96.嫌な予感ほど当たります
レナードからガルドの取り調べについて報告を受けたリリアンナ達は、言葉を失いその顔からは表情が抜け落ちた。
だがその状態から逸早く立ち直ったエドワードは、呆れた声音で呟きながら手で顔を覆った。
「あれを、見せたのか……」
「その方が手っ取り早いだろう」
「それはそうかもしれないが……」
報告をした時のまま淡々とした調子で言葉を返すレナードに、思わず溜息を吐きそうになる。
エドワードから少し遅れて正気に戻ったリリアンナは、軽く頭を振るとレナードに呆れた目を向けた。
「それで、ガルドの反応はどうだったのですか?」
「愕然としていたな。アンナ・ザボンヌの行動が意味不明過ぎて衝撃が強かったようだな」
「まあ、衝撃が強いと言えばそうかもしれませんけど……」
レナードからアンナの奇行の数々を記録した映像をガルドに見せたと聞かされ、何故そんなものを見せたのかと呆然としてしまったが、手っ取り早いと言われれば確かにその通りではある。
だがその場にいたランメル王国の騎士達にも見られたのかと思うと複雑な気分だ。
一体どこまで見せたのか気にはなるが、それはあまり考えたくないことでもあった。
「ずっと無気力で自分の命すらどうでもいいと考えているように見えていた奴が、あれを見て取り乱した程だったからな」
「それはそれで、どうなのだろうな……。まあ、分からなくもないが」
「私達も、最初は随分と驚いたことだしね……」
無気力だった者がそれで取り乱すなど大袈裟な気もするが、初めてアンナに奇妙な行動を取られた時のことを考えると、リリアンナ達もガルドのことをとやかく言えない。
あの理解不能な行動ばかりするアンナと深く関わることになると言われては、そうなるのも仕方ないような気がしてきた。
「取り敢えずそれは置いておこう…。それより、聞いた限りガルドは、フォレストには何も恨みがないと言うより関わりたくないように思えるな。それとも、無関心と言った方が近いか?」
「ああ、俺もそう思う」
「フォレストに移送されると聞いた途端に、初めて感情を見せたとなればな…」
エドワードとレナードがお互いに複雑な様子で顔を見合わせ、眉間に皺を寄せて黙り込む。
ガルドが祖父と母親のことをどう思っているのかはまだ確認していないらしいが、好意的ではないことは確かだろう。
祖父であるゾリラス元伯爵のことをまるで他人事のように話していたことを考えると、興味自体ないのだろうとも思えた。
「ロイドが父親であることも、まだ話していないんだよな?」
「ああ、それは移送後でもいいかと思ってな」
「しかし、それすらもどうでもいいとか思いそうな気がしてきたな。実の父親を手に掛けていたと知っても、何とも思わなそうだ」
「そうだな……」
その二人の遣り取りに、黙って聞いていた全員がそれぞれ顔を顰めたり険しくしたりしている。
ミレーヌは何かを堪えるように俯き、クリフは労わるようにその肩を抱き寄せていた。
ルイスはそんな二人を一瞥した後、ゆっくりと一度目を閉じると改めてエドワード達に向き直る。
だが何かを考え込むリリアンナの姿を捉えると、嫌な予感がして思わず恐る恐ると声を掛けた。
「リリィ、お前、何か変なことを考えたりとかしてないよな……?」
「変なことって何よ、失礼ね」
ムッとしてルイスを睨んだリリアンナは、唇を尖らせ軽く頬を膨らませる。
だがルイスの言葉に反応したエドワードは、やや顔を引き攣らせながらリリアンナに詰め寄ってきた。
「リリィ、本当に変なこと考えてないよね……?」
「エドまで……。単に、以前ガルドがザボンヌ子爵令嬢と会った時に、何を話したのかしらって思っただけよ」
「本当に?」
「執拗いわね。ガルドはザボンヌ子爵令嬢のことを変な女だと言っていたのでしょう? つまり彼女はその時に、何らかのおかしな言動をしたということではないかしら?」
その言葉に、リリアンナを疑り深い顔で見ていたエドワードとルイスが顔を見合わせる。
そして顔を顰めると、二人でブツブツと呟くように話し出した。
「僕の婚約者だとか、そういう話か?」
「可能性はあるな。その時には既に、ロイドに手を出されていたのだろう?」
「それも、ロイドを僕だと思い込んだ状態で……」
「もしかしたらその時に、エドと結ばれるのに私が邪魔だとでも言ったのかもしれないわよ?」
自然に二人の会話に割り込んできたリリアンナの言葉に、エドワードとルイスだけでなく他の三人も目を見開いて暫し彼女の顔を凝視する。
そして何とも言えない表情でそれぞれ顔を見合わせると、有り得そうな話だと頭を抱えたり溜息を吐いたりした。
「それでガルドが、適当なことを言って煽った可能性もあるな」
「有り得るな。それを間に受けて、更におかしな言動をするようになったのだとしたら……」
「こういう嫌な予感ほど当たるのよね……」
「兎に角、ガルドにはその時のことをよく思い出してもらう必要があるわね」
「そうだね。それ次第で改めて対応を考えないと」
「エド、お前は少しその不穏なオーラを抑えろ!」
厳しい表情でそれぞれが思い付くことを口に出す。
その中で黒いオーラを纏い始めたエドワードを、ルイスとクリフが落ち着くよう慌てて宥めていた。
「もし仮にガルドが余計なことを言ってザボンヌ子爵令嬢を煽っていたのだとしたら、遠慮なく生贄にすればいいのではないかしら?」
「生贄?」
「ええ、彼女がまた、他の誰かをエドだと思い込んで襲おうとした時に」
リリアンナが無邪気な笑顔で、それとは大きくかけ離れた残酷なことを言い放つ。
それに反対するどころか全員が笑顔で賛同し、ガルドは知らないところで更に追い詰められる羽目になっていたのだった。