76.新たに依頼を受けました
立ち上がると同時に手首を掴まれる。
その相手を見下ろすと、リリアンナは態とらしく整った笑みを浮かべた。
「エド、早く帰って依頼に取り掛かりたいの。だから手を離して」
「折角こうやって集まっているのだから、最後までお茶を楽しんでもいいのではないかな?」
同じように態とらしい笑みを浮かべながら、リリアンナの手首を掴んだ手を離すことなく、エドワードが言外にまだ帰るなと圧を掛ける。
一刻も早くタウンハウスに帰って依頼に取り掛かりたいリリアンナと、少しでも長く彼女と一緒にいたいエドワードが静かに火花を散らす。
傍から見ればくだらないとしか言いようのない二人の攻防を眺めながら、国王とギルバートはやはりこうなったかと溜息を吐き、ルイスとクリフは頭を抱え、ミレーヌは苦笑いだ。
国王から、ガイに接触した男と媚薬の売人の男が認識阻害魔法に長けていたことと、それによりその魔法への対策を早急に講じなければならないことを聞いたリリアンナは、対処方法と解決策を探すよう依頼を受けた。
それを聞いたリリアンナの目の色はガラリと変わり、直ぐ様動き出そうとしたが、それを止めたのがエドワードだ。
毎晩リリアンナの部屋を訪れているし、今日も勿論そうするつもりだが、久々に昼間にゆっくりとリリアンナと共に過ごせる時間を、エドワードが逃すはずがない。
今日のお茶会は二時間の予定であり、まだその半分程度しか時間が過ぎていないのだ。
まだ帰らせてなるものかと、彼女をこの場に留めようと必死になっている。
逆にリリアンナの方は、既に認識阻害魔法への対策で頭がいっぱいで、今すぐ帰って取り組むことしか考えられなくなっている状態だ。
そんな二人の不毛な遣り取りを暫し眺めていたギルバートは再度深く溜息を吐くと、このままでは埒が明かないと二人の間に割って入った。
「エド、このままリリィがこの場に残っても、認識阻害魔法のことで気もそぞろなだけで、お前のことは放置されるのではないか?」
「なっ…!? それは、そうかもしれませんが……」
「どうせ今夜も、リリィに会いに行くのだろう? それならその時に、今の時間の分も相手してもらう方がいいのではないか?」
ギルバートのその言葉に、エドワードはじっくりと考え込む。
何だか良くない方向へと話が進んだような気がしたリリアンナは、嫌な予感がすると顔を顰める。
そしてゆっくりと顔を上げたエドワードの表情にその予感が的中したことを確信し、あからさまに顔を引き攣らせた。
「確かに、今引き止めて放置されるより、後でゆっくり構ってもらう方がいいかもしれませんね」
「それにリリィなら、お前が夜に部屋を訪れた時には、既に依頼を達成してすっきりとした状態になっているのではないかな?」
「それも、そうですね」
お互いに不敵な笑みを浮かべて顔を見合わせるエドワードとギルバートに、国王ですら目が虚ろになる。
ルイスとクリフ、それにミレーヌは何が起きたか見なかったことにしており、彼らに助けを求めたリリアンナからは全力で目を逸らしていた。
「まあ、兎に角、リリィなら直ぐに解決策を見つけてくれるだろう。普通はそんなに簡単に見つかるものではないがな、普通は」
「リリィに普通を求めるだけ無駄でしょう。本来なら一日や二日どころか、それなりに長い時間を要する魔法の解析を、見た瞬間に成し遂げるなんて有り得ないことを常にやらかしているのですから」
「その通りだな。魔法省の研究員達に依頼すれば何日掛かるか分からないが、リリィなら数時間で依頼を達成しても不思議ではないからな」
国王とギルバートが、本人を前にしてさらりと酷い言葉を交わす。
それに対してリリアンナが反応に困っていると、エドワードまでこれを助長するようなことを話し始めた。
「リリィならば、認識阻害魔法を解析して、リリィの認識阻害魔法ですら感知する魔道具を作り上げるでしょう。その上で、その魔道具ですら感知できない新たな認識阻害魔法を開発するのではないでしょうか」
「それも、リリィ並の魔法力がなければ使えないような高度なものをな」
「間違いなく、そこまでがセットだろうな……」
遠慮のない三人の言葉に何か言い返したいところだが、事実その通りのことを考えていたリリアンナは何一つ反論できない。
認識阻害魔法は、適性があれば大した魔法力がなくても使い熟せるが、逆に適性がなければ高い魔法力を持っていても使うのが難しい魔法だ。
そして適性がある者同士であれは、魔法力が高い方がより高い精度で使い熟せる。
オルフェウス侯爵家とコルト侯爵家の直系であれば、一般的に知られている魔法で適性がないものは存在していないので認識阻害魔法も簡単に使い熟せるが、適性がないエドワードは、リリアンナやルイスに匹敵する魔法力を保持していても上手く使い熟すことができない。
そんな適性次第で使い勝手が大きく変わる魔法であるが、リリアンナが新たに作ろうと考えているのは、エドワードが予想した通り、適性と高い魔法力の両方が必要な魔法だ。
これは魔法に関しては規格外なリリアンナだからこその発想である。
本来であればギルバートの言う通り、開発者以外が行う魔法の解析は、一日や二日で終わるようなものではない。
その後にその魔法へ対処することを目的とした魔道具を作ることも、当然簡単なことではないのだ。
こうした作業は、通常であればそれなりに長い期間を要する。
だがそれも、リリアンナであれば数時間あれば成し遂げるだろうと思えてしまう。
それが如何に普通ではないことか、説明するまでもないことだ。
だがリリアンナ自身には、その自覚が全くない。
自身がどれだけ規格外なのか、一切理解していないのだ。
ニコラスは百年に一人の天才だと言われているが、リリアンナは魔法分野において千年に一人の天才だと言われている。
だがそれすらも知らないでいるのだ。
リリアンナが仕出かすことの一つ一つが規模が大き過ぎて、その度に周囲は頭を痛めているのだが、本人はそれに気付いていない。
それらを踏まえて、国王にギルバート、そしてエドワードの三人は遠慮なく言いたい放題しているのだが、リリアンナはそれにも気付いていなかった。
そして彼らの予想通り、その日の夜にエドワードがリリアンナの部屋を訪れた頃には、既に認識阻害魔法を感知する魔道具を完成させていた。
その魔道具にも感知できない新たな認識阻害魔法を完成させるのは、その翌日のことである。
その魔道具を見たエドワードが予想通りの展開に暫し現実逃避した後、リリアンナの顔を真っ赤にさせる方向で昼間の分も構い倒したのは言うまでもないことだった。




