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93.複雑な気持ちのままです

 何かと理由をつけて居座ろうとしていたレナードは、ミレーヌに無理矢理彼の為に用意された客室へと連れて行かれた。


 途中で部屋から出ていったミレーヌは、侍女達にレナードの部屋の湯殿の準備をするよう伝えにいったらしい。


 レナードが到着する前から客室の準備は整えられていたし、到着した時点で湯殿の準備を始めていたようだ。


 仮にお湯が冷めても魔法で温めればよいので、後はレナードが湯殿を使用する時に改めてそうするだけの段階になっていた。


 部屋に戻ってくるなり彼を引っ張っていったミレーヌは、そのまま湯殿に放り込んできたらしい。


 改めてエドワードの部屋に戻ってきたミレーヌは、疲れたようにソファーへと座り込んだ。


「お兄様が聞き分け悪くてごめんなさい。今回は相手が相手だから、色々と考え込んでしまっているみたいなの」

「…それは、お前もだろう?」


 顔を伏せたミレーヌに寄り添うように隣に座ったクリフが、そっと彼女の頭を撫でる。


 それにミレーヌは一瞬だけ微かに肩を震わせると、膝の上の手をぎゅっと握り締めた。


 ミレーヌがランメルの王宮に着いてから、何処となく様子がおかしいことに、その理由を含め幼馴染全員が気付いている。


 ウィステリア侯爵家に起きた過去の悲しく痛ましい事件を考えれば当然のことだ。


 彼女とレナードの大叔母に当たるソフィアが、当時王太子だったランメル前国王との婚約が成立する直前に暗殺されたことで、二人はランメル王家に対し複雑な思いを抱いていた。


 ランメル王家は、ミレーヌがウィステリア侯爵家の令嬢だと知った上で快く迎えている。


 それどころか彼女の心情を思い、そうとは知られないよう気遣っているほどで、それはレナードに対しても同じだ。


 ランメル王家はミレーヌをフォレスト王国からの賓客、レナードを捜査の協力者として、他には何ら含むことなく他の者達と同様に迎え入れていた。


「ランメル王家の方々が、私達のことを知った上で厭うことなく迎え入れてくださったのは分かっているわ。私達が気に病まないよう気遣ってくださっているとも思うの。それでも……」


 そこで言葉を途切れさせたミレーヌは、何かに堪えるように唇を噛み締める。


 そんな彼女に近寄ったリリアンナは、隣に座るとその手を労るように包み込む。


 以前ならここで頭を抱き寄せていたが、これからはクリフのいる前でそうすることはない。


 それを無意識のうちに行いながら、リリアンナは何も言わずにミレーヌが落ち着くのを待っていた。


「ありがとう、リリィ。それからクリフも。もう大丈夫だから」

「…無理はするな」

「そうよ、クリフの言う通りよ。少し部屋で休んだ方がいいと思うわ。クリフ、ミレーヌをお願いしてもいいかしら?」

「当然だ」


 クリフがミレーヌを支えながら部屋を出ていくのを見送り、リリアンナは深く息を吐き出す。


 同じく部屋に残っているルイスも、気遣わしげに二人が出ていった扉を眺めていた。


「そろそろ吐き出させないとやばそうだなとは思っていたが……」

「そうね、正直ミレーヌには無理させたと思うわ」

「あんな状態なのに、ゲルグ捕縛の際はレイ達の護衛を頼んだりしたからね」

「ええ、精神的に負担をかけてしまうことになったと思うわ。何も役割が与えられなかったら、それはそれで更に気に病むことになるだろうから、そうせざるを得なかったけれど…」


 今のミレーヌの精神状態は普通だとは言い難い。


 そんな状態なのに、ゲルグが王宮に侵入しようと企てていることを分かった上でレイチェル達の護衛をするという、気が張り詰めることを任されたのだ。


 それがミレーヌにとって酷なことであることを理解した上で、エドワードもリリアンナも彼女に任せた。


 彼女の性格上、何も役割を与えないよりその方がマシだと判断したからだ。


 それでも、ミレーヌに精神的な負担をかけてしまうことに変わりはなく、エドワードもリリアンナも大きな責任を感じていた。


「まあ、後はクリフに任せるしかないだろう」

「そうだな」


 ルイスにそう言葉を返したエドワードは、そのまま暫し黙り込む。


 ミレーヌも気になるが、当然レナードのことも気掛かりだ。


 今はこの中で、エドワードだけがウィステリア侯爵家の隠された役割を知っている。


 ウィステリア侯爵家が王家の影を統括していると知っているのは、王女を除く王族と、侯爵家以上の家の当主、それから学園を卒業した後継のみだ。


 今はラドリス公爵家に滞在しているアルフレッドは、帰国して後継となる準備が本格化してから知ることになるだろう。


 王家の影は、王家と国の為に動く存在であり、彼らを統括していてもウィステリア侯爵家の為に動くことはない。


 それでもソフィアを暗殺されたことは、彼らにとって大きな汚点であり、暗い影を落とすことになった。


 ゾリラス伯爵家が、当時の王太子の婚約者候補の全員を暗殺しようとしている情報は掴んでいた。


 既にそれに対処する為に動いており、候補を外れていたソフィアにも万が一を考え、ウィステリア侯爵家として護衛を増やしてもいた。


 にも拘らず、ソフィアを誘拐され殺されてしまったのだ。


 彼女の護衛達は、睡眠効果のある香で眠らされており、それを免れた若く将来有望な護衛騎士は惨殺されていた。


 ゾリラス伯爵が手配していた暗殺者の方が、一枚も二枚も上手だったのだ。


 この事件が切っ掛けで、オルフェウス侯爵家は状態異常無効化の魔道具を開発するに至った。


 当時のウィステリア侯爵家当主とオルフェウス侯爵家当主は仲の良い友人同士であり、もっと早く開発できていればと悔やんだことは数知れない。


 だが無惨な姿になったソフィアを発見したのも、暗殺者を追い詰め捕えることができたのも、オルフェウス侯爵家とコルト侯爵家の協力があったからこそだ。


 それに感謝こそすれ、恨むことなどあるはずがなかった。


 だがその二家の協力がなければ、早期に事件を解決できなかったという事実は、ウィステリア侯爵家を苦しめることになっていたのだ。


 そうした事実を知っているエドワードは、同じくそれを知るレナードの苦しみが、ミレーヌ以上であることを確信している。


 だからこそ、彼のことが気掛かりでならない。


 ガルドと相対する前に、少しでも体調を万全にしておくべきだと考え、彼に休むよう命じはしたが、恐らく眠ることなどできないだろうなと、深く溜息を吐き天を仰いだ。

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