92.謎は謎のままです
ランメル国王との話を終えて庭園に戻ると、ロマーノ達六人は更に打ち解けた雰囲気を醸し出していた。
相性の良さそうな組合せは変わっておらず、先程より距離が縮まったようにも見える。
そう思ったのはリリアンナだけではないらしく、ミハイルがホッとしたように彼らに声を掛けた。
「それぞれ候補が定まったようだな」
すると六人は彼の言葉を肯定するかのように揃ってはにかみ、薄らと頬を赤く染める。
どうやらこの組合せで話が進むことになりそうだと、今回の滞在中に婚約者選びの目処がついたことに胸を撫で下ろした。
「ところで、ルカとダンテの方は結局どうなったんだ?」
「恐らく、フォレスト王国に留学する方向で話が進むことになりそうだ……」
照れているのを誤魔化すように話題を変えたロマーノに、ミハイルはげんなりとした様子でそう零す。
その後ろでルカとダンテは満面の笑みを浮かべ、嬉しくてたまらないという気持ちを隠していない。
それを恨めしそうに冷めた目で一瞥すると、ロマーノはこめかみの辺りを手で押さえた。
「姉上が面倒なことになりそうだ……」
「イリーナ姉様が暴走しないよう、気を付けろよ」
何だか不穏な言葉が聞こえてきて、リリアンナの顔が引き攣りそうになる。
だがそれはリリアンナにも容易に想像できたことなので、うっかり乾いた笑いを漏らしたりしないよう、何とか表情を取り繕っていた。
「イリーナ様とは、ロマーノ様のお姉様のことですよね? 何故イリーナ様が暴走なさるのでしょうか?」
事情を知らないアメリアが、不思議そうに首を傾げる。
できればそれは追究しないでほしかったが、無情にもロマーノはあっさりとその疑問に答えた。
「姉上はリリアンナ嬢の崇拝者……、いえ、魔法分野全般における天才と称されるリリアンナ嬢に強い憧れを抱いているのです。ルカとダンテがリリアンナ嬢から直接魔道具製作の指導を受けると聞けば、大層羨ましがることでしょう」
ロマーノは直ぐ様言い直したが、崇拝者と言ったことは誤魔化せていない。
だがアメリア達三人の令嬢は、それを気にすることなく顔を綻ばせた。
「そうなのですね。リリィお姉様に憧れる気持ちはよく分かりますわ。フォレスト王国でも、お姉様には多くの令嬢達が憧れておりますもの。勿論私達もです」
「ええ、魔法の実力もそうですが、魔法抜きにしてもリリィお姉様は素敵な方ですもの」
「そうですわ、リリィお姉様はフォレスト一の美姫と称されるほどお美しく、令嬢の模範と言われるほど完璧で気品に溢れる方です。憧れない方がおかしいですわ」
崇拝者という部分には一切触れず、只管リリアンナへの憧憬を語り出す三人に、恥ずかしいからやめてくれと顔を覆いたくなる。
魔法が絡まなければ完璧な令嬢だと称されるリリアンナだが、本人はまだまだ精進しなければと思っているので、こんなふうに手放しで褒められるとむず痒いし何だか落ち着かない。
だがそう感じているのは本人だけで、傍から見ていたエドワードとレイチェルは、魔法絡みで暴走しない限りはその通りで異論はないと、三人の称賛に深く頷き同意していた。
そうこうしているうちに顔合わせを兼ねたお茶会はお開きとなり部屋へと戻ると、丁度レナードが到着したと知らせが入った。
間もなくしてランメル国王との謁見を終えたレナードが、そのままエドワードの部屋を訪れる。
その顔は疲労の色が濃く、因縁の相手との対面を前にしているからか、いつもとは様相の違う厳しい表情をしていた。
「随分と疲れているようだな。一先ず休んだ方がいいのではないか?」
「いや、問題ない」
「どこがだ、今にも倒れそうな顔をしておいて。急ぎの報告があればそれだけして、まずはゆっくりと身体を休めろ。ガルドの取り調べは明後日から始めることになったと聞いている。だから話は明日でも大丈夫なはずだ」
エドワードにそう諭されたレナードは苦虫を噛み潰したような顔になるが、深々と息を吐き出すと渋々と頷く。
そしてゆっくりと顔を上げると、淡々と静かに話し始めた。
「ララ・バロックが久々に癇癪を起こしたらしい。アンナ・ザボンヌに会わせろと暴れていたようだ」
「……それを話すのは、明日でもよかったのではないか?」
「忘れる前にと思ってな。それからアンナ・ザボンヌの方も、また魔法省の研究員をお前だと思い込んで襲おうとしたらしいぞ」
「それも明日でいいし、できれば聞きたくない話だよ……」
エドワードが片手で顔を覆い、ゆっくりと頭を振る。
今は考えたくなかった二人の名前が出たことで、途端に疲れが増したようだった。
社交界デビューの夜会直後にバロック男爵家から追放されたララは、そのまま魔法省預かりとなり現在に至る。
彼女の特性の能力に関する研究は芳しくなく、未だ不明な点が多いままだ。
アンナの特性の影響を受けないよう、今のところは直接会わせず、時折遠くから姿を見せるだけにしているらしいが、大人しく見ているだけの時もあれば、近くに行かせろと暴れる時もあり、その時々で様子が異なるとのことだった。
そして極稀にではあるが、禁断症状でも起こしたかのように狂乱し暴れ回ることがあるそうだ。
それも何が切っ掛けでそうなるのか、未だ何も掴めていない状態だった。
一方アンナは、ララが姿を消したことに関心を持ったことがないらしい。
アンナにべったりだったララが突然学園からいなくなったことに、何の疑問も抱いていないようだ。
てっきりララが姿を消したことをリリアンナの所為にして詰られるのではないかと思っていた分、それはそれで逆に気味が悪かった。
そして今度は、アンナと魔力の相性が良いガルドと引き合わせることになる。
その時どのようなことが起こり得るかのを考えると、不安にもなるというものだ。
帰国しても面倒なことが多そうだと、そう考えただけで既に今から気が重く、頭が痛くなりそうだった。




