79.ついでに対処しただけでした
エドワードの膝の上で真っ赤になった顔を俯かせていると、頭上から笑う気配が伝わってくる。
そろりと微かに顔を上げ仰ぎ見ると、エドワードが必死に笑いを堪えていた。
「……エド?」
「ごめん、恥ずかしがってるリリィが可愛すぎて」
恨めしげな目で睨むと、エドワードがくすくすと笑いだす。
それに軽く頬を膨らませると、ゆっくりと髪を撫でられた。
「揶揄ってるだけなら、今すぐ降ろして」
「駄目に決まってるでしょ。今日はくっついてないと無理だって言ったよね?」
試しに言ってはみたものの、あっさりと圧のある笑顔で拒否され、彼の膝から降りるのを改めて断念する。
こちらは恥ずかしくてたまらないのに、どうしてそんなに平然としていられるのかと、愚痴の一つでもこぼしたい気分だった。
「それにしてもあいつら、リリィを無理矢理傷物にした上で婚約を結ぶつもりでいたとはな。やはり、今回の件に託けて処分することにしたのは正解みたいだね」
「昔から問題を起こそうとしていた家ばかりだものね。本人達が思っているよりずっと能力が低かったお陰で実現には至っていないようだけど」
突如黒い笑みを浮かべたエドワードから視線を逸らし見なかったことにした上で、溜息まじりに言葉を返す。
今回の件には、リリアンナに婚約を断られた挙句に暴行を加えようとして捕えられた五人の家以外にも二つの伯爵家が関わっており、既に別件で捕えられている。
その二つの家の令息達は二日前、レイチェルに面会を求めて断られ、強引に彼女がいる王族居住区へ押し入ろうとして捕えられた。
その際彼らは、レイチェルとミハイルの婚約は破棄すべきだ、レイチェルに相応しいのは自分だなどと大声でほざいていたらしい。
それを知ったレイチェルは怒り狂い、自ら魔法を行使して鉄槌を下すと息巻いていたようで、彼女を宥めて止めるのに苦労したとエドワードが苦笑いをしていた。
「いくら意識誘導されているのが確認されていたとは言え、彼らの行動は目に余る。それに、今回は意識の奥底にあったものを引き摺り出された故のことだからね」
「本当にね。今回関わった家の者達の殆どが意識誘導されているのを知った上で、都合がいいからこのまま処分を下してしまおうだなんて驚いたけど、このまま放置しているよりはマシかもしれないわね」
今回捕えられた七つの伯爵家は常に問題視されてきた家であり、既に令息だけでなくそれぞれ一家全員が拘束されている。
全ての家が伯爵家の序列で中位から下位に当たるがその立ち位置を不服としており、どうにかして上にのし上がろうと常に何かしらを企んでいた。
リリアンナ達の祖父世代では、ギルバートを王太子に担ぎ上げ裏で権力を握ろうと目論み、勝手に王位継承権争いを引き起こそうとしていたらしい。
それはギルバートが病で子を儲けることができなくなったことで諦めざるを得なかったが、どちらにせよ彼らにギルバートを御することなど不可能だっただろう。
それどころか王位など興味のない彼に、逆にいいように遊ばれていたに違いない。
それらの策略が実現せず今まで家が存続していたのは、彼らの家にはそれを実現できるだけの能力を有する者が皆無だったからだ。
自身の能力を過大評価している彼らは、自分達の家は公爵家であることが相応しいと常日頃から豪語しているが、それだけの力をこれっぽっちも持ち合わせていない。
それ以前に、王族が臣籍降下して興した家であることが条件の公爵家になれる訳がないのだが。
魔法力も家の力も、現在の立ち位置に相応しい程度のものでしかなく、高位貴族からは大きくかけ離れているが、その現実を理解することができず陞爵して権力を手に入れることばかりを考えていた。
今回はそこを突かれ、利用された形だ。
ガイに接触していた犯罪組織の男は、新年祭の時には既にこれらの家にも接触しており、七つの家のほぼ全員の行動を誘導することに成功していた。
「確か、ガイ・ドリアスや七家に接触したのがゲルグ、媚薬の売人がロイドだったわね」
「そうだよ。そしてゲルグは、ランメル王家が例の魔道具を押収する切っ掛けを作ってもいる」
「ランメル王家を逆恨みする動機は充分ね。だからその報復でミハイル王太子殿下とレイの婚約を壊そうと考えた」
「しかもリリィを拉致することを企んでいる。七家の野望は奴の思惑に利用するのに都合がよかった」
二人は顔を見合わせ、厳しい表情で唇を引き結ぶ。
リリアンナの顔は真っ赤なままなので少々格好つかないが、今はエドワードもそれを茶化す気にはなれなかった。
「それにしても、認識阻害魔法だけではなく、精神に作用する魔法を得意としているとはね。他者の意識を誘導する魔法を使い、七家の行動を意のままに操るなんて……」
「僕達のような魔法力が強い相手には通用しないみたいだけどね。ゲルグの魔法力はあまり強くないようだし、少なくとも我が国では、伯爵家の序列上位の五家までは確実に影響を受けることはない」
「だけど、七家はあっさりとゲルグの魔法に落ちたのよね……」
今度は揃って頭が痛いとばかりに顔を顰める。
フォレストが魔法大国と言われる所以は、王家と侯爵家以上の全ての家、そして伯爵家序列五位以上の家の功績によるものだ。
伯爵家の序列五位と六位の家では、侯爵家と伯爵家序列一位の家よりも魔法力に差がある。
それでもフォレスト王国の貴族は、他国の同じ爵位の家よりも圧倒的に魔法力が優れているのだが、今回伯爵家の七家は、簡単にゲルグの魔法に屈してしまった。
それは、彼らが常に抱き続けていた野望に目を付けられたからだった。
「相手にとって聞こえのいい言葉を使って自分のペースに引き込み、徐々に効果を高めていくことで意識を誘導することが可能な魔法ね……」
「リリィには、一度その魔法を見てもらった方がいいかもね。対抗できるよう、無力化する手段を確立しておいた方がいい部類の魔法だから」
「そうね、私もそう思うわ。それに、ランメル王国で行われるお兄様達の婚約披露パーティーの時に、ゲルグが私を狙ってくる可能性は高いわ。その機会を上手く利用したいわね」
リリアンナ達にとってゲルグのその魔法は脅威ではないが、今回伯爵家の七家は見事に利用されているのだから、放っておくことはできない。
彼らがあっさりその罠に掛かったことは情けないと思うが、それとこれとは別の話だ。
だが常に面倒ごとを引き起こそうとする彼らに引導を渡すのに、今回のことは利用できる。
その意味では、王家や高位貴族にとっては都合がよいことでもあった。
ただそれと同時に、高位貴族とそれ以外の貴族との教育の差を痛感し、頭を悩ませることにもなったのだった。
「それにしても、できれば魔法でも彼らを叩きのめしたかったわね」
「後日その機会を設ける予定があるよ。あいつらにはリリィの手加減なしの実力を、嫌ってほど実感してもらった方がいいだろうから。ただ彼らには、おしめ着用が義務付けられるかな。リリィの魔法に奴らの精神が耐えられるとは思えないから」
「……悪臭と、それからその場所が汚れないように魔法で対策しないといけないのかしら」
後日、七家約五十名を試合形式で一度に相手することになったリリアンナは、開始と同時に全員をあっさりと無力化した。
無詠唱が基本のリリアンナにとって、略式詠唱すらまともに使えない彼らを瞬時に無力化することなど造作もないことだ。
だがその現実を受け入れられない彼らは、不正だのインチキだなどと騒ぎ出した上に、リリアンナの魔法力まで疑うようなことを言い始めた。
あまりの言われように流石に激怒したリリアンナは、手加減なしの魔法で一方的に蹂躙し、とどめに男女の区別なく全員の髪の毛を風魔法で刈り取ったのであった。
「それにしてもロイドが例の媚薬を作ったのは、ゲルグが唆したからだとはね……」
「ここでもザボンヌ子爵令嬢に繋がるのは、どういうことなのかしら……」
例の媚薬とは、アンナが所持していた幻覚作用のあるものだ。
数日前、その媚薬をゲルグが自分で使用する為にロイドを唆して作らせたことが分かったが、アンナが所持していた理由については、まだ不明なままである。
ゲルグ自身はその媚薬を手にする機会がなく、完成していたことも知らないようだった。
「それからガルドも生け捕りにして、こちらに引き渡してもらう必要があるのよね」
「特性の研究に必要になってしまったからね」
アンナと魔力の相性が良いことが分かった以上、ガルドもその研究対象にするしかない。
既にこちらも、ランメル王国との間で話が付いた後だった。
「もしガルドの言葉がザボンヌ子爵令嬢の奇行に影響を与えていたのだとしたら、つい彼を叩きのめしてしまうかもしれないわ」
「奇遇だね、僕もそうすると思うよ」
二人は顔を見合わせ、感情の読めない笑みを浮かべ黒いオーラを漂わせる。
ただこの状態でもリリアンナの顔は赤く染まっており、口調だけは冷静でも、全く平静ではないことは明らかだった。