げくださいまし。お願いでございます。」

 「いや。ハンナ・アマーリエ王女。そなたには朕の命を助けてもらったのだ。感謝する。朕の名によってあらゆる便宜を図ることを約束しよう。」

 「ありがとう存じます。ですから、どうか顔をお上げくださいまし。」

 「うむ。」

 そう言うと、大王は竜の王を見つけたようだった。

 「あの者が竜の王であると。」

 「左様でございます。あの竜の王を元の場所に帰すことが約束でございます。」

 「承知した。出来ることはすべてしよう。また、余計なことは何も心配する必要はないことを約束する。」

 「ありがとう存じます。」


 国王は大王妃とのしばしの別れを惜しんだ後、執務室へと戻っていった。

 私は王太子に促されて、竜の王とともに王太子の部屋に移動する。

 部屋を出る際に、大王妃は「王女様にはどれだけ感謝してもし切れません。いつでもお越しくださいませね」と言ってくれた。


 竜の王は何も言わずに私について来た。

 私が必ず約束を守るつもりであることを理解してくれたのだろう。


 王太子の部屋に入ると、王太子も頭を下げてきた。

 もういいのに。

 「慌てていて感謝を伝えられていなかった。本当にありがとう。余は母上を失わずに済んだ。すべては王女のお蔭だ。」

 「いいえ、まだ済んでおりません。」

 「どういうことだ?」

 「この竜の王を元の場所に戻さなければなりません。」

 「本当にそうするのか。」

 「勿論です。私は大王妃様のためにこの竜の王と約束致しました。この約束は必ず果さなければなりません。」

 「そうか……、分かった。そのための手助けはこちらでいくらでもするから、何でも言って来てほしい。」

 「ありがとうございます。」

 「とりあえず出発するまでは、王太子妃用の部屋に戻ってくれ。竜の王も一緒で構わない。」

 「お気遣いありがとうございます。」

 私は呼びだされた侍女に案内され、竜の王と一緒に元居た部屋に戻ったのだった。侍女は竜の王を見ても無反応だったが、後から聞いた話では、恐怖のあまりに心が死んでいたのだそうだ。


 部屋に着くと、私は竜の王と二人きりにしてもらった。

 「竜の王よ、申し訳ありません。うんざりしていたでしょう。」

 「人の子の娘よ、いや、わしも元々は王じゃ。何となくではあるが理解しておる。気にすることはない。」

 「ありがとうございます。それで早速なのですが、竜の王が元居た場所とはどちらなのでしょうか。」

 「うむ、わしが都としておったのは、お主らがノルドライヒとか申しておる地のミューレホッホ山じゃ。わしらは代々モレホイと称しておるがな。モレホイの中にはわが城があり、そこに戻れば力も戻るはずじゃ。」

 「ノルドライヒですか……。」

 「そうか。かの地ももう人の地か。」

 「いえ、それがノルドライヒは魔王によって治められる瘴気に満ちた魔物の国になっておりまして、私のような人間が入れないようになっているのです。」

 「なんと。魔王などとは初めて聞いたぞ。すると何か、魔物たちは人間どものように王に従っているということか。」

 「私も詳しくは分かりませんが、そうではないかと。」

 「ううむ。そうか……。モレホイも別の者が治めておるかもな。」

 「いずれに致しましても、必ずお連れします。」

 「うむ。よろしく頼む。」


 明くる朝、早速王太子が部屋を訪ねてきた。

 「どうだ。調子は。」

 「まったく問題ございません。それよりも、大王妃様はいかがですか?」

 「ああ、お蔭様でな、早速朝食を召し上がったそうだ。父上も昨日から機嫌がいい。すべて其方のお蔭だ。ありがとう。」

 「いいえ。とんでもありません。」

 「それでだが、オストライヒに対しては厳しく接しなければならないが、戦にはならないことを約束しておこう。」

 「十分でございます。ありがとうございます。」

 「それで、竜の王の言う元の場所とはどこなのだ。」

 「はい。ノルドライヒのミューレホッホ山だそうです。」

 「ノルドライヒ⁉」

 「はい。」

 「しかし、あそこはもう人の立ち入れぬ場所となったではないか。」

 「それが以前人の行き来が少しあるという話を耳にしたことがございます。私は竜の王の約束を必ず果たすつもりです。色々とお助けいただけますようお願い致します。」

 「分かった。とりあえずフレンスヴィヒとノルドライヒの国境までは送り届けられるよう手配しよう。」

 「ありがとうございます。」

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