97.プレゼントはお預けです
起きて朝食を終えると、待ち構えたように湯殿に放り込まれる。
それに顔を引き攣らせながら、リリアンナは嬉々としている侍女達になすがままにされていた。
ランメル王国に来てからの日々は忙しなくしていた所為か、気付けばあっという間にアルフレッドとイリーナの婚約披露パーティー当日だ。
普段は魔法を行使しながら一人で湯浴みをしているリリアンナも、こうしたパーティーに出席する際には朝からしっかりと侍女達の手で磨かれることになる。
こういう機会でもなければお世話させてもらえないので、ロザリーを筆頭に彼女達の目の色が変わり気迫が凄まじい。
こんな時に逆らったり遠慮したりするのは愚策だと身に染みて感じているので、リリアンナは逃げ出したいのを我慢しながら侍女達の好きなようにさせていた。
湯浴みにマッサージが終わる頃には精神的にぐったりとしていたが、身体の方は元々きめ細やかで白く美しい肌が更に磨きに磨かれ、全身艶やかで見事な仕上がりである。
合間に軽食を挟みながら淡いブルーのドレスを身に纏い、いつもは日焼け止めを塗る程度の顔に化粧が施されていく。
妖精姫と称されるリリアンナの美しさがより際立つように完璧に仕上げると、侍女達は満足そうな笑みを浮かべ胸を張った。
そこには何故か、オルフェウス侯爵家からついてきてくれた四人の侍女達だけでなく、ランメルの王宮に勤める侍女達も混ざっている。
こちらは是非手伝わせてくれと願い出た者達であり、この辺りはフォレストの王宮と大して変わらない光景だった。
全ての準備を終えソファーで寛いでいると、エドワードが部屋まで迎えに来る。
そしてリリアンナの姿を認めたエドワードは暫しそのまま見惚れると、満面の笑みを浮かべてやや早足で側に近寄って来た。
「リリィ、凄く、綺麗だ。他の誰かに見せるなんて勿体ない。このまま二人だけで過ごしたいな」
「大袈裟よ、エド。それに馬鹿なこと言わないで」
リリアンナの両手を取り感極まるエドワードに、遠慮なく呆れた目を向ける。
確かに普段はしない化粧をし、ロザリー達が全身くまなく磨き上げてくれたお陰でいつもより綺麗になっているが、あまりにもうっとりとした目で見つめられるので恥ずかし過ぎて落ち着かない。
それに王太子として正装したエドワードも、いつも以上に凛々しく美しいのだ。
リリアンナはエドワードからそっと視線を逸らすと、目を潤ませ頬を薄らと赤く染める。
それにエドワードは悶えそうになるのを必死に抑え、表情を取り繕うのに大変な思いをすることになったが、リリアンナにはそれに気付く余裕などなかった。
漸く部屋を出てエドワードにエスコートされながら廊下を進むと、ルイスとエミリア、クリフとミレーヌが合流してくる。
ミハイルとレイチェルはリリアンナ達より少し遅れて出発する予定だ。
馬車に乗り込む少し手前の位置で、エドワードが思い出したようにラドリス公爵家まで付き添うことになっているロザリーの手元を見た。
「そう言えばリリィ、アルフレッド達に渡すって言っていたプレゼントはどうしたの? 数が足りないようだけど?」
「それなら、お兄様達には帰国する間際に渡そうと思って」
「もしかして、懲りずに犯罪組織の拠点突入作戦に参加しようとした罰かな?」
「そんなところかしら」
今回リリアンナは、アルフレッドとイリーナの婚約祝いとして、ある物を準備していた。
本来は今日のパーティーで渡す予定だったが、先日あれ程今回の主役なのだから大人しくしていろと全員から説教されたにも拘らず、抜け出して犯罪組織の拠点に向かおうとしたことで、考えを改めた。
表向きは反省したら渡すということにしたのだ。
実際には帰国する際には渡すつもりだが、それを伝えるつもりはなかった。
ラドリス公爵家に着き、会場に行く前にリリアンナとエドワードだけがサロンへと案内される。
ルイス達は会場近くにある控え室へと案内されるようだ。
間もなくしてミハイルとレイチェルも到着し、アルフレッドとイリーナを始めとしたラドリス公爵一家とオルフェウス侯爵一家が顔を揃える。
そこでお祝いの言葉を含めて挨拶を終えると、リリアンナはある物をテーブルの上に並べた。
「こちらは、婚約のお祝いとして新しく作った魔道具です。ただ、これはミハイル王太子殿下とレイチェル王女殿下へのお祝いの品ですけど」
「は? リリィ、それはどういうこと?」
アルフレッドとイリーナの婚約披露パーティーの日に、二人にではなくミハイルとレイチェルにお祝いの品を贈ると言うリリアンナに、エドワード以外の全員が戸惑い困惑を露わにする。
だがそれに態とらしく整った笑みを浮かべると、リリアンナは徐に口を開いた。
「本来は今日、同じ物をお兄様とイリーナ様にもお渡しする予定だったのですが、お二人にはしっかりと反省していただきたいので、後でお渡しすることにしましたの」
「え? 反省?」
「あれ程婚約披露パーティーの主役なのだから大人しくしていろと言われていたにも拘らず、犯罪組織の拠点突入作戦に参加しようとしていたのはどなたでしょう?」
「あ……」
アルフレッドとイリーナが分かりやすく目を泳がせる。
リリアンナの言いたいことを理解したミハイル達は、成程と納得を示していた。
「確かに、アルフレッド殿とイリーナ姉様にはしっかりと反省してもらった方がいいだろう。二人を止めるのは難儀したと聞いている」
「ええ、それはもう……」
その時のことを思い出しでもしたのか、ラドリス公爵夫妻とフランツが遠い目をしている。
エレノアのアルフレッドに向ける目は、かなり怖いことになっていた。
「それでリリィお姉様、こちらはどんな魔道具なの?」
「遠距離通信の魔道具に、新たな機能を付け加えたものなの。どんなものかは実際に使ってもらった方が早いと思うわ」
早速魔道具に興味を示したレイチェルに微笑み、使い方を説明してミハイルと共にそれを起動してもらう。
すると二人が手にした魔道具の真上の空間に、お互いの姿が浮かび上がった。
「これは、声だけではなく映像も届けることができるの」
「ランメル王国の王都からフォレストの王都までの距離なら問題なく使えることは、実証実験をして確認している。これと同じものを使って父上と遣り取りをしていたからね」
エドワードがレイチェルの頭を撫でながらそう説明すると、レイチェルが嬉しそうに顔を綻ばせる。
ミハイルもそれは同じで、離れていてもお互いの顔を見ながら話ができることに心底嬉しそうにしていた。
「同じものをロマーノ様にもお渡ししますわ。アメリアと婚約を結ぶ方向で話を進めることになられたのでしょう? どうぞ両家の話し合いにこちらをご活用ください」
「ありがとうございます、リリアンナ嬢。是非使わせていただきます」
「勿論、他の二組の方々にもお渡ししますね」
ミハイルとレイチェルは素直に喜んでいるが、ロマーノは敢えてこの遣り取りをアルフレッドとイリーナに見せつけるようにしている。
当の本人達は、羨ましそうにそれを眺めていた。
「リリィ、俺達には……」
「先程、しっかりと反省してもらってからと言ったでしょう? それが実感できれば、ちゃんと後から贈らせていただきますわ」
妹としてではなくよそ行きの態度で接するリリアンナの言葉に、アルフレッドとイリーナが悲しそうな目をして項垂れる。
それに追い討ちをかけるように、リリアンナはにっこりと微笑んだ。
「これからパーティーが始まると言うのに、そんな悲しそうな顔をしてどうするのですか。パーティーではお二人の幸せそうな姿を、皆様にしっかりとお見せしてくださいね」
リリアンナの言葉に、アルフレッドとイリーナはがっくりと崩れ落ちそうになる。
そんな二人の姿に、その場にいた他の全員が自業自得だと呆れた目を向けていた。




