74.知らないうちに色々言われてます
新年祭の夜会が終わり、クリフとミレーヌの婚約式、ルイスとエミリアの婚約披露パーティーと立て続けに済んだ翌日、王宮の会議室には国王とギルバート、侯爵家以上の家の当主に加え、レナードとフレデリックが集まっていた。
三つの公爵家と五つの侯爵家はそれぞれが国にとって重要な役割を担っており、当主にしか知らされない極秘事項も多くある。
各家の次期当主がそれに関わるのは学園を卒業して後継となる準備を始めてからであり、現時点でその立場にあるのはレナードとフレデリックの二人だけだ。
彼らは遮音結界の魔道具を使用した上で、王家の影を統括するウィステリア侯爵とレナードの話に耳を傾けていた。
「ガイ・ドリアスを唆した男は、犯罪組織が所持していた魔法無効化の魔道具を、ランメル王家が押収する切っ掛けを作ってもいたのか」
「はい、それで組織内での立場を悪くしていたようです。尤も、元々悪かったのが更に酷くなっただけのようですが」
「それがリリィに完璧な魔法無効化の魔道具を作らせようとした目的か? だとすれば、随分と楽観的な頭をしているな」
レナードの淡々とした口調で語られるその男の説明に、国王はあまりの愚かさに嘲笑を漏らす。
リリアンナであれば、性能の高い魔法無効化の魔道具を作れるだろうと考えるのは理解できるし、実際に作り上げたことがあるが、そんな魔道具の作製依頼を王家以外から受ける訳がない。
彼女自身がその魔道具の危険性を理解している以上、それは有り得ないと断言できる。
あるとすれば、彼女自身がその魔道具を完全に管理できる場合のみだろう。
尤も、本人は興味本位で散々作った挙句、冷静になってからその危険性を嫌というほど理解し、二度と作らないと断言している。
だがそれが、周囲が危険過ぎるからと魔道具とその術式を廃棄することを強制的に決めた後だったと言うのが、実に頭が痛いところではあるが。
その男は、リリアンナを犯罪組織に拉致した上で魔道具を作製させるつもりのようだが、そもそもそれ自体が無理な話なのだ。
リリアンナの危機察知能力はずば抜けており、それが命や身の危険がある場合であれば特に敏感で、彼女に悟られずに拉致を成功させるなど不可能に等しい。
アンナの行動にはそうした危険がないことから回避できずに頭を悩ませているが、犯罪絡みであれば彼女は本能的に察知し対処できる。
これまでにも何度か誘拐目的で賊に狙われているが、王家の影や彼女専属の護衛よりも先に、それも無意識のうちに返り討ちにしたことが殆どだ。
今では、巨大な犯罪組織や凄腕の暗殺者であるほど、リリアンナには絶対に手を出してはならないと危険視している。
そんな彼女を拉致して利用しようと企むなど、愚か者の極みとしか言いようがなかった。
「その男と例の媚薬の売人は、魔法力こそ大したことはありませんが、認識阻害魔法には長けていたようです」
「認識阻害魔法を使えばリリィを拉致できるとでも思ったか。確かにあの魔法は、余程魔法感知能力が高くなければ気付くのは難しいが、リリィには通用せぬからな」
「リリィは相手が認識阻害魔法を行使していても、十メートル以内の範囲であれば確実に感知できますからね。感知したと同時に無意識に無効化して、迎撃態勢に入るでしょう」
「それに彼女が作った防御結界の魔道具は、認識阻害魔法にも有効ですしね」
認識阻害魔法を確実に感知できるのは、魔法大国フォレストであっても王族の直系に、オルフェウス侯爵家とコルト侯爵家の直系くらいだ。
王家の影ですら、術者の三メートル以内に近付いて漸く気付くことも珍しくないほど難しい。
だがリリアンナは相手が物理的に仕掛けられる範囲に入る前に感知できるし、その範囲外から魔法や飛び道具で仕掛けられたとしても、それが効力を発揮する前に対処することができる。
隣にいても存在を気付かせないほど気配を消すことに長けた王家の影ですら、リリアンナの十メートル以内には近付けないと頭を抱えるくらいだ。
それにリリアンナは、防御結界だけでなく状態異常無効化の魔道具も日常的に装着しているので、薬物を仕込むことにも意味がない。
下手にリリアンナに手を出せば、返り討ちに遭い無様に捕えられるだけだと言うのが裏社会の常識なのだ。
リリアンナの拉致を企んだだけでも、彼女を侮るにも程があった。
「それにしても、ガイ・ドリアスはそんな男にあっさりと利用されるとは、何と情けないことか……」
「あの男は、リリアンナ嬢を手に入れれば伯爵家に返り咲ける、それどころかドリアス家がオルフェウス侯爵家を吸収して侯爵になれると言って唆したようですが、まさか侯爵になれるという方を真に受けているとは思いませんでした」
レナードがリリアンナ達にガイの企みを伝えた時に、ドリアス家が伯爵家に返り咲けると思い込んだ故のことだと話していたのは、そうした背景があったからだ。
伯爵家に返り咲けると思うことですら頭がおかしいのに、更に有り得ない方を真に受けていたのである。
ガイがそこまで常識を知らない愚か者だとは、流石に思いも寄らなかった。
「しかし、媚薬の売人も認識阻害魔法に長けていたということは、その男がアンナ・ザボンヌに接触したことに影が気付けなかったのは、それが原因か?」
「恐らくそうかと。影はアンナ・ザボンヌには必要以上に近寄らずに監視していましたから」
アンナと媚薬の売人が接触した手段に漸く見当が付いたが、その手段が手段なだけに、誰もが顔を険しくする。
認識阻害魔法について、早急に対策を講じる必要があるが、その最も最適だと思われる方法を考えると、今度は全員が何とも言えない顔になった。
「やはり、リリィに頼むしかないだろうか……?」
「彼女ほど、今回の問題に適した人物はいませんからね……」
「最速で解決策を打ち出せるのは、彼女以外にいないでしょうしね……」
「あの子なら、嬉々として取り組むでしょう……」
「また彼女の武勇伝が増えそうですね……」
依頼するのは自分達ではあるが、また頭を抱えることになりそうだと、虚ろな目になったり遠い目をしたりと、揃って暫しこれ以上話す気力をなくしていた。
薬の売人の遺体が発見される数日前に、アンナとガルドが接触していたことが確認できたという、もう一つの重要案件がレナードの口から語られたのは、それから十分以上が経過した後のことだった。