91.弟子ができました
王宮の庭園でお茶会形式で行われた顔合わせは、ロマーノ以外の令息達が、リリアンナを緊張した様子で凝視するところから始まった。
アメリア、エヴリン、メイベルの三人が婚約者候補である五人の令息達と挨拶や簡単な自己紹介を交わし合った後、付き添いとして参加したことを告げた上でリリアンナが名乗ると、四人の令息達は一斉に目を見開き驚愕していた。
それにリリアンナは、表情こそ完璧に取り繕って表にこそ出していないが、何が何だか分からず戸惑ってしまう。
候補者の一人であるロマーノと、同じく付き添いとして参加していたエドワードとレイチェル、そしてミハイルは、それを苦笑しながら眺めていた。
魔法の名門オルフェウス侯爵家の令嬢であり、魔法分野全般における天才として大陸中にその名を轟かせているリリアンナのことは、勿論彼らも知っている。
そんな大物が突然目の前に現れたことで、緊張して挙動不審になってしまったのだ。
だが自分がそれ程までに大きな影響を与えている存在だとは微塵も理解していないリリアンナは、そんな彼らに只々困惑するしかなかった。
暫くして漸く落ち着きを取り戻した令息達は、アメリア達との会話を楽しみ始める。
それを少し離れたテーブルから見守っていると、左隣の席に座っていたミハイルが、小声で話し掛けてきた。
「リリアンナ嬢、フォレストのご令嬢方と我が国の令息達の魔法力についてはどう思われますか?」
彼が知りたいのは、リリアンナから見て彼らの魔法力の差が許容範囲内かどうかだ。
ミハイルの質問が何を意図しているのか正確に理解したリリアンナは、見たままの率直な感想をそのまま述べた。
「そうですね、三人の令嬢の中で一番魔力保有量が多いのはブライトン伯爵令嬢ですが、彼女より若干ロマーノ様が多い程度ですので、魔力保有量だけを見ればこの組合せが最適と言えるでしょう」
それを聞いたミハイルが、成程と満足そうな笑みを浮かべて頷く。
それに笑みを返すと、更にその先を続けた。
「次に魔力保有量が多いのがグラスト伯爵令嬢とアレスト伯爵令嬢、お二人から若干少ないのがアドレア侯爵令息とリンドス侯爵令息です。アルバーニ侯爵令息とバルトロイ侯爵令息も魔力保有量の差は許容範囲内ではありますね」
「つまり魔力保有量の観点から言えば、より有力なのはブルーノ・アドレアとベルナルド・リンドスということですか?」
「そういうことになりますね」
そう言葉を返しながら、リリアンナは彼らを注意深く眺め様子を窺う。
あくまで主観ではあるが、アメリアとロマーノ、エヴリンとブルーノ、メイベルとベルナルドの組合せで話が盛り上がっているように見える。
逆にルカ・アルバーニ侯爵令息とダンテ・バルトロイ侯爵令息の二人は、あまり乗り気ではなさそうだ。
それどころか彼らは、先程からリリアンナのことをちらちらと窺い見ている。
それにエドワードが不穏な空気を漂わせる前に目を合わせ頷き合うと、二人は意を決したように立ち上がりこちらへと近寄ってきた。
「あの、オルフェウス侯爵令嬢、大変不躾なお願いだと分かってはいるのですが……」
「何でしょうか?」
緊張して顔を強張らせた二人は、言い掛けて途中で言葉を途切らせてしまう。
それに安心するように微笑み掛けると、何故か余計に硬直させてしまったが、数瞬後二人は大きく息を吸い込むと、殆ど叫ぶように異口同音に言葉を続けた。
「私達に魔道具製作を指導して頂けませんでしょうか? できることならば弟子にしてほしいです!」
「……え?」
思わぬ申し出に、リリアンナはその言葉を飲み込む前に数度瞬きを繰り返す。
黒いオーラを漂わせる寸前だったエドワードも、虚をつかれたように呆然としていた。
「リリアンナ嬢、突然このようなことになり申し訳ありません。この二人は昔から、魔道具に大変興味を待っていまして……」
ミハイルも二人がまさかこの場でこのような行動に出るとは思ってもいなかったのか、顔を引き攣らせそうになりながらもそう弁明する。
伯爵令嬢の三人は会話を止めて目を丸くしたままこちらに視線を向けており、令息達は頭を抱えていた。
「あの、こちらに滞在している間でしたら、時間の都合がつく時に指導させて頂くことはできるかと思いますが、流石に弟子というのは……」
「私達がフォレスト王国に留学したとしても駄目でしょうか?」
「ちょっと待て、お前達だけで話を進めようとするな!」
返答に困るリリアンナに尚も言い募ろうとするルカとダンテを、ミハイルが慌てて止めに入る。
そして頭が痛いとばかりに手で顔を覆うと、深々と溜息を吐いた。
「ロマーノ、悪いがこの場を頼めるか? 私達は場所を変えて話し合うことにする」
「あ…、ああ、分かった。こちらは任せてくれ」
傍から見て良い雰囲気だった六人を残し、リリアンナ達はミハイルに言われるままその場を離れる。
彼に従い付いて行くと、ランメル国王の応接室に案内された。
そこにはフレデリックにフランツも顔を揃えており、今度は何を仕出かしたと言わんばかりの顔でリリアンナに恨めしげな目を向けてくる。
そのことに、少々どころではなく解せなかったのは言うまでもない。
「確かにフォレスト王国に比べれば、我が国の魔道具製作は大きく遅れておる。だがオルフェウス侯爵令嬢にそれを指導してもらうということは、最高峰の技術を提供してもらうも同然だ。相応の対価をフォレスト王国に払わねばならん」
「その通りですね。二人がリリアンナ嬢に指導して頂ければ、我が国の魔道具製作は大きな進化を遂げることになるでしょう。ですが、それでは我が国だけに利があることになりかねません。フォレスト王国にも利がある形にしなければ」
ランメル国王とミハイルの会話を聞いたフレデリックは、更に自分の仕事が増えたことを理解し現実逃避しそうになる。
同じくフランツも、リリアンナと魔道具が関わっている以上間違いなく巻き込まれると頭を抱えそうになりながらも、何とか表情を取り繕っていた。
そして結果的に、ルカとダンテは準備ができ次第フォレスト王国に留学することが決まった。
レイチェル達と同い年の二人は、約二年間オルフェウス侯爵家に寄宿し、そのままフォレスト学園に進学し寮生活を送ることになる。
その五年間、リリアンナだけでなく魔法省所属の魔法士達にも師事し、二人はフォレスト王国の基準でも素晴らしい魔道具を製作するまでになった。
こうしてリリアンナは、意図せず初めての弟子ができ、ランメル王国の魔道具製作の発展に大きく寄与することになったのだった。




